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2:他校のエースに待ち伏せされる

 試合明けの月曜日、練習が休みになる放課後は物足りない。自主練をしようにも今日の体育館はバレーボール部に占拠されていてドリブルをする隙間さえなくて、俺は大人しく下校せざるをえなかった。こういう時は家の近所にある公園のコートに行けばいい。そう思いながら正門を出た瞬間、俺はぎょっと目を疑った。


「おつかれ」


 目立つ図体に反して遠慮がちに挨拶らしきものをしてきたのは、うちの高校のブレザーとは違う、学ランを着た橘だった。


「何してんの」


 昨日の今日で、無視しようかとも思ったが、ばっちり目が合ってるしなんならあっという間に距離を詰められたので逃げられなかった。なんだあの脚、長すぎだろ油断も隙もねえな。


「ちょっと話したい」


 俺の頭の中は疑問符でいっぱいになった。話したいって何だ?昨日の件はすでに気持ちよく別れた夜に解決済みで、あれの他に橘と俺の間に対面で話し合う用件などない。俺は聞き返そうとしたけれど、ふと聞こえてきた周りの声に一旦口を噤んだ。


 「誰あれ」「めっちゃイケメンじゃん」「どこの制服?」「中野の知り合いっぽい?」


(……めちゃくちゃ注目されてる)


 居心地悪いことこの上なし。このまま話をしたら絶対聞き耳立てられる。俺は包み隠さず面倒臭さを込めた大きなため息を吐いた。


「こっち」

「悪い」

「悪いと思うなら待ち伏せすんな」

「こうでもしなきゃ話できないから」


 まぁ、それはそう。学校は別だし、連絡先も知らないから、話そうとしたら直接会いに行くしかない。


「で、なに?」


 帰り道、いつも部活の連中と屯するコンビニを通り過ぎて、見える範囲に同じ制服がいなくなったことを確認してから、俺は切り出した。


「連絡先教えて」

「は?」


 思いがけない言葉に橘を振り返る。橘は真っ直ぐに俺を見ている。橘の長い脚が徐々に速度を落として、やがて立ち止まった。俺も半歩遅れて立ち止まって橘と向かい合った。


「颯真の連絡先が知りたい」


 あまりに反応が鈍い俺に、聞こえていなかったと思ったのか、安定の名前呼び捨てで橘が言い直す。

 これで俺が女子だったら、即座にスマホを取り出していただろう。真面目な面持ちの橘は羨ましいほどかっこよくて、低くて聞き心地のいい声にこんなことを言われたら、ときめくなという方が無理だ。だがしかし、純然たる事実として俺は立派な男であり、ときめきが湧くどころか疑問が頭を占めるばかりだった。


「なんで」

「せっかく知り合いになれたし」

「はぁ」

「できれば友達に昇格したい」

「昇格て」


 思わず小さく噴き出した俺に、橘も微かに笑った。その笑いあった空気がごく自然で、あーこういう時間を重ねるのも楽しいかもな、なんて思ってしまったので、俺はポケットからスマホを取り出した。


「ん。これ俺のID」


 橘もスマホを取り出す。バスケットボールを楽々と掴む大きな手が器用に操作する。


「ありがと」


 橘がお礼を言うのと同時に、俺のスマホにスタンプが届いた。猫が片手を上げて『よろしく』と挨拶しているそれの可愛らしさと、送信者である橘の厳つくデカい図体のギャップに、俺はもう一度噴き出した。


「猫好きなんだな」

「うん。好き」

「お前んちの猫の名前なんていうの?」

「モチ」

「ふはっ、モチっぽい顔してる」


 俺は橘のアイコンになっているモチを見て頷いた。


「そーいえば、お前なんであの時間にうちの学校の前にいれたわけ?相陸って二駅くらい離れてたよな?」

「六限目サボった」

「マジか」

「じゃなきゃそっちの下校時間に間に合わないし」

「だからって、そこまでするか?たかだか連絡先聞きに……」

「今日なら試合明けでお互い確実に休みだから、チャンス逃したくなかったんだよ」

「行動力ジャブジャブ溢れてんじゃん」

「まぁね」


 軽快なパスのような会話をしながら、俺は手持ちのバスケットボールの『よろしく』スタンプを橘に送った。

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