そういう不意打ちに弱いんです
「ディーアさ〜ん! お〜ちゃし〜ましょ〜!」
まるで友達を野球に誘う某小学生のような気楽さで、私はヴィオレの王宮地下図書館へと足を運ぶ。
今日はソルジア旅行から帰ってすぐという事もあって、私のお仕事再開は明日からという事になっている。
既に通常業務に戻っているリーシュさんやお父様達には、ちょっと申し訳無い部分もあるけれど……。それならそれで、私にとって都合が良い。
あの時、洞窟に現れた魔物の正体を探る──その目的の為に、まずはこの図書館である程度調べ物をしようと思っていたからだ。
「おう、来たかちびっ子」
いつもより本が山積みになったカウンターの奥から顔を出した、ディーアさんの深い真紅の瞳と視線が交わる。
すると彼は私を見て……というか、正確には私の手元にある物を見て、その綺麗な目を大きく見開いた。
「おいおい……その缶、もしかして昨日持って来たクッキーのヤツか?」
「そうですよ! こっちは自分用に買って来た物なんですけど、向こうのお土産屋さんで一枚試食したらすっごく美味しくて……。それにクッキーなら日持ちするから、また近いうちにディーアさんとお茶する時用にストックしておけるなぁって思って!」
「お、おう……! そのクッキー、夜食代わりに少し食ったがなかなか悪くなかったぜ。改めて、ありがとな」
「えへへ〜。どういたしまして!」
そう言って私は以前にディーアさんとお茶をした時に使ったテーブルの方にクッキー缶を起き、改めて彼の方に向き直る。
「そういえば……お父様から調べ物を頼まれてるんですよね?」
「ああ、オメーらが襲われたっつー触手ヌルヌルの魔物についてな。……だがまあ、夜通し本を読み漁ってはみたが、今の所それらしい情報には辿り着けてねぇのが現状だ」
ああ……私達が帰って来てから、ずっと一人であの魔物の事を調べてたんだね。
吸血鬼だから夜起きるのは得意なのかもしれないけど……そんなに忙しいのに、私が押し掛けちゃったら迷惑になるよね……?
やっぱり今回はディーアさんに頼るのはやめておいて、自力でやった方が良いんじゃ──
「もしかしてオメー……手伝ってくれって言ってた調べ物って、この件についてだったりすんのか?」
「ふぇ……?」
──と思っていたら、彼がカウンターの奥から出て来る。
「そうなんだろ? ルカ」
「は……はい」
「やっぱな。……まあ、気にならねえのも無理ねー立場だろうしなぁ。つっても、オメーが手伝った所で成果が出るかも分かんねーし……」
「でも、やってみないと分からないですよ! それに、一人より二人で調べた方が、こうりちゅ……効率が! 良いですし!!」
「……噛んだな。何か良い事言おうとしてるトコで噛んだな」
「噛みました……!!」
格好が付かないですね! それでこそ私って感じがしなくもないですけど!!
しかし、そんな私の恥ずかしい噛み噛み具合を見たディーアさんは、小さく吹き出して笑っていた。
その笑顔が(本当はめちゃくちゃ歳上なんだけど)少年っぽい可愛らしさが伺えて、思わずキュンとしてしまう。
私、こういう【雨の日に捨て犬に傘を差し出しそうなヤンキー】みたいな男の子のふとした笑顔に弱いんだよなぁ〜……! ディーアさんって金髪セミロングだから、余計にヤンキー感が増しててグッと来るんだよ!
ああ……転生しても、前世で培ったオタク的萌えキュンポイントは変わりませんな……! そういうの、もっと下さい!!
「……ま、ルカの発言にも一理あるか。こうなりゃオレも、猫の手だろうがプリンセスの手だろうが借りてやらぁ」
だが……と、彼は私の頭をわしゃわしゃと撫で回しながら言葉を続ける。
「何はともあれ、まずは茶ァ飲もうや! あのバカ美味いクッキーも追加してもらった事だし、休憩がてら一杯やろうぜ?」
「こ、紅茶を飲むのに『一杯やる』っていう人初めて見た……!」
そんな会話を楽しみつつ、私とディーアさんはまた食堂でお茶を用意してもらい、図書館に戻って優雅なティータイムを楽しむのだった。
……それにしても、ディーアさんは私が選んだお土産のジャムクッキーを随分と気に入ってくれたらしい。
見ているこっちがビックリするようなペースで、次々に彼の口内へとクッキーが消えていく。
確かに私も試食して美味しかったから買って来た物だけど、こんなに食べてくれるならもっと買って来ておけば良かったなぁ……なんて思いながら、ディーアさんの見事な食べっぷりを眺めつつ、私も自分のペースでクッキーに齧り付いた。