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『鎌倉殿』を語る

今や『鎌倉殿』一色というくらい、大河ドラマは盛り上がっている。

北条義時が主人公となる。伊豆に流刑になった

源頼朝との出会いから始まる。


源平ものの多くは、源氏が平家を滅ぼしたところで、だいたい終わっていた。

義経が平泉で自害して果てるところまでで、たいてい終わっていた。

しかし今回の主人公は、北条義時。

だから、今回は鎌倉幕府が成立した、その後の話まで、物語は続いていく。


物語は、平家を滅ぼした後、義経が頼朝の命令を受けた藤原泰衡に追討され、さらにその後、範頼が伊豆国修善寺に幽閉されるという展開になる。


範頼が幽閉された後、どうなったのかは、実はわかっていないという。謀殺されたという説が有力だが、これも完全にその通りとはいえないという。


実は範頼にも義経と同様、生存説がある。

空想の産物だと思う人もいるかもしれないが、

無念の思いを抱えたまま最期を迎えたが故の、できれば生きていてほしいという思いから生まれた生存説なのだ。


一方で、最愛の妻、八重姫を失った義時は、ますます闇落ちを加速させていくと思われる。


頼朝の非情を目の当たりにしてきた義時にとって、八重の存在が心の癒しとなってきた。


しかし、八重の死によって、その心の癒しとなる存在がいなくなった。そうなると、さらに闇落ちを加速させていくということになる。


頼朝の非情、さらには父である時政も、対立する御家人たち、梶原、比企、畠山などを次々と謀殺していく。それを見て、義時自身もまた非情になっていく。


梶原にしろ比企にしろ畠山にしろ、北条がいなくなったら鎌倉幕府の実権は俺たちのもの、という考えはあったのだろう。


鎌倉幕府の歴史は、このような権力争いと、殺し合いが続いていく。その最初の物語という位置付けになる。


義時は、頼朝や時政の背中を追いかけてきた。

そうして背中を追いかけているうちに、周囲の人間たちが1人、また1人と消えていくのを見届け、

ついには自分1人が生き残っていた、気がついたらいつの間にかそうなっていた、という感じになるのか。


さて、頼朝もついに最期を迎え、いよいよ、

『鎌倉殿』の13人の登場となる。


鎌倉殿の13人ってどういう意味?

13人の合議制(鎌倉殿の13人)とは


「13人の合議制」とは、鎌倉幕府2代将軍「源頼家」の時代に作られた集団指導体制のこと。

「13人」とある通り、そのメンバーの数は13名。

いずれも「有力な御家人」で構成されているのが特徴で、源頼家の独裁を抑えるために作られました。


続いて13人の内訳だが、

武士が北条時政・義時(江間小四郎)・三浦義澄・和田義盛・梶原景時・比企能員・安達盛長・足立遠元・八田知家の9人で、

文士(文官)が中原親能・大江広元・三善康信・二階堂行政の4人になる。


以上、『鎌倉殿』の簡単な説明でした。


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