歴代大河ドラマ一覧 1990~1999
日本ではバブルが崩壊し、海外ではソ連が崩壊した頃の時代。
この物語は、史実をもとにしていますが、史実とは多少異なる部分もあります。
そのつもりで、ご購読ください。
なお、多少の漢字間違いなどはご容赦ください。
メインは歴史上の人物の方なので、掲載許可願います。
1990年~1999年
1990年代の大河ドラマ一覧です。
昭和から平成になり、バブルがはじけた俗世間。
しかし、俗世間の流れがどうだろうと、変わることなく、大河ドラマはつくられ続ける。
1990年代生まれの作者の皆さんにとっては、皆さんが生まれた頃に放送された大河ドラマ。
1990年『翔ぶが如く』
西郷隆盛と大久保利通が主人公。
力を合わせて幕府を倒し、明治政府をつくったのに、その後は対立して別々の道を歩むことになり、そして最後は敵同士になって戦うことになってしまう話。
1991年『太平記』
足利尊氏が主人公となる。
時は鎌倉末期、世はまさに乱世の様相を呈していた。
そんな中、足利尊氏は、上司である北条高時のイジメに耐えかね、いつか仕返ししてやろうと考える。
そんな中、やはり北条高時らを憎み反発するレジスタンスもいた。
ともに幕府を倒そうとしていた、そのレジスタンスの誘いを受け、自らも先陣に立った尊氏。
そして見事に鎌倉幕府を倒すが、今度はともに戦ったレジスタンスの中での対立。
足利尊氏は、レジスタンスを抜け出し、室町幕府という新たな組織をつくる。
最後は自分の弟と対立し、弟をも殺してしまった尊氏。その胸中に去来するものは…?
1992年『信長~KING OF ZIPANGU~』
宣教師、ルイス・フロイスの目線から見た信長の姿を描く。
信長は、今さら説明もいらないというほどの誰もが知る有名な人物。
『戦国もの』の中でも信長がでてくるものは『信長もの』というカテゴリーに分類される。
この先も大河ドラマが続く限り、『信長もの』は続いていくだろう。
1993年上期『琉球の風』
沖縄の首里城が舞台だった。ちょうど本土復帰20年のふしめ。
これが、半年で終了した『半年大河』。
また沖縄の首里城の大河がつくれたら、と思っていたのに、首里城焼けちゃったからねえ…。僕らの生きているうちには、無理かな…。
これは薩摩藩が琉球を占領し、それ以降、琉球は薩摩の傘下に置かれるようになった頃の時代設定だった。
茶屋四郎次郎も、登場人物の一人となった。
次に沖縄の大河ドラマをやる時には、三山時代の争いの時期から、尚巴志が琉球王朝を統一した頃の時代とか、やってほしいという、個人的な要望がある。
実社会では、Jリーグが開幕した頃だった。
1993年下期~1994年3月
『炎立つ』
東北の安倍氏の、前九年の役と後三年の役、さらに奥州藤原氏の栄えた平泉の話。
これも、9ヶ月だった。この時期は、半年、9ヶ月、また9ヶ月と、変則日程だった。
1994年4月~12月
『花の乱』
応仁の乱の、日野富子と足利義政が主人公の大河ドラマ。
この時期は変則日程で、視聴率もふるわなかった。
応仁の乱も、これっきりやらない。やってほしい気もするけど、書くのが難しいのかな…。
後北条とかも、リクエストもあるにはあるが、実現させるのは難しいのかな…。
1995年『八代将軍吉宗』
『暴れん坊将軍』の徳川吉宗の裏の顔見たり!といった感じの内容だった。
同じく時代劇の定番だった、『水戸黄門』と『遠山の金さん』は、現在に至るまで、大河ドラマ化されていない。
1996年『秀吉』
実は調べてみたら、秀吉が主人公になるのは、なんと1965年の『太閤記』以来。
今までにもたくさん出ていた印象があるけど、秀吉といえば、この時の『秀吉』のイメージというのが、定着したような感じになっている。
1997年『毛利元就』
中国地方を支配した毛利元就。
大内と尼子の二大勢力の板挟みになりながら、59歳にして中国地方全土を支配下におさめるために立ち上がる。
59歳…。今の時代のサラリーマンでも、定年間近の年齢。
この年齢まで引きこもりニートを続けたら、ああ、もうまもなく自分の人生は、このまま終わりを迎える、と思い始める年齢だ。
その年齢で、中国地方制覇に乗り出すなんて、実際自分らが59歳になった時には、何かを始めよう、なんて思えるのか、わからない…。
戦国シミュレーションゲームでは、寿命を迎えるまでに天下統一を達成しなければクリアにならないというリスクがある。
織田信長は『鳴かぬなら殺してしまえホトトギス』といわれるが、実際、毛利だって、武田だって、どこの戦国大名だって、これと同じようなことをしていた。
これが、戦国の世の現実だった。
自分の家来や、身内にも容赦しないというのも、戦国時代そのものが、『殺してしまえ』の時代だったから、と、この大河ドラマを見て思った。
自分たちの領地と領民を守る、そこから領地の拡大、そしてゆくゆくは、全土統一という明確な目標があった時代でもあった。
1998年『徳川慶喜』
一般視聴者からの、大河ドラマ化のリクエストがあって、早くもそれが実現したという。
大政奉還をして、その後は46年間、写真撮影などの趣味を楽しみ、気ままなスローライフを送ったという。
大河ドラマでは、幕府が無くなり、江戸無血開城で江戸城から出ていくところまでをやった。
1999年『元禄繚乱』
ノストラダムスの大予言の、1999年の大河ドラマ。
忠臣蔵が大河ドラマになるのは4度目となったが、この『元禄繚乱』を最後に、なぜか忠臣蔵は大河ドラマにはなっていない。
復活を要望する声もあったが、いまだに実現していない。
大河ドラマといえば、いつしか、戦国と幕末を交互に、ときどき源平鎌倉、あるいは忠臣蔵といわれるようになったが、忠臣蔵をやらなくなり、戦国、鎌倉、たまに源平、鎌倉、という流れになってしまった。
まあ、自分がおもしろいと思って見ていれば、主人公が誰だろうが、どちら側の立場の人物だろうが、いつの時代だろうが、主人公が男だろうが女だろうが、かまわないのだ。
2000年以降に続きます。
いよいよ、20世紀が終わり、2000年代、21世紀へと進んでいきますので、この先もよろしくお願いいたします!
【改稿版】




