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大河ドラマに関するエッセイですが、何か?  作者: 必殺執筆仕事人
こんな大河ドラマはどうか?
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こんな大河ドラマはどうか? 歴代総理大臣

歴代総理大臣が主人公の大河ドラマというのはどうだろう?


初代内閣総理大臣の伊藤博文は、44歳で総理大臣に就任したという。


初代総理大臣でさえ、明治の中期頃だから、それ以降の総理大臣は、なかなか大河ドラマの候補にも上がりにくい。


伊藤博文は、第1次~第4次まで総理大臣を務めた。

他にも山県有朋、桂太郎、寺内正毅、田中義一、岸信介、佐藤栄作、安倍晋三、といった8人が長州藩、山口県出身であり、都道府県別では東京都に次いで人数が多い。


初代文部大臣の(もり)有礼(ありのり)は、大日本帝国憲法発布式典のその日に、まさに式典に出席するために玄関を出たところで、国粋主義者の西野文太郎に殺害されたという。


もしも、この時に殺害されていなかったら、あるいは、総理大臣になっていたかもしれない…。


総理大臣になれるのは、政治家の中でも一握りといえるが、昔は政府要人が暴漢の襲撃を受け、時には殺害されるということが少なくなかったという。


殺害された総理大臣


1921年、東京駅の現在の丸の内南口付近の改札口で、原敬が暗殺される。

原敬を刺殺した犯人は、実は命令通りに実行しただけの実行犯であり、裏で操っていた者が教唆(きょうさ)していた、という説もある。


1930年には、同じく東京駅の現在の中央通路付近で、浜口雄幸が右翼の青年に撃たれて重傷を負い、翌年に死亡する。

実行犯の右翼の青年というのは、現在でいうなら極右とかネオナチ的な考えの者であったと推察される。


そして、5.15事件で、青年将校らに問答無用で暗殺された犬養毅。

この時に、問答無用で殺さないで、話を聞いていてやれば、もしかしたら歴史変わってた!?

あるいは、日米開戦を避けることができたかもしれない!?


この事件の後、元老の西園寺公望の推薦によって、政党の総裁ではない斎藤実が次期総理に指名される。こうして政党政治は終わりを告げ、戦後まで復活しなかった。


斎藤実は、第二次西園寺内閣の閣僚でもあった。

斎藤実は内大臣の時に、高橋是清は大蔵大臣の時に、2.26事件で殺害された。


この時の青年将校たちもまた、命令通りに動いた実行役にすぎず、裏で糸を引いていた者がいたのではないか?という説もある。


戦時中の総理大臣


戦時中は、東条英機、小磯国昭、鈴木貫太郎の3人。

この時代を生きた人間で、戦争に何らかの関わりを持たなかった人間は、いない。

時代そのものが、国家総動員の戦争の時代。

この人物たちではなく、他の人物たちが総理大臣になっていたとしても、やはりあの戦争へと向かう流れは止められなかった?という説もある。


戦後の総理大臣


終戦後に敗戦処理を行ったのは、東久邇(ひがしくに)稔彦(なるひこ)と、その後を引き継いだ幣原(しではら)喜重郎(きじゅうろう)である。


敗戦で何もかも失った日本。


俺たちの力で、日本を復興させ、これからの新しい日本を造っていく、そのためには政治家になる、そしてゆくゆくは、総理大臣になる!という決意をした者たちの物語は、大河ドラマとしてはどうか。


吉田茂の吉田塾に、門下生として入ったのが、若き日の池田勇人、佐藤栄作、そして、田中角栄だった。




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