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もしもこの人物を大河ドラマにするならシリーズ2

もしも本当に大河ドラマ『平塚らいてう』が制作されたら、という仮の話。

実現性はほとんど無いが、それでもあえて書いてみた。


名前


平塚らいてう


よみかた


ひらつからいちょう


本名


平塚明


よみかた


ひらつか・はる


職業


思想家、評論家、作家、フェミニスト


女性参政権を訴える活動にいそしむ。


生没年


1886年【明治19年】~1971年【昭和46年】


備考


女性の人物は朝ドラでは必ず主役で、それがきっかけでブレイクする女優もいれば、既に売れていて、朝ドラヒロインを演じることでさらに新境地を開いていく、というパターンもある。


平塚らいてうも朝ドラの人物として登場している。


広岡浅子が主役の朝ドラでは、教え子として登場。

先生である広岡浅子も手を焼くほどの存在だったという。


明治から大正、昭和初期の時代、まだ男尊女卑の風潮が色濃く残る時代であった。


徳川幕府が倒れ、明治政府の時代になってもなお、男尊女卑の風潮は根強かった。


そんな中で平塚らいてうは、女性参政権の確立、女性の地位向上を訴え続けた。


1911年【明治44年】に、雑誌『青踏(せいとう)』が創刊されたのを記念して『元始、女性は太陽であった』という名言を残している。


そしてこの言葉は、女性の権利獲得運動を象徴する言葉の一つとして、長く残っていくことになった。


女性の地位向上のための、戦いのドラマが繰り広げられた。


まさにこれは戦いだったのだ。


結局、女性参政権が確立されるのは、敗戦後の、日本がアメリカ軍の占領下に入ってからのことだった。


GHQの改革の一つとして行われた選挙制度改革により、ようやく実現したのだが、

以降現在に至るまで、女性議員の数は少なく、扱いも男性議員の引き立て役か、客寄せパンダか、といった扱いだったが、

平塚らいてうの意志を受け継ぎ、更なる地位向上、待遇改善を訴える戦いは、今もなお続いているといえる。


以前に別作品で掲載したものを再掲載しました。


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