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『鎌倉殿』と『どうする家康』

『鎌倉殿の13人』が完結してからだいぶ経ちました。


大河ドラマの放送は日曜日だから、日曜日に書けばよかったか?と思ったが、投稿させていただきました。


『鎌倉殿の13人』は、大河ドラマ史上でも久々の傑作という評価という。


最初は源氏と平家の戦いから始まり、平家に対抗するために、坂東武士と呼ばれる関東の武士たちを味方につけたところから始まった。

平家という、共通の敵がいるうちは協力して戦っていた。しかし、次第に立場の違いや方針の違いなどから、対立を深め、やがて殺し合いになっていくという。


北条義時は、北条家がのし上がるために、対立する御家人たちを、次々と殺していった。

そして、自分の父親である時政を隠居に追いやる、というような話だったな。

頼朝の死後、2代頼家、3代実朝と、相次いで暗殺され、源氏の嫡流は3代で途絶えたのを見届けた。

周囲の人々の死を、何人見届けたことか、何人殺したことかと。

三浦義村が実は黒幕だった?という描かれ方のようだった。いずれにしても、鎌倉幕府は実質、執権が将軍のようなものだった。

承久の乱で勝利し、幕府の力を全国に広める。しかしその矢先、義時は自分自身が毒を盛られて絶命するという、まさに因果応報。


というのが、簡単なあらすじだ。


鎌倉には魔物がいるとか言われる。


足利は、北条の(うろこ)を喰らう竜であると、以前の

大河ドラマで言っていた記憶がある。

もっとも、その時は蒙古(もうこ)襲来の時期で、蒙古(もうこ)という共通の敵と戦っていた時期だった。


共通の敵がいるうちは協力して戦う。しかし、共通の敵を倒して自分たちが政権を取った後に、内部の対立が表面化して、殺し合いになるというのは、徳川幕府を倒した明治政府にも当てはまる。


鎌倉には魔物がいると言われたが、皮肉なことに、鎌倉幕府の滅亡によって、やっとその魔物から解放されたともいえるのかもしれない。


現代人からすれば、歴史上の人物よりも、現在活躍している人物の方に注目が集まるというのも否めない事実だろうが。


大河ドラマに限らず、テレビドラマや映画などのヒットの法則


まずは、脚本家の腕前


原作本


内容、時代設定、人物描写に対する評価


そして、登場人物たちを演じる役者の力量だ。


これらの要素がマッチして、ヒットするかどうかが決まるというのが、業界人の考えそうなことだ。


さて、もうすでに初回と2回目の放送があったばかりの『どうする家康』は、果たしてヒットの法則に当てはまるのか?


『鎌倉殿の13人』と比べると、いまいちという声もあるようだが、家康の幼少期から晩年まで演じることになる。


桶狭間の戦いで、野村萬斎の演じる今川義元が、あれ一回きり?と思ったに違いない。


今川義元は、長らく公家かぶれのダメ武将というイメージだったが、ここでは家康の良き理解者、教育係のような描かれ方だと思った。


桶狭間の戦いで、もしも勝っていたら、史実とは逆の結果になっていたら、評価は変わっていたかも。


やっぱり『海道一の弓取り』だ、という評価になっていたかもしれないと思うと、もしかしたら戦国時代の一番のターニングポイントは、桶狭間の戦いだったかもしれないと感じた。


一方で家康は、これが後の天下人とは思えないほどの情けない人物として描かれている。


作中の家康の成長とともに、松潤(まつじゅん)が役者として成長していく物語という見方もできるかもしれない。


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