君がどこの誰であったとしても(後半エド視点)
「ルカ! 怪我はありませんか!?」
「う、うん! 私は大丈夫……だけど……」
ティズさんと一緒に来た道を戻ってきたエドが、息を切らせながらも私を心配してくれている。
「それなら良かったですが……さっきの光、もしかしてルカが使った魔法ですか?」
「ええっ……とぉ……」
あ〜……やっぱり見られてましたよねぇ〜!
お父様には口止めされてるけど、どうやってエド達を誤魔化せば良いんだろう……!
ムウゼさんはさっきまで触手の魔物に締め付けられていたのもあって、ひとまずティズさんが彼の状態を確認してくれている。もしも怪我をしているなら、私が治療できるから問題は無いと思うんだけれど……。
ムウゼさんに助け舟を求めて視線を向けるも、魔力を吸われて疲れ切った様子の彼はそれどころではないらしい。
……仕方ない。ここは中身は大人な私が、上手い事やり過ごしてみせるしかないですね!
「……な、何ていうかね? 必死になって魔法をバーンってやったら、何か良い感じに魔物を追っ払えたみたいなんだよね! あはは〜」
……って、誤魔化し下手にも程があるよね!!
無理だよ! 私にそんな巧みなトークスキルとか無いから!!
こんなんで誤魔化せるなら、エドがとんでもないアホの子みたいになっちゃうからね!
……と、思っていたのに。
「凄いです! 流石はボクのルカですね!!」
なんて言って、エドが納得した様子で私を褒め称え始めたのである。
……おいおい、嘘だろエド! 流歌お姉さん、いくら君が私全肯定マンだからって、こんな言い訳を鵜呑みされたらそれはそれで戸惑うんですが!?
とは言え、こんなフワッとしすぎた話を信用してくれるというのなら、それに乗っかるしかない訳で。
「……と、とにかく! ムウゼさんを早く安全な所で休ませてあげたいですし、皆も怪我とかしてないなら、脱出を急ぎませんか?」
「それもそうですね。ティズ、ムウゼを背負っていって下さい。出口はボクが探します」
「かしこまりました、エドゥラリーズ様」
どうやら、ムウゼさんに外傷は無かったらしい。
ただし、触手の魔物によって急激に魔力を失った影響で、身体に上手く力が入らないようなのだ。
少なくとも、彼の調子が戻るまでは足元の悪い洞窟内を歩かせるのも危険なので、それまではティズさんがムウゼさんをおんぶして行く事になる。
「すまぬな、ティズ……」
「いえ、どうかお気になさらず。……俺は姫様と違って、貴方を見捨てようとしたのですから」
「ルカとエド王子の安全を最優先にしたに過ぎぬのだから、それこそ気にする必要はあるまい。結果として、私はこうして生き延びる事が出来たのだからな」
「……はい。ありがとうございます」
彼らのそんなやり取りの後、エドが改めて先頭に立った。
「ある程度の感覚は掴めましたから、ここからはボクが先導していきます。なので、ルカには灯りの確保をお願いしても良いですか?」
「分かりました!」
私は大きく頷くと、魔法で掌の上に林檎ぐらいのサイズの光の玉を作り出した。
これぐらいの簡単な魔法なら、体力の消耗も少なくて済む。そもそも魔力量だけならその辺の大人の魔族よりも格段に多いらしいから、あんまり気にする必要も無いと思うんだけどね。
*
ボクが出口に続く道を探して風を読み、ルカが辺りを魔法で照らし、ティズがムウゼを背負って歩いていく。
幸運にも、あれから特に目立った異変は無い。
最初にムウゼがルカを庇っておかしな触手に捕まった時はどうしたものかと焦ったけれど、何故だかルカの魔法のお陰で、あの魔物は追い払われたらしい。
……ルカの言葉が、全て本当の事なのであればだけれど。
ルカがスカレティアに連れ攫われて来たあの日から、彼女は特別な存在だと確信していた。
それは、彼女がボクの運命の人だという意味でもあり、ルカ自身に秘められた力についてでもある。
さっきルカは『必死に魔物を追い払った』と言っていた。
けれども常識的に考えて、魔力を弾くような触手の怪物を、こんな小さな女の子が追い払えるものだろうか?
……答えは否だ。
そもそも彼女の出自自体、不明な事の方が圧倒的に多い。
当然ながらルカはボクの未来のお嫁さんなので、国の者達を納得させる為にも彼女の身辺調査を行わせていた。勿論、ルカの側に置いたティズからの報告も受けた……のだけれど。
結果は、悲惨というには生優しいものだった。
ルカの出身地、両親といった情報も分からず、彼女がヴィオレの魔王の義理の娘として迎え入れられるまでの足跡すら一切掴めなかったのだ。
ここまでルカの情報が出て来ないとなると、考えられる可能性はかなり絞られてくる。
一つ目は、ルカがヴェルカズお義父様の隠し子である事。
ルカが表立って妻として公表出来ない女性との間に生まれた娘であり、世継ぎとして関係を偽って養女として発表した。
……そうなってくると、ルカの母親は魔族にとって不都合な存在である可能性が高くなってくる。ボク達魔族を忌み嫌う人間や、エルフなどの女性との間に生まれた子になるかもしれない。
そう考えれば、さっきルカが発していた眩い魔力の光──魔族には逆立ちしても使う事が出来ない、光属性の魔力にも……説明がつくから。
あの触手の魔物にティズの魔法剣が効かなかったのも、彼が得意とする属性が水だったからかもしれない。
魔族や魔物にとって、人間やエルフ達が使う光属性は大きな弱点となる。
誰もが簡単に使えるような属性ではないとはいえ、あのヴェルカズお義父様が子供を残しても良いと思えるような女性が母親となったのなら、ルカにもその力が受け継がれていたといても不思議ではない。
……もう一度あの魔物が出て来てくれれば、この仮説をすぐに確かめる事が出来るんですけどねぇ。
「……エド、また別れ道だよ。どっちに行けばいいの?」
そう訊ねてきたルカの方を振り返り、ボクは小さく微笑んだ。
……大丈夫ですよ、ルカ。
ボクは君が例えどんな存在だったとしても、君以外の女の子なんて、みんな腐った果実以下の魅力も感じられないんです。
ボクは微かに感じる風の流れを読み、
「こっちです。ボクについて来て下さい!」
と、彼女の空いた片手を握って、右の方の道へと足を踏み出す。
ボクはルカと一緒なら、どこまでだって行ける。
父上も母上も居なくなってしまったけれど、ボクにはルカが……そして、姉上もヴェルカズお義父様も……一応、ティズだって居る。
ボクは、ボクの愛した女の子と幸せに生きていける国を作りたい。
その為だったら、ボクは──
どんな辛い事だって乗り越えてみせますよ、父上、母上……!
そうして風の導くままに進んでいくと、遠くの方に光が見えた。
「あ、あれは……?」
「風に乗って……潮の香りが漂ってきますね。という事は……!」
その光を目指して歩いていくと、とうとうボク達は外に出る事が出来た。
頭上を見上げれば、オレンジ色に染まった空が広がっている。洞窟から出るまでの間に、かなり時間が経ってしまっていたらしい。
洞窟の出口は窪地のような場所に繋がっていて、周囲が崖に囲まれていた。どうにかしてここを登っていかなければならないけれど、今はとにかく再び太陽の光を浴びる事が出来た事実に安心感を覚える。
「やったぁ〜! 外に出られたんだね、エド!!」
「ええ、やりましたねルカ!」
飛び跳ねて喜ぶルカがあまりにも愛らしかったので、ボクはその姿をひっそりと心のキャンバスに描くのを忘れない。今日もボクのルカが可愛い……!
それとほぼ同時に、遠くの方から「おーい!」という声が聞こえて来た。
声のした方を見てみれば、崖の上からこちらを見下ろして手を振っている軍師エディオンの姿があった。
「無事かぁー、お前さん達〜! おいナザンタ、ヴェルカズ達呼んで来てくれ!」
「うん、分かった!」
どうやら彼らも、ボク達の事を探し回ってくれていたらしい。
すぐにお義父様達もやって来て、ムウゼの状態に驚いていたけれど……無事に宿に戻る事が出来た。
一晩休んだらムウゼの魔力も回復するだろうという事で、今夜のところはしっかり身体を休ませておけとお義父様に言われたので、お言葉に甘える事にした。
勿論、歩き疲れたボクが朝までぐっすり眠ったのは言うまでもない。