安堵に包まれた眠りへ
謎の触手の魔物を撃退し、私達はエドの導きで洞窟から無事に脱出する事が出来た。
外へ出た先では、助けを呼びに行ってくれていたシィダと一緒に私達を探し続けてくれていたお父様達が居て、どうにか崖のようになっていた高台から引き上げてもらう。
ムウゼさんは例の魔物のせいで魔力が吸われ、自力で崖を登るのは難しかった。だからこそ、このタイミングでお父様やエディさん達が駆け付けてくれていたのは本当に助かった。
お土産を見て回っていたリーシュさんとナザンタさんも探しに来てくれていたのだけれど、全員がほとんどピンポイントに洞窟の出口付近に集まっていたのは不思議だった。
それを宿への帰り道にお父様に質問してみたら、どうやら私とエドが貰った麦わら帽子に特別な仕掛けがしてあったらしいんだよね。
そのお陰で、お父様達は私達の大体の居場所を把握していたらしい……んだけど、流石に海から地下に続く洞窟に迷い込んでいるとは想像もしていなかったから、捜索が難航していたみたい。
私ももしも逆の立場だったら、海で行方不明になった人が地下洞窟をさまよい歩いているだなんて思わないだろうしね。
今回は運良く風の流れを読めるエドやムウゼさんが一緒だったからどうにかなったけれど、私一人だったら未だに迷子だったはず……。不幸中の幸いってやつだね。
宿に戻った頃には、すっかり辺りが暗くなっていた。
ムウゼさんにはとにかく休養が必要だろうというお父様の判断で、彼はナザンタさんとエディさんに両脇を抱えられながら、部屋へ運び込まれた。今晩はゆっくり休ませて、明日の朝にまた健康チェックを行うらしい。
お父様がもしもの時の為に持ち込んでいた魔法薬を飲ませていたから、魔力の回復も早いだろう。
今夜のところは、ナザンタさんとエディさんが交代でムウゼさんの様子を見るらしい。
ナザンタさんとしてはお兄さんが心配だろうし、エディさんも子供の頃から知っているムウゼさんのあんな衰弱した状態を目の当たりにして、放っておけないんだと思う。
……あれ? そうなると私、今夜は部屋に一人きりになるんじゃない?
いやまあ、正確にはシィダが一緒だから完全なぼっちではないんだけど……。本来なら、早食い競争を勝ち残ったナザンタさんと相部屋になる予定だったからなぁ。
……あんなおかしな魔物に襲われた後だし、他に誰も居ないとなるとかなり心細いかも。
そんな私の心情を察したのか、それとも単なる気まぐれか。
「……ルカ。今宵は私の部屋に来るか?」
「ふぇ……?」
少しずつ遠くなっていくムウゼさん達の背中を見送っていた私の頭上から、お父様の声が降ってきた。
予想外の提案に、思わず気の抜けた返事をしてしまった私。
けれどもお父様は、そんな私の返事が面白かったのか小さくフッと笑みを溢した。
「勿論、シィダも一緒で構わん。エディオンがムウゼの世話に行く故、私も部屋に一人になってしまうのでな」
「……い、良いんですか? 私とシィダもお邪魔しちゃって……」
「うむ。……私が寂しいのだ。たまには父の我儘に付き合うが良い」
本当はお父様が寂しいんじゃなくて、私が一人になるのが不安なのを分かっていてそんな事を言っているんだろうけれど……。
私に変に遠慮をさせないように、気を遣ってくれているのが伝わって来て、自然と心がぽかぽかと温かくなってくるのを感じる。
「……はい、お父様!」
「キュウンッ!」
私とシィダは、じゃれつくようにお父様に思い切り抱き付いて(シィダは本当にじゃれついているけれど)、彼の優しい我儘に付き合ってあげる事にした。
海水でベタついていた身体を宿の大きなお風呂でさっぱりさせると、身体が芯まで温まって気持ち良くなる。
散々洞窟を歩き回ったせいで体力を消費したのもあって、あっという間に眠気に襲われた私は、「もう寝ろ」とお父様に促されるまま、ふかふかのベッドに身を預けた。
右隣にはお父様、左隣にはシィダ。
初めて同じベッドで眠るからなのか、お父様は私に腕枕をしてくれる。
いつもお父様からほのかに香る薬草の匂いと、シィダのもふもふな温かさに挟まれた幼女は、それらに後押しされて強烈さを増した睡魔に抗えるはずもなく……。
泥のように眠るとは、まさにこの事だな……と頭の片隅でぼんやりと思いながら、ソルジアでの一夜を明かすのだった。