この度、私を捨てた公爵家へスパイとして潜入することとなりました。さて、覚悟はよろしいですか?
「ちょっとあなた! このフォアグラは何? 冷めちゃってるじゃないの? どうして早く持ってこないの? せっかくの料理が台無しだわ。本当にグズなんだから!」
夕食の最中、いつものように怒鳴り声がダイニングに響き渡りました。
今日も奥様は新人メイドを怒鳴りつけて楽しそうにしていらっしゃいます。下級貴族出身の若くて美しい新人メイドが気に入らないのでしょう。
奥様は、顔をカマキリのように引きつらせて声を張り上げます。
「ちょっと、この紅茶! 誰が煎れたの? 味が薄いわ!」
「私でございます……」
そう答えた新人メイドを奥様は睨みつけます。
「はっ! またあなた? あなた、この高級ハーブティ飲んだことあるのかしら?」
「いえ、ありません」
「そう、実家ではこんな良いものは出てこなかったのね。下級貴族の娘なんて所詮こんなものよね。本当にあなたは何をやってもダメね」
ならいっそのことクビにしたらいいのではと思いますが。
しかし相手が壊れるまで追い込むのが奥様のやり方ですので、まだまだこの非道は続くのでしょう。
「そこのあなた!」
カマキリが私の方を見て声を張り上げます。
「あなたよ、この紅茶、煎れ直してちょうだい」
「かしこまりました」
私は紅茶を煎れ直し、奥様にお持ちしました。
「ふむ、悪くないわね」
奥様は私の顔を少し見つめた後、テーブルのデザートに目を落としました。
「はあ、奥様ったらどうして私にあんなにひどいことばっかり! キリキリ、キリキリと……。旦那様に告げ口しようかしら。旦那様はそんなに悪い人ではなさそうなのに」
新人メイドは夕食の片づけをしながら私に愚痴をこぼしてきます。旦那様は若くて美しい娘には甘いので彼女には優しいのでしょう。
私は先輩メイドとしての立場から適格にアドバイスをします。
「やめておいたほうがいいですよ。奥様の逆鱗に触れるとどうなるか……。今までにこの屋敷で行方不明になったメイドが何人もいたそうですから」
「なにそれ……。奥様が何かしてるっていうこと?」
「さあ、それはなんとも」
「うぅ! とにかく悔しい! あなたはいいわよね、奥様に目をつけられなくて」
「あらやだ、褒め言葉と受け取っておくわ。さ、片付けが終わったらお掃除ですよ。大きな屋敷ほどお掃除は入念に、叩けば叩くほどホコリが出るものですから」
このメイドには気の毒ですが、もう少し辛抱してもらいましょう。
この屋敷では過去5年間で3人のメイドが行方不明になっています。表向きは業務に耐えかねて失踪したことになっていますが、実際は奥様の指示により悪漢に拉致され殺されています。
奥様の交友記録は全て裏が取れているので、それを出すところに出せば罪は免れないでしょう。
ですがそれはことのついでということで、実は私の本当のターゲットは別にいるのです。
夜遅く、この屋敷の主であるリガット公爵が帰ってきました。
たいそう悪いことをしてきたような、満足気な顔で馬車から降り、屋敷へ入ってきました。
でっぷりとしたお腹を揺らしながら、酔っているのか足がふらついています。
「お帰りなさいませ、旦那様。夕食はいらないと聞いておりますが何かお召し上がりに?」
「うむ、外で済ませてきた。今夜は外務大臣との会合でな、ふうぅ」
「さようでございますか」
「明日は朝早く出かけるから準備をしておいてくれ」
「もう済ませてあります」
「ふふん、さすがだな。お前もこれで顔が良ければ、おっと口が滑ってしまった」
「……」
「じゃあ、もう寝る」
「かしこまりました」
旦那様は私の顔をじっと見つめてから、寝室へと行きました。
旦那様は私の顔が好みではないようです。それはそうでしょう。わざとそういう顔に変装しているのですから。
私はこのリガット公爵に近づくために、メイドに成りすましてこの屋敷に潜入していました。
彼には、国に上納する税金を誤魔化し、懐を肥やしているのではないかという噂があり、私はその証拠を掴むために半年前にここへ来たのです。
実はもう仕事はほとんど終わっていますが。
私は少し前に旦那様の書斎で裏帳簿を見つけ、脱税の証拠を掴んでいました。
それに他にも領民から不正に税金を徴収するなど、小さな悪事を行っているようです。見事なまでの小悪党ぶり。
私は証拠を固めつつ、今は組織から次の指示を待っている状態でした。
旦那様の悪事が明るみになれば、公爵としての立場は危うくなるでしょう。
その時は、ついでに奥様のメイド殺しへの関与の件もバラしてやりましょう。
お嬢様も婚約が決まっているそうですが、それもどうなるかわかりませんね。
「ちょっとあなた! レモンケーキが食べたいわ。今すぐ作ってくださる?」
宿舎に戻ろうとした私をお嬢様が呼び止めます。もう夜の11時を回っているというのに、彼女のワガママがまた始まりました。
「お嬢様、もう遅い時間ですので、おやすみになられたほうがいいかと」
「はあ? メイドのくせに口答えする気? ちょっとお父様に信頼されているからって調子に乗るんじゃないわよ。早く作ってちょうだい! 10分でね!」
「……。かしこまりました」
私はキッチンへ行き、こんなこともあろうかと作り置きしてあったレモンケーキを棚から取り出し、10分後にお嬢様の部屋に持っていきました。
「お嬢様、レモンケーキでございます」
ワガママ娘は本当に10分で持ってきたケーキをみて唖然としています。
「はやっ! ああああ、なんなのよあなたは! やっぱりケーキはいらない。もう寝るから!」
「そうですか。おやすみなさい」
お嬢様は真っ赤な顔をしながら私の顔を睨むように見つめた後、扉を勢いよく閉めました。
このリガット公爵家は、実は私が幼少期を過ごした場所でもあります。
かつて私をイジメていたお嬢様や奥様も、私を奴隷商人に売り飛ばした旦那様も私がメイドに成りすまし、この屋敷に潜入しているなどとは思いもしないでしょう。
それも全ては過去のこと。私は別に復讐に来たわけではないのですから。
たまたま任務として就いたのがこの屋敷だったというだけ。そう、たまたまね。
昔は彼らに虐げられ怯えていた私ですが、感情をコントロールできるようになった今はもう何も思いません。
むしろ私を捨てて『彼』と引き合わせてくれたことに感謝したいくらいです。
私を一人前のスパイに育て上げ、生きる希望を与えてくれた『彼』との出会いは今でも強烈に覚えています。
私がリガット公爵と奥様に虐げられ捨てられたのは、8歳の頃でした。
彼らの私に対する行い、それは忘れたい過去ですが今でも鮮明に思い出せます。
捨て子だった私は2歳の頃、リガット公爵に引き取られ養子として迎え入れられました。
私と同い年であるお嬢様の遊び相手として必要とされたのかもしれません。しかしその生活はとてもひどいものでした。
奥様は実の娘ではない私に幼少期から虐待を繰り返しました。表情が暗く、感情を表現することが出来なかった私を奥様は気味悪がって毛嫌いしていました。
「あなたの暗い顔を見てると気分が悪くなるのよ」
奥様がそんなだから、その光景を見ていたお嬢様も、当たり前のように私に暴力をふるいました。彼女にとって私は、まさに文字通りの遊び相手だったわけです。
そのため私の身体はいつもアザだらけでした。もちろん屋敷の中で私に同情する者は誰もおりません。
私は物ごころつく頃には召使いのように働かされていました。まともな教育を受けることのできない私は8歳になっても文字を読めませんでした。
食事もろくに与えられず、家の中で心が安らぐ場所がなかった私は次第に表情を失い、感情は無くなっていきました。
ある時、旦那様が本当に嬉しそうな笑みを浮かべながら、私にこう言いました。
「ふふん、お前の嫁ぎ先が決まったぞ。喜べ、悪趣味で有名なベルゲモール男爵だ」
「まあ、貰い手が見つかってよかったわね」
旦那様は嫁ぎ先などと冗談を言って奥様と笑っていましたが、要するに奴隷商人を経由して私を売り払ったのでした。
奥様はその頃はもうイジメても無反応な私のことに興味はありませんでしたから、一言「どこへでもお行き」とだけ言われました。
お嬢様はその汚い口で、最後までしっかりと私を罵っていたのを覚えています。
「あなたみたいな暗い奴でも、貰い手が見つかってよかったじゃない? 羨ましいわ。さぞかし素敵な生活が待っていることでしょうね!」
私は嬉しそうに笑うお嬢様を光のない目で見つめていました。
こうしてまだ8歳だった私は、奴隷商人に引き取られた後、ベルゲモール男爵という男に連れて行かれることになりました。
男爵は私を見て下卑た笑みを浮かべながらこう言いました。
「ぐひひ、今日からお前は僕の物だ。さあ行こうか」
私は無表情で何も答えませんでした。
ガタガタ──。
深夜の土砂降りの中、ガタガタと不規則に揺られながら馬車に乗せられどこかへ連れて行かれました。
その馬車に御者はおらず、男爵自ら手綱を握っていました。奴隷商人から私を買って連れていく所を誰にも見られたくないのでしょう。
人身売買は違法であり表向きは禁止されているので当たり前でした。
私は馬車の荷台の中で一人、自分の運命を呪っていました。ザーザーと降りしきる雨の音を聞きながら──。
その時、馬車がぬかるみにハマり大きく揺れました。
ガタン! ドン!
「うわああああ」
突然、男爵のものと思われる悲鳴が聞こえたかと思ったら、馬車は止まりました。私は何が起こったかわからず、荷台の中で震えていました。
すると一人の男が荷台の中を覗き込んできました。
長身で黒髪の男が、鋭い目で私を見ています。
それが初めて彼と会った夜の出来事でした。
彼は私を自分の家へ連れて行き、毛布と温かいミルクをくれました。
彼は180センチ以上の長身で、短い黒髪に、鋭い眼光を持ち合わせた一見すると怖い印象の男でした。
「俺はイアン。お前は」
彼は落ち着いた低い声で名乗りました。
「ジュリー……」
彼は私の名前だけ確認すると、それ以上私のことを詳しく聞いてくることはありませんでした。
私を買ったベルゲモール男爵はどうなったのか、私はどこに連れてこられたのか、幼い私は不安に包まれていたのを覚えています。
ですがイアンは男爵がどうなったのかハッキリとは言いませんでした。
それでも結果的に彼が男爵から私を助けてくれたのだろうと理解しました。
イアンが馬車で私を見つけたのは偶然であり、もともと私を助けるつもりなどなかったのでしょう。彼自身、私の扱いに困っているらしく、どうしていいかわからないようでした。
彼は私をベッドに寝かせ、今夜は眠るように言いました。そして少し離れてイスに座り私の様子を伺っていました。
その晩なかなか寝付けなかった私ですが、彼が私に危害を加えるつもりがないことがわかり、ホッとして眠りについたのを覚えています。
次の日の朝、目が覚めると彼もイスに座ったままうたた寝していました。
私がゆっくりと体を起こすと、彼はすぐに目覚めました。私が少し動いただけで、気配を感じて起きたのでしょうか。隙の無さに本当に驚きました。
彼が「こんな物しか出来ないが……」と言ってぶっきらぼうに出してくる食事は、私にとってはとても豪華でありがたい物でした。
栄養失調気味で常に不健康だった私の身体はみるみる健康的になり、10日も経つころにはすっかり体調がよくなっていました。
彼の家の本棚には様々な本がありました。私は今まで本など読んだことなかったのでとても興味を持ちました。しかし文字を読めない私は本を手に取ることはしませんでした。
本棚を眺めているだけの私を見て彼は不思議に思ったのでしょう。彼は私のことを少しずつ聞いてきたので、私も一言二言と少しずつ話し始めました。
彼は私との会話で、私のこれまでの境遇を理解したのでしょう。しつこく聞いてくることはありませんでした。
彼は私に文字の読み書きを教えてくれました。さらに外に連れ出していっしょに運動をしてくれました。
こうして私は彼の支えのおかげで徐々に健康的な生活をすることが出来るようになりました。
ある時、彼は私にこう聞いてきました。
「ジュリー、学校に行きたいか?」
「いえ、別に行きたくはありません」
私がそう答えると、彼は少しホッとしたような素振りを見せました。
子供が学校に行きたくないと言うのは普通のことではありません。それを聞いてホッとする大人も普通はいないでしょう。
しかし彼もまた普通の大人ではありませんでした。
彼は秘密裏に動く諜報機関の工作員、いわゆるスパイだったのです。
スパイである彼の生活はとても不規則なもので、潜入捜査などで長期間家を空けることもあり、私を家に置いておくことは無理だと思ったのでしょう。
彼は事情を打ち明けてくれた上で、私をアジトに連れて行きました。
こうして彼の紹介により諜報機関に入った私は、スパイとして育てられることとなりました。
身寄りのない子供の私を組織は最大限に利用しました。親子役としての潜入捜査や、敵を油断させる目的で子供はスパイとして最適なようでした。
組織には様々な人がいて、表情が暗くしゃべるのが苦手な私でも受け入れてくれました。
私の教育係は主にイアンでした。彼は様々な知識に精通しており、軍事、科学、政治経済など多岐にわたり教えてくれました。
対人スキルとして格闘術や暗殺術はもちろん、別人になりきる変装術や薬品の知識、実践的なサバイバル術なども教わりました。
それから6年が経ち、私は14歳になりました。彼や組織の教育のおかげで私は立派なスパイとして成長を遂げていました。
養父母からの虐待によって感情を失っていた私もこの頃には、演技としてなら様々な感情を表現できるようになっていました。
私とイアンの年齢差は14歳ありましたし、出会ったばかりの頃は親子のような関係でしたので私は何とも思っていませんでした。
しかし年頃になり、任務や会議などで、彼と行動を共にしているうちに彼のことを意識していることに気付きました。
スパイとして様々な属性の人間を演じる訓練を受けた私でも、彼の前でだけは演技ができませんでした。彼の目を見てもすぐに反らしてしまうのです。
彼といっしょにいることが嫌なわけではないのですが、何となく落ち着かないのです。
私も彼もスパイとして忙しく任務についている日々だったので、家には帰らずアジトの生活ブースで過ごすことがほとんどでした。
でも私は一応彼の家に身を寄せていることになっていましたので、たまに家に帰って彼といっしょになると、なんだか逆に恥ずかしいような気がしました。
いつも任務でいっしょにいる近い存在なのに、家ではどう接していいかわからず逆に緊張しました……。
「あの、何か飲みますか?」
「いや、気を使わなくていい。それより……この部屋狭いし窮屈だろ、部屋を借りて出て行ってもいいんだぞ」
彼は目線を右上に動かしながらそう言いました。
ウソが下手──。彼は一流のスパイですが、家では割りと素になるのです。
「いえ、ここが私の家ですから」
彼はそれを聞いて少しだけ微笑んでくれました。
それからの2年間は、彼との距離が少しずつ縮まっていくような……、そんな風になればいいなあと思って漠然と過ごしていました。
そして私が16歳の時、彼は突然姿を消しました。
他の仲間にも何の知らせもなく彼は消えました。
組織の報告としては他国へ単身で潜入捜査へ行ったきり連絡が途絶えたとのことでした。
危険と常に隣り合わせの仕事であるがゆえ、突然の訃報や行方不明は珍しいことではありません。
彼との連絡が途絶えてから、私は一人の時や余暇の時間はずっと彼のことを考えていました。
彼はどこへ行ってしまったのか。無事なのでしょうか。
わからないまま月日は流れました。
こうして20歳になった私はリガット公爵家への潜入捜査を任されたのです。
現在、私は旦那様や奥様の悪事の証拠を掴み、組織からの指示を待っている状態ですが、なんと旦那様の書斎で新たな証拠を見つけてしまいました。
それは裏帳簿などと言ったかわいいものではなく、麻薬の取引記録や人身売買の名簿など、完全な闇取引の証拠となるものでした。
そのことを組織に報告すると、組織は私にリガット公爵の交友関係を調べることを指示してきました。すると彼と繋がりのある貴族たちで築かれている悪のコネクションの存在に気が付いたのです。
その中の一人に超大物の名前がありました。この国の外務大臣でもあるアブドラティです。どうやら彼こそが悪徳貴族たちを束ねており、裏で糸を引いている存在のようです。
彼に比べればリガット公爵などは小悪党に過ぎません。公爵の悪事を暴露したところでおそらく彼らの繋がり全体を潰すことはできないでしょう。
そんな時、公爵と大臣の関係を探る絶好の機会が訪れたのです。
ある日、リガット公爵が私にこう命じました。
「来週、ハンバート卿の邸宅で夜会が開かれる。外務大臣も招いての重要な会合も兼ねておる。お前について来てもらって身の回りの世話を頼みたい」
「かしこまりました」
他のメイドたちよりも旦那様の信頼を勝ち得ていた私は夜会への付き添いを任されることになりました。
ハンバート卿も外務大臣の息のかかった貴族であり、おそらくここでの会合は彼ら犯罪シンジケートの情報交換の場になることでしょう。
夜会の当日、旦那様と奥様と私はハンバート邸へ向かいました。到着し、馬車を降りるとずらりと整列したメイドたちが私たちを出迎えました。
「見ろ、大臣だ」
そこへ外務大臣のアブドラティも到着し、出迎えたメイドたちが恭しく頭を下げています。
アブドラティの隣にはボディガードがついていました。黒い帽子を深く被った体格のよい男。目線を読まれないようにしているのでしょうか。隙のない立ち振る舞いで、いかにも裏家業を生業としているような男でした。
あんな男がアブドラティの傍にいたのでは迂闊な行動はできそうにありません。いっそう注意が必要です。
夜会では一通り食事を済ませた後は、奥様は他のご夫人方と別室でお茶会に興じるようです。
そして旦那様も他の男性陣といっしょに別室に移動して行きました。移動する際にボディチェックを受けていました。盗聴器など仕掛けられてないかの配慮でしょうか。いよいよここから秘密の会合が始まるようです。
私のような付き添い人たちは待合室で待機を命じられておりましたが、こんな絶好の機会を逃すはずがありません。
私は待合室を抜け出すと、天井裏に忍び込みました。
旦那様たちのいる部屋はすぐにわかりました。彼らの吸ってるタバコの煙が天井裏にまで充満していたからです。
私は天井の隙間から部屋を覗いて聞き耳を立てました。すると彼らは人身売買や薬物取引の情報を次々と話しだしました。やはり黒い噂は本当だったようです。
旦那様とアブドラティが話している様子も十分に伺えました。他の貴族たちも下衆な笑いを浮かべながら楽しそうに話しています。
私は録音機を取り出し天井の隙間から、どうにか会話を録音できないか試みます。この距離だと音声がきちんと録音できているか不安でした。
しばらくするとアブドラティのボディガードの男が部屋に入ってきました。
ボディガードはアブドラティに何事かを告げています。するとアブドラティがこう言いました。
「先ほど食事をした広間から盗聴器が発見されたようだ。そこで皆さんの体を今一度調べたいと思う」
旦那様に盗聴器をしかけなくてよかった。危うくばれるところでした。皆がざわざわと騒いでいる中、ボディガードはアブドラティから順番に一人ずつ入念に調べていきました。
結局盗聴器は仕掛けられていなかったようです。ボディガードが部屋を出る際、不意に天井の私のいる方向に目を向けてきました。
危うくバレるところでした。天井裏にいる私の気配に気づいたのでしょうか。彼は只者とは思えません。
私はもう少し会話を聞きたかったのですが、危険を感じて天井裏での捜査はそこまでにしました。結局音声は拾えておらず会話を録音することは出来ていませんでした。
「彼らの会合の現場に近づくことはできましたが、決定的な証拠を掴むことはできませんでした。証拠となる音声も録音できていません。報告は以上です」
「わかった。引き続きリガット公爵家で待機してくれ。近いうちに公爵を追い込むことになるだろう。追って指示を出す」
そして1週間後、いよいよリガット公爵の断罪の日が訪れました。
「じゃあ、行ってくる」
「気を付けて、あなた」
「いってらっしゃいませ、旦那様」
「今日の議会であの法案が通れば、ワシらのビジネスもさらにうまくいく、ふふん」
旦那様は薄汚い笑みを浮かべながら馬車に乗り込み王城へ向かいました。
旦那様。残念ですが、貴方の人生は今日で最後です。
今日の議会の場でリガット公爵の悪事を暴露するようにとの組織からの指示でした。
私は証拠となる書類をまとめ、議会の出席者の一人である商会の秘書に変装して王城へ向かいました。
場内の議事堂では国王陛下、宰相、大臣、貴族、商会の関係者などが席に着き重々しい雰囲気で議会が進められています。
「では、ここで商会からの定例報告を行います。君、書類を皆さんにお配りして」
「かしこまりました」
商会の秘書に扮した私は、素早く全員に書類をバラまきます。
「ん? これは何の書類だね?」
「何々、リガット公爵の悪税及び脱税の記録」
私が配った書類には、旦那様がこれまで領民から不必要に得ていた税の徴収記録や、国に収める税をちょろまかしていた記録が記載されていました。
議会は混乱し、大騒ぎになりました。
旦那様は真っ赤な顔をして私に向かって怒鳴りました。
「きみぃ! なんだこの書類は!」
「私は渡された書類をお配りしただけです。存じ上げておりません」
「それよりもリガット公爵! どういうことだ! 説明を!」
「いや! こ、これは、違うのです皆さん! これは何かのワナだ!」
突然、議会の注目の的となった旦那様は、そのでっぷりと突き出た腹を揺らしながら慌てて釈明をしています。
ざわざわとする議場に、国王の鋭い一言が場を引き裂きます。
「見苦しいぞ! 貴様がこれまで私腹を肥やしてきた記録がここに記載されておるではないか!」
「いやいや、陛下! どうか話を! ご容赦ください! 大臣! 大臣の方からも何か!」
突然公爵に助けを求められたアブドラティ大臣は澄ました顔でこう答えました。
「リガット公爵、見苦しいですぞ。この書類によれば不正はどうやら間違いないようですな。これは事実関係を調査するまでもないでしょう」
さすがのアブドラティ。悪の権家として一枚上手のようです。自分に火の粉が飛んでくるかもしれない以上、彼が旦那様に助け船など出すわけもなく、結果的にトカゲの尻尾切りをするようです。
「大臣! どうかご慈悲を! うわあああぁぁ」
旦那様はその醜い顔を更に醜く変化させ、なんとか罪を免れようと泣きわめいています。
その時、会場に一人の役人が慌てて入ってきました。
「──報告します! 城の外に国民が何百人も押し寄せてきています。」
「なんだと! 何があった!」
国王陛下の言葉が場内に響き渡ります。
「アブドラティ大臣の不正に関する記事が町に出回っており、議会に説明を求めると言っております」
記事を片手に手短に報告する役人の一言に議場はざわついた。
国王陛下はアブドラティ大臣を睨みます。
「次から次へと……! どういうことだ!」
アブドラティは陛下に説明を求められ慌てました。
「陛下、落ち着いてください! これは議会を混乱させるための何者かの策略で──」
「黙れ! おい、記事をここへ持ってこい」
国王陛下は大臣を一喝すると役人から記事を奪い取り目を通しました。他の者も役人が持ってきた数十枚の記事を奪い取るように見ていました。
そこには大臣がこれまでに行った悪事の数々が記載されていました。人身売買に麻薬密売、公金横領や国外への情報流出など、ありとあらゆる大罪に関与していた記録が写真や帳簿などの証拠付きで記載されていました。
しかし、この展開に一番驚いているのは私でしょうか。こんなとんでもないリークがあるとは聞いていません。
今日、この議会では旦那様だけを断罪するはずでしたが、何か大きな力が働いているようです。
その時、場内の蓄音機から突然、何かの音声が大音量で流れ出しました。流れてくる音声は、アブドラティ大臣や、それと関係のある貴族たちの悪だくみに関する音声でした。
その音声の内容は、あの晩、夜会の際に私が天井裏に忍び込んだ部屋で行われていたであろう会話記録でした。
どうしてでしょう。私はあの時の会話を録音することは出来ませんでした。しかし他の者が会話を録音していたのでしょうか。一体誰が──。
議会は騒然となり、アブドラティ大臣と縁のある貴族たちによる罪の擦り合いや、責任逃れが起こり場内は大混乱に陥りました。
アブドラティ大臣が、国王を含めたくさんの人に詰め寄られている中、私は他人事のような顔をして、きょろきょろしている旦那様を見て笑ってしまいました。
そして彼はなんと、ドサクサに紛れて議場から抜け出そうと出口に向かいだしました。
私はコソコソと出口に向かうリガット公爵の前に立ちはだかり、道を塞ぎました。
「なんだ! 商会の秘書がなぜ! だいたい貴様があの書類を配らなければ!」
「往生際が悪いですよ、旦那様?」
「な! 貴様何者だ!」
そう言って彼は私に向かって飛びかかってきました。
私は彼の勢いを利用して、足をかけ床に倒しました。
そして思いっきり股間を踏んづけてやりました!
ドスッ!
「っっっっがああああぁぁっ!」
リガット公爵は声にならない叫びを上げながら、床をのたうち回っていました。
少々私怨が入ってしまいました。やりすぎたでしょうか。
さて、こうしてはおられません。
私は混乱する議場を後にしてリガット公爵の屋敷へと向かいました。こちらに来る途中、奥様のメイド殺害に関する情報も同時にリークしていたので、そちらの方もそろそろ手が回る頃でしょう。
今日は本当に忙しい日です。
私は商会の秘書から屋敷のメイド姿に着替えて急いで屋敷に戻りました。すると門の所で、ちょうど奥様が衛兵たちに連れて行かれるところに出くわしました。
奥様は私の顔を見ると、真っ赤になり叫びました。
「あなたね! あなたが私のことをっ!」
髪を化け物のように振り乱し、暴れる公爵夫人を見て私は冷ややかに微笑みます。
「奥様、どうかお元気で。牢屋で旦那様によろしくお伝えください」
「ななな何を! 何を言ってるのよあなたはああ!」
彼女はそう言って衛兵たちに押さえつけられながら連れて行かれました。
私はそれを見送ってから屋敷を振り返ります。ここにはもう主であるリガット公爵も夫人も戻ることはないでしょう。メイドたちは気の毒ですが全員解雇でしょうか。彼女たちは今とても混乱していることでしょう。
私は短い間ですが、同僚としていっしょに働いた彼女らと言葉を交わすために屋敷に入りました。
屋敷の中ではメイドたちが慌てふためいており、混乱していました。奥様の標的になっていた新人メイドが私を見て慌てた顔ですっ飛んできました。
「あ! お帰りなさい、さっき突然衛兵たちが来て奥様を連れていったの。殺人教唆と死体遺棄の容疑と言っていたわ!」
「あら、そう」
「怖いわ。メイド殺しの話は本当だったのね」
「そのようね」
「ああ、奥様がいなくなってしまうなんて、私たちこれからどうしたら……」
「どう思った?」
新人メイドは一瞬キョトンとしてから、とびっきりの笑顔でこう言いました。
「もう! さいっこうにスッキリしたわ! 奥様が連れて行かれる時の顔ったらないわ! 今日は本当にいい一日よ!」
彼女が本当に嬉しそうに笑うので、私も気が付くとつられて笑顔になっていました。
そして、私はまだ一人残っていることを思い出しました。
「そういえばお嬢様はどちらに……」
「ああ、そうよ、昼食を食べるところだったから、おそらくダイニングに」
私はお嬢様の元へ向かいました。お嬢様は今頃、今後の人生のことに頭を悩ませている頃かもしれません。
ダイニングに入ってきた私を見るなり、お嬢様は鬼のような形相でこちらに向かってきました。
食卓の配膳をしていたメイドたちは驚いておろおろしています。
その表情は奥様ソックリで、手にはナイフとフォークを握っています。
「あらお嬢様、今からお食事ですか」
私がお嬢様に声をかけると、彼女は私をキッと睨みつけてこう言いました。
「あなた! あなたよね! 裏でコソコソ調べてたのは! わかってるのよ!」
「お嬢様、お食事の際はきちんとお座りになられたほうがよいですよ」
「ふざけないで! お母様が連れて行かれたわ! あなたどこ行ってたの! お父様はどこよ!」
「旦那様なら帰ってきませんよ。今までさんざん働いた悪事が暴露されて、今頃取り調べを受けているのでは? それより早く食べないとお料理が冷めてしまいますよ?」
お嬢様はワナワナと震えながら、ナイフとフォークを握り直し、私に飛びかかってきました。
「あなたのせいなのね! キイイイイイ! 殺してやるううぅ!」
私は、ふぅ、と息を整え、飛びかかってきたお嬢様の攻撃をかわし、お洋服を掴んでその華奢な体を壁に向かって投げました。
お嬢様の体は宙を舞って飛んでいき、壁に当たり倒れました。どうやら気絶したようです。
その一部始終を見ていたメイドたちは口をあんぐりと開けて私の方を見ていました。
「あら、失礼。驚かせてしまったわね。これにて屋敷のお掃除は完了ですね」
私がメイド服を整えて振り返ると、いつの間にか屋敷のメイドたちが全員食堂へ集まっていました。みんな一様に驚いて私を見ています。
私は出来立ての食事が並べられたテーブルに向かい、料理に目をやりました。
「あら、食べる者がいなくてはせっかくの料理が台無しですね」
私は新人メイドにむかって叫びました。
「ねえ、あなた!」
「はい?」
「温かいフォアグラ、食べたことある?」
「いや、冷めたのでも食べたことないわ」
「そう……。じゃあみんなで食べましょうか」
私のその一言を聞いてメイドたちは、一瞬ポカンとします。私は笑顔でみんなを見回してこう言いました。
「食糧庫にある食材、どうせ処分するんだからみんなで食べちゃいましょう! ついでにワインも飲んじゃいましょう! 高級な奴から片っ端にね!」
メイドたちの間に、歓声が起こりました。
私たちはそれから盛り上がり、食糧庫の高級食材を食べ尽くし、高級ワインの数々を開けて宴を行いました。
途中でお嬢様が気が付いて目を覚ましたが、私を見るなり泣きながら屋敷を飛び出していきました。
仕事を失うことになってしまったメイドたちですが、彼女たちはみな優秀な者たちでしたので、きっとすぐに次の職場を探せることでしょう。
「私たちの次なる人生にカンパーイ!」
宴は夜まで続き、ほとんどの者がハメを外し、酔いつぶれた頃、私は屋敷を出て去ることにしました。
「さて、このあたりでお暇しましょうかしら。後片付けは任せたわよ。皆さん」
私は屋敷を出ると、変装を解いて夜の街を歩き出しました。
(ようやく終わったわね。今回の潜入は長かった。アジトに帰ろう)
通りを歩いているとどこか見覚えのある男が前方に立っていました。
彼はそう、アブドラティのボディガードの男でした。
「その様子じゃ随分と楽しんだようだなあ」
彼は急に声をかけてきたので、私は警戒し返答に迷いました。
「あなた何者? どうしてここに」
「はは、さすがにわからねえか」
彼は深く被った帽子を取り、顔につけていた変装用のマスクを外しました。
「立派になったな。ジュリー」
「っな!」
なんと、そこにはイアンの姿がありました。
4年ぶりの再会に、一瞬頭がパニックになりましたが、そこに立っているのは間違いなくイアンでした。
「どう……して、イアン、生きてたの?」
「ああ、お前たちの元を去ってからずっと別人になりすまし、ボディガードとしてアブドラティに近づき動向を探っていた」
アブドラティの傍にいたボディガードはイアンだったのです。どうりで隙がなかったわけでした。
「あの夜会の時、もしかして!」
「ああ、リガット公爵の付きそいで来ていただろう。お前の変装には気付いていたよ」
「そんな! 言ってくれたら──」
「そうしたらお前が、うまく演技できなくなるだろう?」
それはスパイとしてはおおよそ合理的な判断でしょう。頭では理解できるのですが、どうも納得できません。
そんな私の表情を察してか彼は少し嬉しそうです。
「ジュリー、今回のお前の潜入ミッションも全て繋がっていたのさ。組織の真の狙いはアブドラティが悪徳貴族たちと築き上げた悪のコネクションを一網打尽にすること」
私は、久しぶりに彼に名前を呼んでもらえて嬉しく思いました。彼は本当の私を見せることができる唯一の人なのです。
「どうして黙って消えたのですか?」
(違う、私がいいたいのはこんなことじゃない)
「悪かった。だが今回のヤマは敵が強大過ぎてな。どこからどこまでが敵なのか把握できていなかった。誰にも話せなかったのさ」
「そう、そうだったんですね」
(どれだけ、どれだけ心配したか……)
「心配かけたようで、すまなかった」
「イアン、帰りましょう」
「それはアジトにか」
「いいえ、私たちの家にですよ」
私が彼の目を見つめると、彼もまた見つめ返してきます。出会ったあの頃のような鋭い目で。でもあの頃とは違います。
私は、しばらくの沈黙の後で、固く結んだ唇をようやく開きました。
「もう、勝手に出て行ったりしないでくださいね」
「わかった。どこへも行かない。約束だ」
私の目からは演技ではない涙が零れ落ちていました。
そして、私はイアンといっしょに家へ帰りました。
あ、もちろんアジトに報告に行ってからでしたけど。
次の日の新聞には昨日のことが大々的に載っていました。
昨日の議会の場。国王陛下の前で悪事を暴露されたアブドラティ大臣は失脚し処刑されるようです。その息のかかった家臣や、悪徳貴族たちも次々と捕まり処刑されることでしょう。彼らの行っていた悪事は全て明るみになりましたので。
でっぷりお腹のリガット公爵は無事牢屋で奥様と対面できたでしょうか。彼らは夫婦そろって処刑されることでしょう。
私が屋敷でぶっ飛ばしたお嬢様は、決まっていた婚約も破棄されたようですし、今後はおそらくどこかの貴族の家庭に召使いとして引き取られるのではないでしょうか。
私とイアンは、結局はまたスパイとして活動しています。
変わったことと言えば私も彼も家で過ごす時間が長くなったことでしょうか。二人でいっしょに生活をするためにね。
私はもうあんな思いをするのは嫌なので、
ちゃんと思ってることは伝えるようにしています。そうじゃないと伝わらないってわかったから。
私が気付いていなかったこと。それは彼の前では上手に演技ができないのではなく、それが本来の自分なのだということです。
それを受け入れてくれる存在が大切なのだと気付きました。
これからは近いようで遠い彼との距離感を徐々に近づけていったらいいなと思っています。
♦♦♦
俺がスパイとして依頼を受けて暗殺したベルゲモールという男、その男の馬車の荷台で震えていた少女。それがジュリーとの出会いだった。
彼女は暗く無表情だった。その目にはおよそ生気は感じられず、喋ろうともしないので、最初はどう接していいかわからなかった。
別に孤児院に置いてきてもよかったのだが、彼女の話を聞くと、俺と同じ孤独な生い立ちであることがわかり、放っておけなくなった。
彼女を組織に入れることに葛藤は無かった。彼女のように日陰で生きてきた者にとっては、組織というものは案外に居心地がよいのだ。俺がそうであったように。
月日は流れ、彼女は14歳、俺は28歳になった。
俺の指導を受けて、彼女はスパイとしてメキメキと腕を上げ成長した。
出会った頃、感情を表に出さなかった彼女だが、次第に様々な表情を浮かべるようになっていった。
仕事柄、どんな人物像にでも変装することができないといけないので、割り切ってやっていたのかもしれないが。
彼女が年頃になったのもあってか、家で二人でいても目線が合うことも少なくなっていた。
「あの、何か飲みますか?」
「いや、気を使わなくていい。それより……この家は狭いし窮屈だろ、部屋を借りて出て行ってもいいんだぞ」
俺は心にもないことを言った。
「いえ、ここが私の家ですから」
彼女がそう言ってくれて安心した。
それからの二年間、多少ギクシャクしながらも生活を続けた。彼女には言わなかったが、彼女がいる家に帰る時はとても嬉しかった。
彼女が16歳、俺が30歳の時。
俺は極秘の任務に就くことになった。依頼主さえ秘匿されており、組織からも詳しい説明はない。組織の上の極一部の者としか連絡することを許されず、俺はボディガードとしてアブドラティ大臣の元へ派遣された。
それから4年間にわたり、俺は大臣の信頼を得るためにボディガードとしての役割を果たしていた。
その間、ジュリーのことを忘れたことは一日もなかった。
組織との定期連絡で、彼女がリガット公爵家にメイドとして派遣されていると聞いた。リガット公爵はアブドラティの息のかかった貴族なのでどこかで顔を合わすことになるかもしれないと考えていた。
ハンバート卿の邸宅での夜会の時にアブドラティと共に馬車を降りた俺は、周りを見渡し視線の先に違和感を感じた。
リガット公爵とかいうタヌキ親父の隣に佇むメイド、あれが恐らくジュリーだ。
彼女の変装は完璧だ。普通は気付かない。だが時折見せる鋭い視線の動き、あれは俺が教えた技術だ。
夜会の最中に、彼女に声をかけたかった。だがここで俺が正体を明かせば、彼女は動揺してしまうだろう。お互い任務中である以上彼女を危険に晒すわけにはいかない。
何より俺も平常心を保てるかわからないのだ。今もジュリーのことばかりが頭を巡っている。
俺はアブドラティたちが会合している部屋へ行き、彼にこう告げた。屋敷内から盗聴器が発見されたので、今一度ボディチェックをするべきだと。
彼はすんなり了承した。俺は彼のボディチェックをするフリをして、その時、逆に盗聴器を仕掛け、音声を録音したのだ。
こうして秘密の会合の音声を証拠として抑えた俺は組織に全て報告をした。そしてアブドラティたちの悪事を全てを明るみにする日がやってきた。
議会が行われる日、俺は役人に変装して場内に忍び込んでいた。途中、商会関係者たちを見たときにピンときた。あの秘書はジュリーだろう。すれ違う時に緊張したが、彼女は俺に全く気付いていないようでよかった。
そして俺は役人のフリをしてタイミングを見計らって議場に行き、蓄音機からあの会合で録音した音声を流した。
議場の出入り口でジュリー(と思われる秘書)がリガット公爵を叩きのめしているのを見た時は思わず笑ってしまった。
そして後処理を終えた俺は道端で彼女を待っていた。
久しぶりに再会したジュリーは、ものすごく綺麗になっていた。何も言わずに姿を消して、ようやく再会したのに気の利いたことの一つも言えない俺に彼女は嬉しい言葉をかけてくれた。
「イアン、帰りましょう」
「それはアジトにか」
「いいえ、私たちの家にですよ」
俺は今まで自分のことを思ってくれる存在なんてこの世にいるはずないと思っていたし、それでいいと思っていた。
でも今は違う。
変にかっこをつけず、正直になろう。
そして彼女との関係を築いていくために、これからは少しずつでも踏み出していこうと思う。
終
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久しぶりに再会した幼馴染は、なぜか私に冷たい
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