エディオン視点 中編 将来有望な拾い物
真夜中の紫の森で拾った子供は、俺の腕の中でスヤスヤと寝息を立てている。
どうして王宮に近いこんな場所で……それも【天使】の可能性が高い子供が、この近辺をうろついていたのだろうか。
「……考えても、そう簡単に答えを出せる話じゃなさそうだが」
それでも、あらゆる可能性を考慮して動かにゃならんのが、魔王のお抱え軍師である俺の役目だ。
このお嬢ちゃんについてだが、少なくとも現時点で判明している事実が一つある。
今も俺はこの子を連れて王宮に向かおうとしている訳だが、それを引き止めようとする人物が現れないのだ。
つまりこのお嬢ちゃんは、何らかの理由で一人きりになっているということ。
俺自身が悪魔の家系に生まれたというのもあって、古くから因縁のある天使共のルールは、ある程度知っている。
天使の本拠地は当然ながら天界であり、子供の天使が地上に……それも、わざわざ魔界に降りて来るような事は考え難い。
魔界は、俺達悪魔の暮らす土地。
敵対する種族が居る場所に、どうしてこんな小さな子供を放り出すような事になっているのか。
「考えられるのは……」
あり得ないとは思うが、もしもこのお嬢ちゃんがとんでもない禁忌に触れてしまったのだとすれば、天界の方針に逆らう者──【堕天使】として追放された可能性もある。
だが、それならば本来あるべきはずの堕天の烙印が、この子供には見当たらねぇんだよな。
となると、何かの事件や事故に巻き込まれて魔界に落ちて来てしまったか。
それとも、堕天使の親から生まれた子供だから、身体に烙印が刻まれていないだけなのか……。
「……どちらにしろ、保護者が居ないなら都合が良い」
上級魔族の俺と魔王ヴェルカズの力を合わせれば、天使であるこのお嬢ちゃん特有の魔力を隠蔽するのも容易い。
まだ小さな子供である今の内から育てていけば、ヴィオレ魔導王国の中でも屈指の魔力量を誇る戦士になれるはずだ。
そうすれば、ヴェルカズの夢の実現にまた一歩近付くことが出来る。
「魔界統一を果たすのは、お前しか居ないんだ……ヴェルカズ」
*
王宮に連れ帰った子供は、空いている部屋のベッドに寝かせておいた。
何故かというと、あのお嬢ちゃんが森の中で見せた光属性の魔法……。
年齢的にまだ魔力コントロールが安定していないであろう点と、危機的状況による感情の昂りから暴発した反動によって、まだしばらく休ませておく必要があると判断したからだった。
天使も悪魔と対して変わらない寿命なのは知っているから、あの子の背格好からして、生まれて二年か三年ぐらいだろう。
それぐらいの年齢なら、適当に優しく接してやればこちらの味方になる。
いずれ天界と直接やり合うような事態になっても、自分の育ての親である俺やヴェルカズを裏切るようなことにはならないはずだ。
天使というのは、お人好しが多い。
物心付いた頃から一緒に暮らしてきた連中を敵に回すなんていう悪魔のような所業を、奴らに出来るはずがねぇからな。
そう仕向ける為にも、俺のこれからの立ち回りが、魔導王国の運命を左右する事になる。
……ひとまずは、夜明けまでにヴェルカズにどう説明するか考えておかないとなぁ。
*
魔界にだって、太陽は登る。
言葉の響きからして禍々しいイメージがあるかもしれないが、少なくともこの国は穏やかな気候なのだ。
外の明るい日差しが朝の始まりを告げて、そろそろあのお嬢ちゃんも魔力が回復してきた頃だろう。
あの子を寝かせてある部屋へ向かっていると、俺の耳に小さな足音が聞こえてきた。
人狼族は、人型の時でも耳が良い。
便利な特性を持って生まれたもんだと思いながら、俺はドアノブに手を掛ける。
ドアを開けるとキィ……という音がして、あの野郎ドアの手入れサボってやがるな? と、後で叱ってやらなきゃならねぇ奴の顔が脳裏に浮かんだ。
しかし、足音がしたはずの部屋の中では、未だにベッドの上で眠る金髪の少女の姿があった。
「……まだ眠っているのか」
──否。
さっきも言ったが、雪人狼をはじめとする人狼族は耳が良い。おまけに鼻も利くときたもんだ。
俺がこの部屋に入ったからだろうが、お嬢ちゃんの心臓がドクドク騒がしい。さっきまで動き回っていたせいか、それとも得体の知れない俺に恐怖を抱いて、寝たフリをしているからか……。
更に、単なる寝汗じゃない汗の臭いがする。
何らかのストレスを抱えている奴ってのは、特徴的な汗の臭いがするんだよなぁ。冷や汗ってやつ? その臭いがプンプンしてやがる。
「……いや、起きているな?」
「っ……!」
俺の発言に、お嬢ちゃんの身体がビクッと強張る。
しかし、ここで俺に怖いイメージを抱かれたら計画丸潰れだ。
俺はなるべく優しい声音を心掛けて、少しずつ距離を詰めていく。
「目を開けろ。……安心しろ、怖がるな。別にお前さんを取って食おうって訳じゃないぜ」
そう言ってみたものの、初対面(正確には狼型の時が初対面なんだが)の相手に警戒しているらしい。
怯えた様子で薄目を開いて、こちらを観察していた。
「おいおい、そんなにビビることはねえだろ? お嬢ちゃん」
「ひゃあっ!?」
言いながら、俺はベッドからお嬢ちゃんを抱き上げる。
「おー、やっぱり起きてやがったな。それにしても、子供ってのはこんなに軽いモンなのか」
近衛騎士の二人も子供の頃に抱き上げたことはあったが、アイツらはもう十歳かそこらだったからなぁ……。
つーか、こんなに軽くてちっこいのに、あんな魔法を使えるんだよな。やっぱりコイツ、なかなかに将来有望なんじゃねぇか?
ひとまず俺は、ようやくしっかり目を開けたお嬢ちゃんと見つめ合う。
「お嬢ちゃん、名前は何て言うんだ?」
「な、なまえ……」
……けれどもその子は、素直に名前を言っちゃくれなかった。
「あー……そうだな。まずは俺から名乗るのが礼儀ってヤツだ。俺はエディオン。エディって覚えてくれて良いぜ」
「エディ……しゃん?」
「うっ……!?」
い、今この子、俺のこと……え、エディしゃんって……!
エディ『しゃん』って!!
えっ、何その可愛いやつ……! まだ上手く発音出来ねぇのか! 何、この新体験!!
「お、おう。そうだぜ、エディさんだ」
……ま、マズいマズい。
軍師であるこの俺が、ほんの二、三歳のガキンチョに心を乱されてどうするってんだ!
俺は脳内で必死に男用の大浴場の全く可愛くない光景を思い出し、冷静さを取り戻そうと試みる。
すると今度は、
「……わ、わたちは、流歌っていいまちゅ」
「うぐっ……!?」
わたち。
いいまちゅ。
二つの新たな舌ったらずワードによる精神攻撃を受け、あまりにも呆気なくハートを射抜かれてしまうのだった。