第6話:依頼
今までも信二の病室を訪れた人は何人もいた。だが、その人たちは一様に、興味本位や面白半分といった人ばかりで、真剣に依頼をしにきた者は一人もいなかった。だから、信二はそのことごとくを追い返した。だから、今回の依頼もそういった類の迷惑行為なのだろうと信二は思っていた。が、目の前にいる人はそんな予想を遥かに上回った奇人であると信二は確信した。
“私の考えてることを教えてほしい”
神妙な面持ちだった依頼者の言葉に信二は目を点にした。病室内に入る冷たい風と日の光の暖かさが困惑した思考に追い打ちをかける。信二の困惑と同じようにその場にいた津加留もその場で固まって動かなくなっていた。今まで色々な奇問を投げられていた信二でもミライが言ったような問いを聞いたことはなかった。そして、何より信二が驚いていることは、この依頼が迷惑行為で話しているものではないということだった。正真正銘、真剣に、嘉山ミライは東信二にこの依頼を持ちかけていた。
「えっと、ごめんもう一回言ってくれない?」
脳の処理が追いつかず、信二はおもわずミライに依頼内容を聞き返した。
「は、はい! 私の考えてることを教えてほしいんです!」
素直に復唱するミライに信二は頭を抱える。笑わないで欲しい、とミライは言っていたが、それ以前に依頼の意図が全く見えなかった。
「えぇっと、嘉山さん。もう少し具体的に話してくれないかな?」
ベッドに腰掛ける津加留が困惑した表情のままミライに説明を求める。信二もそれに同意するようにミライに視線を向けた。二人に同時に見つめられたミライはあたふたした様子で急ぎ足に口を開いた。
「え?! は、はい! そうですよね! 具体的、具体的に、ですよね! 具体的……ぐたきてき…………」
勢いよく開口を切ったのも束の間、ミライは考え込むように顔を俯かせた。胸に当てられた手が再び強く握られる。俯いたミライの頬を汗が伝い、胸で握られた手に落ちる。俯かせたまま動かなくなったミライの様子に、信二と津加留は顔を見合わせた。窓から差し込んだ光が照らす埃だけが、時間の流れを伝えていた。
にっちもさっちもいかない様子に信二が痺れを切らせて言葉を口にしようとした。その時……
「……ないんです」
消え入るような声が沈黙した病室に反響する。不意に放たれたその言葉に信二と津加留の目線が再びミライに向けられる。振り絞られた声音と震えた両手は、二人の意識を向けるには十分だった。
「わからないんです……私」
彷徨うようなミライの物言いを信二は真っ直ぐに聴き受ける。泣き出しそうなその声はまるで何の標識もない道をさまよっているようだった。
「わからない、と言うと?」
ミライの言葉に津加留が疑問を投げかける。その言葉に信二は思わず視線をそらした。
「最近、自分の考えてることがわからなくて。どうしたいのか、なんでそうしたいのか。私……」
言いたいことを探すようにミライは継ぎ接ぎに言葉をつなげる。言葉と視線は右往左往し、まるで照準が定まっていない。ただ、胸の前に握り締められた手が執拗なまでにその切実さを訴えていた。困り果てた様子で津加留は頭に手を当てる。その様子に、ミライはさらに顔を俯かせた。重々しい空気が病室に降りる。暖かかった日の光が遠のき、妙な冷たさを持った風がその主張を強めていった。
「話はわかりました。ですが一つだけ質問があります」
冷たい雰囲気が蔓延る中、信二は毅然とした様子で開口を切った。その力強い声に、未来は俯かせていた顔を上げた。正面にいる信二の顔には一切の戸惑いはなく、真っ直ぐにミライを見つめていた。
「質問、ですか?」
信二の目線に戸惑いながら、ミライはつぶやくように言葉を返す。
「あなたは、私の才能をどのようなものと考えているのか。それを確認したいんです」
「どんな、て……思考洞察ですよね?」
確かめる物言いに信二は黙って首だけを縦に振った。それを見たミライは確認するようにさらに言葉を続ける。
「他人の心を読めるエスパーみたいな、そんな才能じゃないんですか」
その言葉に信二の眉がピクリと動いた。同時に津加留に対し不愉快そうに視線を向ける。視線の先の津加留がわざとらしく鳴ってもいない口笛を吹きながら露骨に視線を逸らした。白を切る津加留と教室で書類仕事をしているであろう佳織の姿が頭に浮かぶ。
「はぁ……わかりました。では、それを踏まえた上でこちらから一つ訂正があります」
手で頭を抑えながら、信二は目の前で息を呑むミライに人差し指を立てる。落胆と緊張、そして微量の謝意が混ざり合う中、呆れた顔の信二は続きを話す。
「あなたは私の才能を他人の心を読めるエスパーのようなものであると言いましたね。それはつまり、どんな人であれ、出会った瞬間からその人の考えていること、思っていることがわかる。ということ意味で合ってますか?」
信二の言葉にミライの顔に雲がかかる。コクリとだけ頷き、信二に話の続きを催促する。
「そこが訂正箇所です」
「……? そこ?」
言葉の意味を理解できないまま、ミライは反射的に疑問を口にする。
「私の才能は出会った人の思考を無造作に読むようなものではない、ということです」
その言葉を聞いたミライの思考が一瞬停止する。机を介して対面する信二の見つめながら、機械のように瞬きのみを繰り返し、それ以外はピクリとも動かなかった。固まったミライを尻目に信二がベッドの方に目をやると、そこには苦笑いを浮かべながらソッポを向く津加留の姿があった。
「では依頼を受ける前に説明しますね。私の才能について」
もはやため息すらつけないといった様子のミライに、信二は容赦なく話を続ける。
「まず、私の才能は無作為に他人の心を読める、といった超人的なものではありません。そもそも、私の才能は心を読むものではありません」
目の前で凝視するミライに、信二は一つ一つ自分の才能について説明していく。
「私が読むのはあくまで思考です。その人が考えていること、次にどういう行動を取るかを見るだけです」
「? それって、心を読むのと同じなんじゃ……」
信二の説明にミライが素朴な疑問を投げかける。が、そんなミライに対し、信二は首を横に振った。
「心読むということは感情も含まれます。思考を読むことで感情を誘導することは可能ですが、会ったばかりの人の感情を知ることはできません」
信二の説明にミライは困惑を浮かべる。眉間にシワを寄せながら微動だにしないまま、また機械のように瞬きだけを繰り返していた。しかし、そんなミライを目の前に信二は素知らぬ顔で更に言葉を続ける。
「それともう一つ、私の才能は不特定多数の人を対象に使えるものではありません。私が自分の才能を発揮するためには条件があります」
「条件?」
理解できないまま話を続ける信二に、ミライは反射的に言葉を返す。
「その人間を知っていること、です。経歴なんかが1番手っ取り早いです。要はその人がどんな人物かを知る材料があるかないかです」
理解の追いつかない説明がミライの頭の中に反響する。ぽっかりと開いた口はまるで、処理の追いつかないミライの耳と頭の代わりに信二の言葉を流しいているようだった。
「付け加えると、それでも洞察精度は100%にはなりません。事実を読み取るエスパーと違って、私ができるのはあくまで推察・洞察です」
「…………」
口を開けたまま硬直するミライを尻目に、信二はそこまで言うと張っていた肩をゆっくりと下ろす。後ろの方に目をやると、津加留がやれやれといった様子で信二のことを見つめていた。
「まあ要するに、初対面の人の考えていることはわかりませんってことなのよ。彼の才能は」
今にも頭から煙が出そうな様子のミライに対し、津加留がフォローを入れる。それを聞いてようやく理解したのか、開きっぱなしだったミライの口が少しずつ閉じていった。
「……えっと、つまり今私の考えてることを知ることはできないってことですか?」
不安を浮かべた口調でミライは信二に問いかける。その瞳には部屋に来たときの一見の光すら消え、暗く淀んでいる様に信二には見えた。
「……そうですね。今この場でそれを教えることは不可能に近いです」
信二のその言葉を聞いてミライはうなだれるように顔を下に向けた。その様子に信二はただ目を逸らすことしかできなかった。
(最初に言ったはずだ、引き受けるかどうかは別だと)
胸の内で反響する背徳感に言い聞かせながら信二は眉間にシワを寄せる。いつの間にかオレンジ色に変わっていた日の光が病室の重苦しい空気を暗く照らす。
「よし! わかった!」
パンッ! と膝を叩く音とともに、ベットに腰掛けていた津加留が勢いよく立ち上がる。まるで重苦しい空気を突き飛ばすようなその様子に信二とミライが同時に目を丸くした。
「信二! この依頼、引き受けよう!」
津加留のハツラツとした宣言に度肝を抜かれた信二はその勢いのまま椅子から立ち上がった。
「いや、話聞いてました!? 不可能だって言っているでしょ!?」
「それは”今すぐには”ってことでしょ? だから引き受けるって言ってるの」
津加留の言葉に信二は怪訝な顔を浮かべる。まさかという悪寒が信二の背筋を駆け抜ける。その様子に津加留が満足げな様子で言葉をつづけた。
「ようは、あんたがミライさんと一緒にいればいいじゃない! それで解決でしょ?」
「いいわけないだろ! 何考えてんだあんた!」
額から冷たい汗が出るのを感じながら、信二は津加留を怒鳴りつける。もはや丁寧を取り繕う余裕などなかった。反論しなければ依頼を受けることになる。それだけは阻止しなければと、信二は声を荒げた。が、そんな信二を尻目に津加留がなおも笑顔で言葉を続けた。
「まぁまぁ、それにあんたも言ったじゃない”今この場では”って」
「だからっていいわけ——」
「——それに」
勢いのまま反論する信二の言葉を津加留は冷静に静止させる。
「それを決めるのは私たちじゃなくて、ミライさんじゃないかしら?」
その言葉とともに津加留の視線が信二からミライへと移される。信二も釣られるようにミライの方へ視線を向けると、そこには呆然と二人を見るミライの姿があった。
「……へ? 私ですか?!」
突然矛先が自分になったことに戸惑いを見せながら、ミライは慌てて二人に確認する。
「依頼主はミライさんだからね。ミライさんがそれでもいいなら依頼は受諾。嫌ならこの話はここまで」
戸惑うミライに津加留は諭すようにはっきりと言い放つ。その言葉を聞いたミライは一瞬下を向いて考え込むような素振りを見せた。が、すぐに顔を上げると、目の前の二人と交互に視線を交わす。その目を見た瞬間、信二は大きくため息をついた。
「わかりました。それでできるのなら、お願いします!」
(こいつら正気か?)
ミライの瞳に宿る決意と津加留の提案に、信二はただ頭を抱えることしかできなかった。
「…………わかりました。引き受けます」
観念して信二はそう頷く。他の二人はその言葉を聞いて満足そう笑みを溢した。
「ただし、一つだけ条件があります」
二人の微笑みを跳ね除けるように信二はそう二人に言い放つ。蛍光灯が照らす病室、笑顔と動揺を浮かべるミライに向けて、信二は依頼を受けるにあっての条件を話し始めた。




