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大河ドラマに関するエッセイですが、何か?  作者: 必殺執筆仕事人
こんな大河ドラマはどうか?
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こんな大河ドラマはどうか? 俳人・絵師・茶人・文化人

例えば、こんな大河ドラマはどうだろう?


松尾(まつお)芭蕉(ばしょう)


『奥の細道』の俳句を47話かけて、1話ごとに1句ずつ詠んでいくという。


「古池や 蛙飛び込む 水の音」


「夏草や 兵どもが 夢の跡」


(しずか)さや 岩にしみ入る 蝉の声」


「五月雨を 集めて早し 最上川」


これらの句は、何話くらいで登場させようか。


「旅に病んで 夢は枯野を かけ巡る」


上記の句は『辞世の句』とされるが、実際には『辞世の句』というものは特に存在しないともいわれる。

常に死を意識していたといわれ、当時の旅というものは、それだけ命懸けのものだった、ということが(うかが)える。




狩野(かのう)永徳(えいとく)


信長、秀吉の時代の狩野派の絵師。日本美術史上最も著名な絵師の一人でもあるという。


安土城や大坂城などの障壁(しょうへき)()制作に従事したという。


千利休(せんのりきゅう)


信長、秀吉の時代の茶人。秀吉の怒りに触れ、切腹に追いやられたことでも有名。


『わび茶』という茶の湯の一様式を完成させた。『茶聖』とも称される。


狩野永徳や、千利休の目線から見た戦国を、大河ドラマで、一応、信長や秀吉とも直接顔を合わせる機会もあったし、これもアリかな?と。


俳人、絵師、茶人、文化人が主人公でもいいかも。絵師は絵画の世界で、茶人は茶の湯の世界で、地位と名声を得る。そして千利休の家系は、表千家、裏千家、武者小路千家という三千家として、現在まで続いている。

狩野永徳の狩野派は、その後も狩野(かのう)探幽(たんゆう)などを輩出(はいしゅつ)し、幕末まで専門画家集団として続いていくことになる。

その時代、その時代の権力者とつながりを持ち、画壇の中心に立ち続けたのが狩野派である。


どちらかというと、大河ドラマというよりは、民放のお宝鑑定番組に、よく登場してくるイメージだ。むしろこちらの番組の方が、歴史の勉強になったりする。


歴史の勉強は、年をとっても、死ぬまで続けられる。いやむしろ、年をとってからの学び直しには、歴史ほどふさわしいものは無い。


某テレビ局のお宝鑑定の番組では、よく登場してくるが、その人気の高さゆえ、ニセモノも極めて多いという。

安い鑑定額で終わると大抵ニセモノだという。そういうニセモノを作って売り付ける、ニセモノ師とかも当時からいたのだなと思った次第。


武将もいいが、文化人もいいのでは?


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