その1
夜闇を轟音が裂く
まぁここは地下世界だ、いつも夜のようなものなのだが。
完璧な不意打ち、男5人が外に出てきた。
「ゴラァ!どこの組のもんだ!」
それを一人、二人、三人…
そして、何が起こったのかわかっていない驚きの表情のままの一人
慌てて部屋の中に戻った一人
それぞれの声が響いて静寂が訪れた。
私は最後の声の主のポケットを漁って手当たり次第に携帯と乾燥させた草の入った小さな袋を取り出し、その場を立ち去った。
この全部終わった後に立ち去る瞬間というのが私は好きだ。
なんだかこう、まだ生きているって感じがする。
しばらく歩いたところにあるゴミ溜め、その一角に私の拠点がある。
拠点と言っても、寝泊まりできるだけのゴミの山にできた隙間ってだけなんだが…
戦利品をその辺に置いて汚れたシャツを脱ぎ、そこら辺にある水溜りに投げ捨てて予備を着る。
そして改めて戦利品を眺める。
依頼者が求めていたのはこの携帯…ちゃんと電源も点く。
こっちの草は…多分巷で流行りのクスリか、バイヤーに売ればいくらか金になる。
そんなことを思っていたが、ほぼ無意識にそのクスリの封を切り口に運んでいた。
気付いた時にはそれを噛んだ後だった。
頭がスパークする、確かこれは鎮静と多福が押し寄せてくるタイプだったか…
「助けなきゃ…」
快感が駆け巡る脳内、その一言が頭の中に響き渡り口に出る。
なんだ…今の…
何を…?誰を…?
だがクスリの作用で頭が回らず、そのまま快楽の中で気絶するように眠りについた。
そこから数日、何もなかった。
禁断症状の一つでも出れば、もう少しドラマティックだったのだろうが不思議なことにそんなこともなく、いつもの場所でただ依頼者を待つだけの日々だった。
依頼者が現れた時はここでは珍しい雨の日だった。
ここの雨はだいぶ汚い、かつて『上』で起こった公害の時の排水と同じくらい…どれくらいの毒性だったのかなんて伝えられてないから憶測だけど。
いや…ここの中心に建ってるコアタワーの定期排水がどっかから漏れたやつなんだから当たり前か。
しかも降るのはこのゴミ山の辺りだけと来た、なんでそんなピンポイントなんだよ!
「例のもの、交換に来た」
依頼者と例の携帯と金を交換したあと、数分状況を説明して新しい仕事を依頼された。
「今度はこれを取ってきてくれ、10億出す」
コアプランター…なんだこれ
「…初めて聞くものだなこれは」
「天狼だよ…連中の開発した新素材」
天狼…よりによってこいつらとは…
天狼の光、この地下世界の支配者にしてコアタワーの主…黒い噂がありすぎて正直関わりたくない
というか私自身、こいつらにロクな思い出がないのだ
まぁ金のためだ、仕方ない
「どこにあるか検討はついてるのか?」
「それはわからない…だが、タワーの最下層だろう。そういうものだ」
最下層
ほんとに何なんだこの素材は…特急でヤバいやつじゃないのかそれ
「なら諸々混んで5億上乗せだ」
「………いいだろう、交渉成立だ」
そうして依頼者は帰っていった。
タワー絡みで少々憂鬱だが、この場合は…
私は街でも違和感ないように支度をして外に出た。
地下世界の中心地、一番多くの人が住む街の外れの小さな家のベルを鳴らす。
「はーい、ちょっと待ってー!」
少ししてドアが開いて若い男が出てきた。
「おぉ、ホノカか。どうしたんだ?」
「O2、頼みたいことがある」
O2、表向きは平凡な会社員なのだがハッキングでだいぶヤバい情報の取引をして荒稼ぎしている(本人曰くただの副業、そんな稼いでないらしい。一回で億単位の金動かしといてよくそんなことをほざける)そんなヤツだ。
まぁハッキングの腕は確かなんだが…
「ほぉーそりゃいい、上がってくれ」
家に上がり、リビングの椅子に腰掛ける。
「で?どんなのだ?俺のところ来るんだからそっち関係なんだろうけど」
O2はテーブルの上にあった食べかけのカレーを頬張りながら聞いた。
「コアタワーのカメラを止めてほしい」
「コアタワーとは…たしかに俺ならあそこのカメラくらい楽勝だけど、また返り討ちじゃないの?回収するの大変なんだから」
「前のは…ちょっとイレギュラーがあっただけだから」
コアタワーには前にも忍び込んだことがある。
その時はどうにも当日に警備ルートを捻じ曲げたやつがいたらしく、全警備員の場所を割り出したO2のサポートのもと、あえなく撤退したのだった。
あの時と同じ轍は踏まない。
「まぁそれならいいんだけど。そうだな…3割もらうぞ」
「いや、4割」
コイツに借りは作りたくない、この1割はそのためのものだ
「気前いいねぇ。じゃ、ありがたくそうさせてもらおう。でいつやる?」
「一週間後」
「一週間後…9時からなら空いてるな」
「9時…他の日もか?」
「ん?あぁ、まぁ」
どうやら、本業も儲かってるらしい。
そんだけ金あってなんでこんな端っこに住んでるんだコイツ。
「じゃあ一日前倒しだ」
「おぉいいよ。…ふぅ、ごちそうさま」
O2は食べ終わった皿を下げてパソコンを持って戻ってきた。
コアタワーの地図を出した画面を出してこちらに向ける。
「さて、どこから攻める?」
「正面」
「おいおい…もうちょっとこうなんかあるだろ」
「大丈夫、ちゃんと考えてはいる」
それから、夜が開けるまでプランを練った。
裏は全部取れた、後は全ての調整を取って実行するだけだ。