死なない勇者の並行世界~死にまくった俺は魔王と手を組み世界を救う~
幾たびの失敗。幾万の希望を背負い、体に致命的な傷を負いなおも挑む。
世界を喰らおうとする、魔王と呼ばれる世界の災厄に。
挑戦すること、千を超える。そして、死んだ数も同様、千を超える数死んだ。
そして転生する。
赤ん坊から、少年、青年。成長はここまで。それ以上は魔王を倒す体力が持たないからだ。
様々な知識を得た。多種多様な魔法も会得した。
故にこの選択を行う。力を得て世界を救うと決めたからには勇者として、俺は世界を救う。必ず世界を――。
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転生というのに時間こそかからないが手間はかかるらしい。それは転生神と名乗る女神の愚痴であった。
まぁ、何度も転生させてもらってるので愚痴はほどほどに聞き流しながら、次の魔王戦に対しての対策を考える。
「いやね。あれよ。ほんと。もう。ね? 色々大変なのよ。女神は」
「はぁ」
「あ。今、めんどくさくて美して可愛い女神様! って思ったでしょう!?」
「後半はともかく、めんどくさいとは思いましたよ。女神様」
「くぅ~! 転生したての頃はあんなにウブだったのに~」
地団駄を踏みながら、昔の思い出……といってもこの真っ白な転生空間での最初の出来事を思い出深く、噛み締めるように語りだす。それを聞き流し、魔王を殺す魔法の組み合わせを考える。そんなやり取りを何度も繰り返してきた。魔王に殺されるという運命も。
「まーた、辛気臭い顔してぇ。君は一人じゃないんでしょ? 平行世界で軽微な違いこそあれど、仲間もいる。勇者君も力を付けた。あとは、何度も挑戦していくだけじゃない? 酷なことはさせてるとは思うけど頑張ってね!」
転生は平行世界という難しい原理で行っているらしい。軽微な違いはあるが、要はほとんど同じ世界ってことらしい。女神様は説明を投げ出してそう説明してくれた。
女神様は神だ。世界に干渉できない。
だからこそ、俺を何度も転生させて世界を救うという俺の夢を、願望をあくまでも応援してくれている。
それを無下にはできない。俺は世界を救う勇者だから。
「あぁ、頑張るよ女神様。魔王を倒したらさ。あれだ。あの。その。俺のもう一つの願いを聞いてくれ」
「――。えぇ。世界を救ったら聞かせてね? 勇者君」
女神の流れるような金髪から小さな光が零れる。
それはいつものように白い空間に黒い扉が現れる。それは俺が新たな平行世界へと生れ落ちるための扉だ。
これを開ければ俺は生まれ変わる。記憶を持ったままの転生だから新鮮な気持ちはない。
魔王を倒す。この目標は変わることは無い。世界を救うために俺は扉を開ける。
視点は二転、三転ぐるり廻る。回って周って生れ落ちるはいつもの薄暗い木造の家に生れ落ちて、いつものように成長を重ねる。仲間と共に協力してそのうえで俺は魔王をを倒すんだ。世界を救う英雄になるんだ。それが親父との約束だから。
「勇者君っ! あぶな――」
「え?」
瞬間、扉が歪を帯び、手を賭けたドアノブが怪物の顎となっていた。それはドアノブを持つ俺の右手を喰らう。そして、そのまま吸い込まれるように俺は怪物の中に引きづりこまれた。
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「むぐっー」
気が付けばそこは知らない木造の古ぼけた様子の部屋だった。体は自由が利かず、椅子のようなものに身体を拘束されている。口には布のようなものが巻き付け固定されているため喋ることができない。首の自由は効くため辺りを見渡す。
俺が拘束されている椅子はどうやら、広くはないであろう部屋の中央にあるらしい。自分の右側には、換気用の小さい小窓と白いベッドが置いてある。左には木造の扉がある。物が少ないのを除けばごく普通の部屋のように感じられる。疑問は尽きない。だが、あれこれむやみに思考を巡らすより、冷静に分析を重ねて行動する方がいいと俺は思う。と様々な思考をしている矢先に、扉をノックする音。
「お。起きたのかい。勇者グレン・クロノス君」
左側の木造のドアから、ゆっくりと入ってきた男は異形の姿をしていた。
頭の両端に渦巻く羊の角を備え、細長い蛇のような尾を生やした男。服装は黒いスーツのようなものを着ており、肘までの黒い手袋をつけていた。
背格好は高く、細身で美形の顔をした男は赤い目を俺に向け、男自身の顎をさすりながらいろいろの説明を懇親丁寧に始めた。
「君が今いるのはいつも通りの平行世界の一つさ。ここはこの僕、魔王の脅威が跋扈してしまう世界。そして、君をあの白い空間からこちらに招いたのも僕。さて、色々言いたいことはあるだろう? あ、会話できないのか、口の猿轡は外させてもらうね。でも体の拘束は外せないんだ。それも色々説明するからね」
「ぷはっ! お前が魔王か! 勝負だ! 勝負しろ!」
冷静な分析を重ねて行動する? そんなことしてられねぇ! 今、ここでコイツを殺せば世界は救われんだ。だから、この拘束を解かなくては!
「あ~あ。やっぱり、体を拘束しておいて正解だったな。今殺されちゃ色々まずいんだよね。落ち着いて。そうだ。こういう時は甘いものがいいんだよね。ケーキでも食べて。はい。あーん」
「勝負だ! 勝負だぁ! ――むごぉ!」
どこからともなく現れたケーキの一切れをそのまま俺の口に突っ込んでくる魔王。……甘い。それとなんか気持ちが落ち着いてくるような……。それと、記憶もなんだか明確に……。
「どうだいこの魔王特製の手作りケーキは! 甘いだろう? 気分も落ち着くだろ? さて、今記憶が落ち着いてきたところで本題に入ろうか」
なんだ。なんだこの記憶は。俺が魔王を倒せば世界が救われるって。いやそうなんだ。救われるんだ。平行世界で救えなかった人々も生き返って平和な世界が……。
「君は今操り人形のような状況さ。神に操られ戦い続ける道具の一つに過ぎない」
違う。
「違わないさ。グレン・クロノス君。君は平行世界の人々と共に他の魔王に殺された。そして、神によって別の平行世界に転生させられ、今までそれを繰り返してきた。そうだろう。君は世界を救えなかった。人々も救えなかった。何も成し遂げていない」
……違う。違う! 俺は世界を救うために人々を! 守ろうと。救おうと。なのに、どうして、こんなにふざけた記憶があるんだ……! こんな、こんな記憶は知らない!
緑豊かな森は赤い炎で満たされる。それは故郷の姿だった。森奥で声が聞こえる。助けを求める声を。
それを俺は。俺は! ……ただ静かにその光景を見つめ泣いていた。こんな記憶今まで無かったはずなのに……。
「神の恩恵。君は転生を繰り返すたびに記憶を失っていたんだ。僕はそれをむりやり思い出させただけさ。さぁ、記憶はまだある。さぁ、お食べ。記憶を思い出す甘味を」
無理やりに口に運ばれていく甘味は一つ一つ、味が違って。その味の違いを完全に理解しきる頃には俺の記憶は忘れてはいけなかったことで満たされた。
「魔王、俺は何をすればいい? この記憶を思い出させて何をすればいいんだ?」
「うんうん。乗り気になってくれて嬉しいねぇ。では、話そうかこの世界の惨状と救済方法を!」
魔王は右手の黒い手袋を外し、白く長い右手を俺に向けた。
その腕から黒い液体が大量に滲み落ちていく。それは左手に持っていた古びた白い紙に落ちると紙の色が変化した。
「これは?」
「世界地図さ。この血液で地図が浮かび上がるようになっている」
古びた地図となったそれは、何度も世界を転生してきたが失われた記憶にもない地形の地図であった。
その、真ん中。大きな大陸を三分割するその世界地図の真ん中には樹のマークが示されていた。
「ここが、私のいる世界さ。そして、君がこれから来る世界とも言える」
「――俺が、死んだ後に行く世界」
「そう。世界を救えなかったんだろう? ここなら、救える。魔王がサポートしてあげるよっと、本題から逸れたね、こほん」
魔王は俺から少し離れて、大立ち回りで振り返った。そして、大きく息を吸い込み言の葉を紡ぐ。
「君には、この魔王の元で赤ん坊として生まれ変わってもらう。そして、人間を殺してほしいんだ」
「は? 魔王の元で生まれ変わる!? それって世界を救うのと何の関係があるんだ? そもそも人間を殺したら世界なんて救えないだろ――ってむぐぅー!」
俺の抗議は口の中の異物によって防がれた。
「はいはい、話は最後まで聞く事。うるさいと黙らせちゃうぞっと」
「むぐむぐー!」
「いい、ツッコミありがとう。さて、人間と言っても殺すのはそうだな。何がわかりやすいかな、うん。魔王の人間だ。これを殺してほしいんだ」
「ペッ! ――魔王の人間……? 魔王って異型の怪物じゃないのか?」
「ノンノン! それは違うよグレン君。私も魔王だ。異型の怪物じゃないだろう? あ、この頭の角としっぽを除いたら、ほら人間と一緒」
そう言われてみれば、魔王と名乗る男は角や尻尾は羊の角で、蛇の尻尾なのだが身体は人間そのもの。肌が異様に白いのが気になるだけで人と変わりない。俺が戦ってきた魔王はすべて身体が小山のように大きく複数の生物が組み合わさったキメラのような見た目をしていた事を思い出す。
「で? 魔王の人間って?」
「そうそう、魔王の人間はそのままだ。“魔法の法則”を縮めた“魔法”を極めた人間の“王”の事を指す。これを総称して、“魔王”と呼ぶのさ」
「魔法を極めた王、魔王。俺が戦っていたのは、殺そうとしてきたのは人間?」
「そういう事になるね。あ、僕も元は人間さ! どうだい? 驚いたかい?」
俺が何度も殺そうと倒そうとしていたのは人間。救おうとしていた人間。その現実はあまりに重く、俺の心の重く伸し掛かった。
「あ~、気に病むこと無いさ! これも全部魔王になった人間が暴走したのが悪いからね」
「――いい?」
「ん? 何だい?」
「どうすればいい!? 俺はここからどうすればいいんだ!」
思わず叫ぶ。救おうとしていた人間に裏切られた気分だ。幾重にも救おうとした平行世界。滅ぼされた平行世界。それらは人間の暴走によって壊されていたという真実はあまりにも罪深い。
「ん~。さっきも言った通り、僕のもとで新たな人生を歩めばいいよ。君は、失敗した。でも、次がある。そこで君は何度でも生まれ変われるんだ。だから、魔王の、僕の元へ来い。――勇者グレン・クロノス!」
「……俺は世界を救えるのか?」
何を聞いているんだ。俺は。
「あぁ、勿論! 君がこの手を取ればいい! 後は僕がいいや、僕たちが世界を救うんだ!」
「本当に?」
駄目だ。手を貸しちゃ。相手は魔王だ。信用できない。異形の形をしていないだけで俺を騙そうとしているのかもしれない。
「だから、いこう! 新たな人生を」
もう否定するのは止めだ。自分に嘘をつくのも。俺はこの魔王の言葉を甘言を完全に信用はできない。だが、納得できる部分はある。それだけでも、一縷の望みでも世界を救うためなら。この白い手を。俺は俺は!
「――契約完了。さて、これから忙しくなるぞぉ。さ、勇者、グレン・クロノス。新しい生と世界を救う旅を始めよう」
「あぁ、世界を共に救おう! 魔王!」
意識が遠のく。あの転生の女神のときのように夢に堕ちるような転生ではなく、奈落に落ちるようなそんな感覚。身体が、意識が遠のき、新たな生が始まる何度も味わった感覚。でも、今は今だけは希望に満ちた転生になるとそんな予感がしていた。
――ここから、始まる。何千もの世界を救うことに失敗した勇者が羊の角と蛇の尻尾を持つお気楽な魔王と手を組み、人間の魔王を倒し世界を救う。そんな物語が始まる――。
~遥か昔に書いた異世界のお話。お盆の時期なの供養として置いておきます~
良ければ現在毎日0時更新の『エンマ様はぶっ飛ばす』という作品も書いてます! ぜひ、よろしくお願いします!