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大河ドラマに関するエッセイですが、何か?  作者: 必殺執筆仕事人
こんな大河ドラマはどうか?
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こんな大河ドラマはどうか? 歴代将軍・執権【江戸幕府】

2023年の大河ドラマ『どうする家康』の主人公、徳川家康が開いた江戸幕府。


大河ドラマって、江戸幕府の一番最初の時代と、一番最後の時代とを、行ったり来たりしている印象ある。


初代 徳川(とくがわ)家康(いえやす)


ご存知、東照(とうしょう)大権現(だいごんげん)

江戸開府380年目の大河ドラマは『徳川家康』。

江戸開府420年目の大河ドラマは『どうする家康』。


2代 秀忠(ひでただ)


幕府にとって危険と思われる大名がまだまだ各地にいたため、福島正則や、松平忠直、本多正純などの大名を改易に処した。

自らの生きているうちに、将軍職を家光に譲り、大御所として背後から政治を操る。


3代 家光(いえみつ)


『生まれながらの将軍』と名乗る。

弟の忠長と将軍職を争う。忠長は争いに敗れて自害した。

天草四郎の起こした島原の乱の鎮圧にもあたった。


4代 家綱(いえつな)


家康、秀忠、家光から比べると、目立たない人。


5代 綱吉(つなよし)


犬将軍とも。いっそ、犬の姿で登場させてはどうか?

柳沢吉保を側用人として起用する。


6代 家宣(いえのぶ)


綱吉の死後、将軍になり、間部詮房を側用人として起用し、さらに朱子学者の新井白石を起用する。


7代 家継(いえつぐ)


徳川歴代将軍の中で最も幼少で死去した。


8代 吉宗(よしむね)


紀州藩の第5代藩主から、8代将軍になる。

兄たちが次々と亡くなり、さらには次期将軍候補の対抗馬と目された人物たちまでが次々と亡くなっていったことで、白羽の矢が立った。

享保の改革で有名。目安箱の設置や、大岡越前を南町奉行に任命するなどしたことで知られる。


9代 家重(いえしげ)


10代 家治(いえはる)


11代 家斉(いえなり)


12代 家慶(いえよし)


13代 家定(いえさだ)


14代 家茂(いえもち)


15代 慶喜(よしのぶ)


明治維新から130年目、140年目、150年目の大河ドラマは、いずれも幕末。

1998年の『徳川慶喜』では主人公。

2021年の『青天を衝け』では、渋沢栄一の主君として、若き日の渋沢を導く。

徳川慶喜が、明治政府ではなく徳川新政府を築いていたら、後の日米開戦を避けることができていた、そうなれば、後の日本の歴史は全く違うものになり、日本は今の日本よりも良くなっていた、という意見もある。

対米開戦を本当に避けられたかどうかは別として、慶喜は将軍を退いた後、46年もの長きにわたり、趣味に没頭するスローライフを送っていたという。

そんな趣味の中でも、カメラの腕前はプロ級とも言われ、皇居前の写真も撮影している。

皇居前に、鎌倉時代末期の武将で、鎌倉幕府を倒すことに貢献した武将、楠木正成の像が建てられたのは、1900年7月。




徳川幕府が倒れて、鎌倉幕府以来続いてきた、武家政権も幕を下ろし、侍の時代もまた終わりを告げた。

しかし、近代化を遂げた日本のその後の歩みは、正しかったのか?

近代化とは、一方でそれにそぐわないものを切り捨てていったとも、今さらながら思う。


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