3許してはいけない
僕の名前は、蔵本 十馬。至って平凡な唯の子供だった。
少し前までは。
あの日が過ぎてから飯を食べても味がしない。綺麗な景色を見ても心が動かない。自分が幸福を感じるために必要な機能は全て停止してしまっているらしい。
「辰馬。なんでだよ、なんで俺より先に死んじまったんだ」
1人部屋であの日の辛い思い出したくもない記憶の奥底に押さえつけてある物を掘り返す。いや掘り返すと言うよりも無意識に掘り返されてしまうと言う方が正しいだろう。どれだけ記憶の蓋を閉じようとしても無理矢理暗い記憶が這い出てくる。
一年生の夏休みの時にまだ幼かった俺の弟辰馬は川に溺れ死んだ。友達と川に遊びに来ていたらしいが、途中ではぐれ気づいた時にはダメだったらしい。
誰かに見つかった時には大量の水分を体に摂取しておりどんな処置をしたとしても助からない状況だったと聞いた。
「ああ確かにそれだけなら僕も折り合いをつけられた。でもあいつらがあいつらが! あいつらのせいなんだ。もしかしたら生きていたかもしれないのに。 許さない。あいつらだけは絶対に殺してやる。今後もう平凡な人生なんていらない。辰馬のために俺は復讐するよ。必ずね」
あの辛い出来事があった後に起きた更なる悲劇を思い出す。
それは、忘れ物をし一度下校した道を戻り自分の教室に戻った時だった。
「おい、これやっぱすごくねえか? ネットにあげたらバズると思うぜ」
「ああこれは間違いない。修哉あげちゃいなよ。もしあげたらフォロワーめっちゃ増えるぜ」
「でも本当にあんなことして良かったのかしら? まああんな勢いの強い川じゃ私達が何をした所で無理だったと思うけど」
会話が聞こえてくる。もう既に授業はとっくの前に終わり部活動をしていない生徒以外は学校には残っていないはずだ。
「僕と同じように忘れ物をしたんだろう」
俺はそんな風な予測を立て、もし誰かいるなら挨拶ぐらいをしようと思い、ガラガラとドアを開けた。
「誰だ?」
教室にいた3人がこちらに視線を向ける。
(こいつらは確か織本と川島と笹山じゃないか......)
あまりいい噂を聞かない3人組が教室に残っていたと言う事実を受け、俺の体は少し警戒体制に入る。
俺が耳にした噂では、織本は中学の頃サッカーがうまくチームの中で中心人物だったが怪我により負傷。そこからリハビリが上手くいかずグレて行き、今では犯罪まがいの行為にも手を染めているとか。後の2人も同じような話をよく耳にする。
「ごめん楽しそうな空気を邪魔しちゃって。忘れ物をしたから取りに来たんだ」
「なんだよ脅かすなよ。焦っちまったじゃねえか」
俺は、精一杯3人の機嫌を損ねないよう出来るだけ明るい声を出すよう努め声を発した。
それを聞いた織本は俺がドアを開けた瞬間に胸に隠していた携帯を出した。隠さなくても大丈夫と判断したのだろうか。
「そうだ蔵本。これ見るか? ビビんなよ」
(なんの動画だろう)
いったいなんだろう。
俺はニヤつく3人の表情の意味が分からず困惑したが大人しく見ることにした。クラスの中心にいる3人の提案に逆らえば何かしら嫌な目に遭わされる事はわかる。平穏のためには、多少嫌なことは我慢しなければならない。俺はそう言い聞かせた。
「ポチっ」
携帯のボタンが押され動画が再生される。
「ううううう。た、助けて!! 死にたくないよー溺れちゃう。嫌だ苦しい。息ができない。もう無理だ。どうしたらいいのかわからない。ねえ助けてよ!!!」
「おーがんばれがんばれ。もうちょっと生きてもらわねえと動画の時間が短くなっちまう」
「そうだそうだ。がんばれクソガキ」
「悪趣味ね本当」
その画面には地獄が録画されていた。実の弟が溺れ死ぬまでの流れを記録した動画だった。
「あ、ああああ、ああああああ!!!」
あまりの衝撃に俺は、声が漏れる。
パニックを抑えられない。それはそうだ。目の前で実の弟は死ぬまでの流れを撮影されなおかつそれを笑い物にし利用しようとしているこいつらの神経が俺には分からない。
なぜこんな酷いことができる。なぜ、なぜなんだ!!
「お前ビビりすぎだろ。大丈夫か?」
あはははははははは!
3人の大きな笑い声が教室に響く。
空は俺の心の中の絶望を投影しているのかと思うほど黒く濁っていた。
「こ、これどこで撮ったの......?」
僕はかろうじてコミュニケーションをとりにかかる。あまりにも衝撃的な現実でまだ脳が追いつかず口調は辿々しいが自分の欲しい答えを手に入れるために力を振り絞る。
「学校の近くの川さ。ちょうど3人で釣りでもしねえかって所で見つけてよ。いやほんとびっくりしたぜ。まあいい人生経験させてもらったわ」
あははっははっははは!!
またも3人の歪んだ悪魔のような笑い声が響く。
「そ、そうなんだ。すごいね」
「だろだろ、お前も面白いと思うだろ?」
面白いわけがあるか。徐々に頭が冷静になってきたことから怒りが湧いてくる。どうしようもない程熱い頭が焼けそうなほどの怒りが。
「うん。そうだね。まあでも僕はこれで失礼するよ」
俺は少しでも3人と同じ空気を吸いたくないと思い、離れようとする。
「何だよお前。無愛想で面白くもねえのか。まあいいわ。いったいった」
手を払う仕草をされ、促されるがまま俺は教室の出口を通り歩き出す。
(ああなんてことだ。あいつらのせいで弟が......どうすればいいこの怒りを。この行き場のない殺意を!)
弟が死んでから俺の人生は変わった。仲の良かった親も責任を感じ離婚。父親の方に引き取られたがあの事件以来頭がおかしくなった父に殴られ蹴られ様々な暴力を受ける日々。
全てはこいつらのせいだ!俺はそれに気づいてしまった。
そう思うと、足は反射的にまた教室に向いた。
「やっぱりもうちょっと一緒にいてもいいかな。さっきの動画面白くて3人と一緒ならもっと刺激的な日々を送れそうだなと思って」
「おーいいぞいいぞ。俺たちはくるもの拒まず去るもの全力で追うってのがポリシーだ。忘れんなよ?」
「うん、もちろんだよ」
できる限りいい印象を抱かせるために今自分ができる最大限の笑顔を浮かべた。ちゃんと笑えているだろうか。いやおそらく出来ていないだろう。今はそれでもいい。すぐに練習して後からできるようになればいい。そしてこいつらと一緒にいて行動パターン、交友関係、価値観全てを理解した上で然るべき場所で殺してやる!
そう俺は決意し、その日からこの世で一番嫌いで憎んでいる人間とのかりそめの楽しい学園生活を送っている蔵本十馬を演じ続けた。
全ては弟の仇を取るために。