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大河ドラマに関するエッセイですが、何か?  作者: 必殺執筆仕事人
こんな大河ドラマはどうか?
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こんな大河ドラマはどうか? 台与(とよ)

台与(とよ)は、卑弥呼(ひみこ)の後を継いで邪馬台国(やまたいこく)の女王となった。


例えば、こんな大河ドラマはどうだろう?


江戸や明治でも遠い昔、いや大正や昭和の戦前戦中も遠い昔になりつつあるというのに、

弥生時代って、いったいどのくらい昔の時代なのかもわからなくなるくらい昔の時代だ。


馬でさえ、古墳(こふん)時代に大陸から伝わってきたというし、蕎麦(そば)でさえ、大陸から伝わってきたものだという。


これは本当に、稲作が伝わらなかったら、日本はいまだに縄文(じょうもん)時代のままだったかもしれないという指摘も、あながち外れてはいないかもしれない。


ちなみに、馬車は()の国では既に走っていたというから、これがなぜ当時の日本では普及しなかったのだろう、と思った。


平安時代には牛車(ぎっしゃ)という、ウシやスイギュウが引く車が、馬車とともに使われていた。

この牛車(ぎっしゃ)が、平安貴族の一般的な乗り物として普及するようになる。

江戸時代になると、籠屋(かごや)が担ぎ上げる(かご)が登場する。

そして日本で馬車がようやく公道を走るようになったのは、明治時代の話。おそらくは、西洋の馬車が公道で走るようになったのが、世界の国でも日本は最後の方になったと思われる。


邪馬台国(やまたいこく)の女王ともなれば、間違いなく、王族の身分だから、馬車や牛車に乗って、堂々とお供を引き連れて行進する、そんな姿を連想する。


卑弥呼(ひみこ)邪馬台国(やまたいこく)の女王になり、台与(とよ)卑弥呼(ひみこ)の背中を追いかけ、憧れを抱き、いつかは自分も卑弥呼(ひみこ)のような存在になりたい、という思いを募らせた。


邪馬台国(やまたいこく)に、()の国の船が漂着。それは倭国(わこく)の船とは比べ物にならないほどの大型船。


従者は言う。

卑弥呼(ひみこ)様!大変です!

()の国からの贈り物で、金印とともに、馬という生き物が引く車、馬車なるものが、送られてきました!」


それは馬車というものだった。卑弥呼(ひみこ)は早速、馬車に乗ることにした。


卑弥呼(ひみこ)「どうじゃ?台与(とよ)。お前もこの馬車というものに乗ってみるか?」

台与(とよ)「はい、卑弥呼(ひみこ)様。是非乗ってみたいと思います。」


卑弥呼(ひみこ)台与(とよ)は、馬車に乗って邪馬台国(やまたいこく)の国中を駆け巡る。


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