20回想
「先生大丈夫かなー? さっきは元気よく飛び出してきたけどだんだん怖くなってきた。 本当に僕は才能あるのー?」
先生と一緒に鬼たちが住む山を目指しながらふと不安になり僕は先生に聞いた。
「佑さん自信を持ってください。私はこれまで何人もの教え子を育ててきました。人を見る目には自信があります。先生を信じるつもりでどーんといきましょう。何かあれば私が守りますから」
先生はまたいつもの優しい表情で微笑んでくれる。本当に不思議だ。まだ出会って長い期間が経過しているわけではないのに、なぜこの人にはここまでの温かみを感じるのだろうか。僕は多分兄とこの先生を重ねている。優しかった兄、ただ1人の僕の味方だった兄弟に。
「佑ー? また今日も怒られたのかー? 全くダメだろー。あの人を怒らせないよう最低限のハードルは超えるくらい勉強しろってー」
「やったよー。でもわかんないんだよー」
あれは約1年前。僕が高校に入って初めての定期テストを受けた時だったと思う。兄はとても優秀な人間だった。テストではいつも両親の期待を超えていい点数を取って褒められているのをよくみた。僕も高校に入ったら兄のようにいい点数を取るんだ、そう意気込んで臨んだテストだったが思うような結果が出なかった。
「佑! 何よこの点数は! あなた本当にちゃんと勉強したの! お兄ちゃんと全然点数が違うじゃない! あなたもお兄ちゃんみたいになるのよ! こんな点数じゃあなたを子供だとは思えない」
母は厳しかった。厳格な家庭で育ち英才教育を受けてきた事から子供にも努力してほしいと思っているのだろう。兄も今の能力を手に入れるまでは毎日どやされているのをよく目にした。
「ごめんなさいお母さん。でも僕がんばったんだよ。お兄ちゃんみたいにいい点数は取れなかったけど家に帰って勉強もしたよ。予習をした日だってある。みんなが放課後遊んでいる時間だって僕は勉強に充ててもいるんだよ?」
「それは言い訳かしら? 子供だから分かっていないのかもしれないけど社会は結果が全て。努力を評価してくれる場所なんて子供時代だけよ。貴方はもう義務教育を終えている。私からすれば大人よ。もう努力だけでは評価してあげられない。お願いだから次はいい結果を見せてね」
「う、うん......」
母のあまりの圧力に僕は頷くしかなかった。その時はなぜ僕の努力を評価してくれないんだ! そう思って母に対する怒りを感じたこともあったが徐々に感情は移ろいでいった。
「またこんな点数とって! どういうつもり! ふざけてるんじゃないわよ」
「ごめんなさい」
「次はないっていったわよね? なのにまたこんな点数? 貴方は私に嘘をつくの?」
「ごめんなさい」
「またか。貴方はお兄ちゃんと違って出来が本当に悪いわね。今まで期待して悪かったわね」
「ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい」
僕はテストなどの学力が結果として出るものが出るたびに母を失望させた。次第に努力を理解してくれない怒りよりも自分の能力不足、母を喜ばせてあげられない自分の不甲斐なさを呪うようになった。僕は本当に生きていてもいい人間だろうか。
ただのテスト如きでと思うかもしれない。ただ僕どれだけひどい事を言われても母が大好きだった。どんなことでも母に失望はされたくないしずっと笑っていて欲しかった。でも僕には母を幸せにする力はなかった。
「また落ち込んでいるのか佑。気にすんなって〜。人によって得意なことと不得意なことはあるんだからよー。」
「そんなことわかってる。でもお母さんはそんな理屈じゃ納得してくれない。結果を出さないと僕を肯定してくれないんだ」
「あのなーお前はお母さんに肯定されるために生きてんのかー? 違うだろ? お前はお前。自分のことを肯定するための軸を他人に預けちゃダメだ。自分が幸せになれるかどうか全部他人に預けることになるからだ。まあ俺も偉そうなこと言ってるけどほとんどお母さんの言いなりなんだけどな」
兄は笑いながら僕の事を励ましてくれた。兄はいつだって優しかった。僕がどれだけテストで悪い点数を取ろうが鈍臭い事をしようがいつも僕を庇い僕を肯定する言葉を投げかけてくれた。僕はそんな兄を本当に尊敬していたし大好きだった。
「お兄ちゃん? 嘘でしょ......?」
ある日のこと。僕の大好きだった兄は塾帰りに川に身を投げたらしい。あんなに明るくて頼りになる兄が川に身を投げるなんて信じれない。だが塾に行く前に兄がおそらく書き残したであろう遺書を見て僕の考えは変わった。
「もうお母さんの期待に応えられそうにないです。最近では授業もわからない事が増えてきました。お母さんの荷物になる前に僕は消えます」
血の気が引いた。あるとき聞いた人間には得意不得意があるという言葉はなんだったのだろうか。あれは自身に対しても言い聞かせていたのだろうか。兄も母からの期待という檻に囚われていたに違いない。
「佑 私は貴方には期待しない。 だから貴方はお兄ちゃんみたいになったらダメよ」
心の底から搾り出すように母は僕に告げた。やつれきった顔で。母は毎日自分の子供を自殺させたという罪悪感と戦っているらしい。
僕たち家族はお互いが話すこともさらに少なくなり必要最低限のコミュニケーションだけになった。
僕の元々塞ぎがちだった性格はさらに暗くなり人との関わりを避けるようになった。
「でも今先生が期待してくれている! 僕はこの期待に応えて自分のことを肯定するんだ。 そして迅くんや山田くんの役に立ちたい」
口では色んな能力を試したいと言った。それもある。だがみんなの荷物になりたくない。唯一の仲間の2人から肯定されたい。それが一番の僕の願い。
「つきましたよ。この入り口より先に進むと鬼に鉢合わせする確率が格段に上がります。私も警戒はしますが佑さんも油断しないように」
「はい.....」
僕は覚悟を決めて山の中に入っていった。自分を肯定するための糸口を見つけるために。




