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第0話:思考洞察

突きつけられたカードの裏面。

一見同じに見えるその模様も、人によっては違って見える。

不敵に笑うもの

愛を謳うもの

知識を誇示するの

財を掲げるもの

死を示すもの


静まり返った教室で少年はただ相手を見つめる。

茶番の先にある本当の勝負を見据えるように。

 窓から指す光が漂う埃を照らす教室の中央では、2人の少年が机越しに顔を突き合わせていた。それぞれの手に握られた3枚と2枚のトランプ越しに見えるお互いの顔は静かで悠然としたものだった。


「ルールは簡単。2枚のトランプを持つ方がカードを引く。そして絵柄が合えば勝ち。ようはただのババ抜きだ」


 3枚のカードを持つ黒髪の少年『東あずま 信二しんじ』が淡々と説明する。目の前では金髪がかった髪の少年『田中たかな 優也ゆうや』が幼稚だと言わんばかりに嘲笑に口を歪ませた。


「先に3回勝った方がこの教室を部室として使える。それたけだ」


 続けて説明する信二の言葉に優也は楽しそうに目を細めた。

そして、シンプルかつ明確なルールに裕也やノリノリな様子で身を乗り出す。その笑顔は自分の負けなど一切考えていない余裕なものだった。


「オッケー! ゲームのルールは問題ないぜ。長ったらしいゲームよりサクッと終わっていいじゃねえか」


 不必要なまでに豪快な優也の声に信二は眉をひそめる。あからさまに強調されたその言葉は、突っ込んでくださいという合図のように信二には思えた。


「それ以外には問題があると?」


 優也が言った゛ゲームのルールは゛という言葉に、信二はお望み通りといった様子で質問する。優也に向ける信二の視線は感情の無い冷たいものだった。


「問題ってわけじゃねぇけど。1つだけ提案があるんだよ」


 信二の冷ややかな眼差しを他所に、優也は信二とその奥に見える二人の少女に提案を投げかけた。


「俺がこの勝負に勝ったら、お前たちも俺のゲーム部に入れ!」


 自信満々な優也のその提案に教室の時間が一瞬止まる。それは優也と対面する信二と2人の少女だけではない。優也の後ろにいる2人の少年も唖然とした顔を浮かべていた。

 今から始まろうとしている勝負は、東信二とその後にいる2人の少女と、田中優也とその後にいる2人の少年、どちらのグループが部室としてこの教室を使うのかを決めるものだった。しかし、優也の提案はそんな勝負の目的を覆すものだった。


「何バカなこと言ってんの! そんなのいいわけないでしょ!」


 少女の1人『橘たちばな 茜あかね』が優也に怒声を上げる。眉間に刻まれた深い皺は、その1つ1つが嫌悪に満ちていた。しかし、茜の鋭い眼差しとは裏腹に優也は諭すように言葉を続けた。


「人が多い方が楽しいだろ? お前たちが俺らのこと好きじゃないのは知ってるけどよ。仲良くやってこうや」


「好きとか嫌いとか、そういう問題じゃないと思うけど」


 揚々と話す優也に茜の隣に立つ少女『嘉山かやま ミライ』がボソリと呟くように言葉を吐く。


「まぁ、こんな勝負になるくらいだ。お互い印象が良くないのはわかるさ。でもよぉ、こいつらだって別に悪い奴らじゃねぇんだ。ちょっと見境が無くなってるだけでさ」


 後ろの少年2人を指差し、優也は擁護の言葉を連ねる。しかし、そんな優也の言葉は茜にとって火に油を注ぐ以外の意味を持たなかった。


「見境が無くなってたから、全部赦せって言いたいの?!」


 そう言う茜の声音は、今にも暴走しそうな自分の怒りを抑えているように低く重圧感のあるものだった。


「そうじゃねぇよ。ただ、たかが部室1つでいがみ合いが続くのもバカらしいだろって話──」


「──ふざけないでよ!」


 優也が言い切る前に茜の叫び声が教室に響き渡る。

その声は人気の引いた校舎の隅々まで届いているかのように室内を響き渡った。


「あんたたちが始めたことでしょ! 部室の為にあんなことまでやって。それを今更、たかが部室1つなんて、どの口で言うのよ!」


 爆発してしまった感情のままに言葉を続ける茜に優也は鳩が豆鉄砲を食らったかのような表情を浮かべた。何が起きたのかわからないのではない。茜の言葉を優也は理解することができなかったのだ。


「何をそこまでキレてんだよ。部室を掛けた勝負なだけだろ?」


 茜の怒りを理解できないまま、優也は確かめるように問いかける。状況を理解できていない優也の態度に、茜の隣にいるミライは訝しげに優也の顔を睨んだ。


「当たり前でしょ! あんたたちのせいで先輩は……あんたたちみたいな奴らのせいで…………」


 顔を俯かせ、行場の無い後悔を抑えるように茜は自分の拳を強く握りしめる。隣で崩れそうになる茜にミライは心配な表情で手を差し伸べようとする。しかし、その手は茜の背中近くまで来ると怯えたように後ずさってしまった。


「橘さん」


 茜の揺らぐ瞳から感情が溢れる直前、信二の静かな声が耳に届いた。茜が顔を上げたその先にはただ椅子に座って振り向いている信二の姿があった。そして、信二は茜と目が合うとゆっくりと顔を正面に戻す。


「お前の提案。別にいいぜ」


 次に放たれた信二の言葉に後にいる2人の少女が呆然とした顔を浮かべる。先ほどまでの涙は何処へやら、2人は信二の理解できない発言にただ混乱するだけだった。


「ちょっと東くん──」


「──ただし、こっちからも勝ったときの要求を追加する」


 混乱するまま問いかけようとしたミライの声に信二の声が重なった。そして、静まり返った教室で信二は優也に向かって要求を話始めた。


「俺が勝ったら──────」



※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※



 優也との勝負を終えた帰り、夕暮れ空の下では1組の男女が帰り道を共にしていた。


「とりあえず、これで依頼は達成だ」


 オレンジ色の空で信二はそう呟いた。少女からの依頼で始まった勝負。しかし、その達成報告を聞く少女は不満げに頬を膨らませていた。


「それはそうかも知れないけど、あれで良かったの?」


 隣を歩く信二を上目で睨みながら少女、嘉山ミライは苦情を訴える。


「より確実な方法だ。それに今回が終わってもまた次があれば意味がない。問題があるってわかってる釘は刺しといたほうがいいからな」


「だからって……」


 信二の言葉に対し、ミライは何か言いたげな表情のまま口を噤む。確かに依頼は達成された。その後のことも考え、釘も刺した。それでも、


「でも、打ちすぎるとその木どころか、自分の手まで痛めるよ?」


 それでもミライは、信二のやり方に物申せずにはいられなかった。夕焼けに染められた信二の横顔はまるで感情を捨てているかのようにミライは感じた。


「人に嫌われる勇気も時には必要なんだよ。まあ、嫌われたところでどうとも思わないけどな」


 その言葉にミライは呆れた様子でそっと信二から視線を外す。そして、目の前に落ちる夕日を眺めながらポツリと愚痴のように言葉を溢した。


「あんたって、ほんと性格悪いね」


 静かに呟いたミライの言葉に信二が返答することはなかった。横目で見る信二は何処を見るでもなく、ただ遠くを見つめていた。その横顔には薄っすらとした笑みが浮かんでいるように、ミライには思えた。

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