EP 12
だから、地味に地味に目立たないように、留意してはいた。なるべく当麻社長の陰に立ち、三歩後ろへ下がって出しゃばらないように。社長と話すときは、なるべく業務事項のみ、親密そうに見えないように1.5mほどの距離を置き、これも気をつけるようにしている。
だからここ最近急に。
「えっ!? 地味女がオシャレしてる」
「嘘でしょまさかのまさか、あれ本物のダイヤ?」
「あの腕時計、私が欲しかったやつじゃない!!」
ブランド物を貰ったからって身につけなければ良かったんだけど。
(実はちょっと嬉しかったんだよな、私)
恋愛経験皆無、恋人なんて富士山頂か雲の上の存在、推しはいるけれど、推しがなにかをしてくれるわけでもなし。(ってトーマくんに不満があるわけじゃないからねっっ)
だから、男性からの初めてのプレゼントだ! と、ひとつだけでも身につけてみたくて。値段などは関係ない。もちろん、家ではファッションショーみたいに鏡の前ではしゃいでみたりもしたし。
(秘書の仕事が高給取りなのは、みんなが知るところだからなぁ。その点だけでもお金なんか不要な地味子の私なんて妬み意外の何者でもないよね。しかも社長がイケメンときたらもうねえ。
このネックレス、まさか社長からのプレゼントだなんて誰も思わないからどうせ自分で買ったんでしょって思われてるんだろうけど)
秘書になってからは、小さな嫌がらせはずっと続いてはいた。
それがとうとう、こんなにあからさまなものになってしまった。
「社長、勤務時間に大変申し訳ありませんが、いったん家に帰らせてください」
「おまえの家なんてタクシー呼んでも遠すぎるだろ。俺の家の方が断然近い」
「いえ、それはご迷惑なので……」
「バカヤロウ!! こんな時くらい、俺を頼れ。行くぞ」
社長はカギを取ると、私の手を握ってぐいっと引っ張った。
握った手から社長の体温が伝わってくる。
大きな手に包み込まれた私の手は、なんだか自分の手ではないみたいだ。
社長に導かれるまま、エレベーターに乗り込む。そして地下駐車場へ。助手席にバスタオルを敷いて社長の車に乗り込んだ。
「社長、私、後部座席に乗らなくてもいいんですか?」
「別にいいよ」
「でも社長が狙っている女性のどなたかに見られでもしたら……」
「そんな俺を女の子ハンターみたいに……いいんだ、おまえは俺の秘書なんだからな」
ブゥーとアクセルを踏んだ。
「それにしてもひどいな。俺は非常にムカついている」
そっと社長の方を盗み見ると、ぎりっと唇を噛んでいる。
水をぶっかけた犯人に怒ってくれているのは純粋に嬉しかった。
「……ここまで酷いのは久しぶりです」
「え? 以前からこんなことがあったのか?」
「家に帰らなくてもいい程度には」
「なんだよ、それ」
「社長秘書という仕事は、特に女性からは嫉妬される職種ですから仕方がありません」
「…………」
前髪から雫が垂れて、スーツの上にぽたりと落ちる。
社長がこれまでにないほどの優しい声で囁くように言った。
「寒くないか?」
実際身体は冷え切っていたが、私は口元を緩めた。
「大丈夫です」
けれど、社長は無言で暖房のスイッチをつけてくれた。