楽しい海辺と波の音
エド達も合流したところで、早速私達も美味しそうなフルーツかき氷を食べようか……と思ったのだけれど。
まだエドはお昼寝が終わってすぐだったので、もう少し遊んでからおやつの時間にする事になった。
お父様やエディさんは早食い勝負で疲弊しているらしく、夕食まで部屋で休んでくるらしい。
ナザンタさんとリーシュさんはお土産屋さんが気になるというので、二人で一足先に近くのお店をチェックに向かった。
残った私とエド、ティズさん、シィダとムウゼさんの四人と一頭で、のんびりと海辺で過ごす。
「エドゥラリーズ様、姫様。あちらの方に潮溜まりがありましたよ」
「「しおだまり……?」」
サンダルを脱ぎ、波打ち際でエドとシィダと一緒にパシャパシャと駆け回りながらはしゃいでいると、しばらくどこかへ行っていたティズさんが戻って来た。
私とエドが聞き慣れない言葉に揃って首を傾げると、続けて彼が言う。
「潮の満ち引きで出来る、海から孤立した小さな浅瀬の事です。潮が引く際に潮溜まりに取り残された生き物が、よく観察出来る場所なんですよ」
「へ〜! それって、どんな生き物が見れるんですか?」
「実際にその目でご覧になった方が、より楽しめるかと思います」
海って遠くから眺めるばかりだったから、海の生き物なんてテレビか水族館か、食卓の上ぐらいでしか見た事ないんだよね……!
それに異世界の海の生き物って、何かワクワクする! 精神が肉体に引っ張られているせいか、未知のモノって無性に気になっちゃうんだよなぁ〜!
どうやらそれはリアルキッズのエドも同様だったらしく、ティズの話を聞いて、眩しいくらいに瞳をキラキラと輝かせている。
「その潮溜まりとやらに案内して下さい! さあ、早く!」
「かしこまりました。……ところで、貴方はどうします?」
と、ティズさんが私達の後ろに居たムウゼさんへと目を向けた。
ムウゼさんは水辺が苦手だから、私達が海で遊んでいても、ちょっと遠くの方から見守ってくれていたんだよね。
「……浅瀬といえども、子供らも向かうのであれば心配だ。私も同行する」
そう告げたムウゼさんの表情は、相変わらずリゾート地に似合わない、不安げで厳しい顔のままだ。
けれども私とエドの為に付いて来てくれようとしているのだから、保護者としてとても立派だと思う。特に今はお父様とエディさん、ナザンタさんも不在だから、一緒に居てくれる大人が多いに越した事はないだろうしね。
そうしてムウゼさんは、シィダが熱い砂浜で火傷しないようにしっかりと抱きかかえたうえで、私達と一緒にティズさんの後を追った。
少し岩場が目立ってきたところまで来ると、先程彼が言っていた例の潮溜まりらしき水溜まりが見えて来た。
確かにそこには、海水が溜まっていた。周囲には何時間か前まで海に沈んでいたのだろう、濡れたままの岩肌が見えている。またしばらくすれば、ここも再び海水の下に沈んでいくのだろう。
後ろの方はちょっとした崖のようになっているから、満潮になればあそこから釣りが出来たりするのかもしれないね。
「もしかして、あそこが潮溜まりですか?」
「ええ。岩場で足を滑らせないようにしながら、水の中を覗き込んでみて下さい」
「行ってみましょう、ルカ!」
「うん!」
エドと一緒に歩いていき、ティズさんが言っていた場所で屈み込む。
すると、そこには──
「うわー! ちっちゃいカニしゃんでしゅ!」
「こっちに居るのは……イカですね! これも凄く小さいです!」
シャカシャカと横歩きで移動する子ガニに、ぴゅっぴゅっと泳ぐ小さなイカちゃん。
もちろん小魚も沢山泳いでいて、よく見れば岩場の方にも何かの貝が張り付いていたり、鮮やかな色のヒトデっぽい生き物も見付けられた。
見た目は地球の生き物とそんなに変わらないように見えるけれど、こんな小さな生物でも、異世界ならもしかすると魔物の赤ちゃんだったりするんだろうか……?
……待って、そうだとしたらこれって意外と危険な観察会なのでは?
ふと浮かび上がった嫌な予感に、私は咄嗟にティズさんの方に顔を向けた。
「あ、あの! ここに居る生き物って、もしかして何かの魔物の赤ちゃんだったりしないれすか!?」
「いえ、先程俺が確認した限りでは、普通の生き物しか居なかったはずですよ?」
「そ、それなら良かったでしゅ……」
いやー、危ない危ない……。
もしもこれで潮溜まりに居た生き物を刺激して、それに激怒した魔物の親分に襲撃されたりしたらどうしようかと思っちゃったよ。
まあ、それもそうだよね。ここはお父様達が旅行先に選んだんだから、そんな危険な魔物なんかがうろつくような場所のはずがないよね!
何だか私、最近色んなトラブルに巻き込まれたせいか、そういう嫌な想像ばかりが頭に過ぎるようになっちゃったみたいだなぁ……。
まあ、何の危機感も無いよりは良い……のかな?
……でも、まだ何か嫌な感じがするんだよねぇ。
ただの気のせいだと良いんだけど、やっぱり私の考えすぎなだけ……?
*
「気を付けろよ、シィダ。小さくとも、蟹には立派な鋏がある。うっかり鼻先を挟まれぬよう──」
「キャウンッ!」
「……注意しろ、と言うつもりだったのだがな」
初めて見るであろう海の生物が気になったらしい、黒妖犬のシィダ。
ルカ達とは少し離れた場所で見付けた子蟹にちょっかいを出し、私が注意をしようとした矢先に反撃を喰らってしまっていた。
悲鳴に近い鳴き声をあげた後、私の足元へと飛び込んで来たシィダ。
私が改めて彼を抱き上げると、シィダはすっかり子蟹が苦手になってしまったらしい。私の足元でカサカサと動く蟹の足音に、ビクッと身体を跳ねさせていた。
「……ルカ達が戻って来るまで、こうして私が抱き抱えていてやろう」
「キュウ〜……」
これでシィダも私のように海が苦手になってしまったら、笑い話にもならないな……と小さく苦笑する。
顔を上げれば、ルカとエド王子は楽しそうに潮溜まりの生き物達を観察している真っ最中だった。それをティズが側で見守りながら、二人に何か問われれば答えてやっている。
もうしばらくしたら二人の気も済むだろうと、どこか腰を掛けられそうな岩場でも探そうかとした──その時だった。
周囲が妙に静かだという事に気付き、よく辺りを見回す。
何かが……おかしい。
先程まではあったはずの『何か』が、無くなっているような……喪失感があるのだ。
「この妙な静けさ……音……」
無くなった、音……。
「……そうか! 波の音だ!!」
ハッとした瞬間、私は先程まで聞こえていたはずの波が岩場に打ち寄せる音が消えている事に気が付いた。
そして、突如として陰る空。
すぐさま海の方へ顔を向けると、私達の居る岩場の目の鼻の先に、見上げる程の高さの高波が迫ってきているではないか。
「ルカァァァッ! 高波だ!!」
「キャウンッ!!」
咄嗟に腕の中のシィダを放り出し、私はルカ達の方へと駆け出しながら、シィダに叫ぶように指示を出す。
「ルカは私に任せろ! お前はこの事を、一刻も早くエディオン様にお伝えするのだ!!」
「キュッ!!」
なるべく砂浜を踏まずに済むような位置まで投げたシィダは、宙に放られながらも了承の返事をした──ような気がした。
雪人狼の血を引くエディオン様であれば、黒妖犬であるシィダの言葉を理解出来る。このままでは私達はあの波に呑まれてしまうだろうが、エディオン様を通じてこの事態が伝われば、救援に駆け付けて頂けるはずだ。
私は風魔法で追い風を発生させながら、大急ぎでルカ達の元へ駆け付ける。
「む、ムウゼしゃ……津波が……!!」
背後に少し高い崖がある地形である為、逃げ場が無い事を察してしまったのだろうルカ。
大きくつぶらな青い瞳は涙の膜で覆われ、今にも大粒の涙が零れ落ちてしまいそうだ。
私は無我夢中でルカを腕の中に抱き締めると、決して少女を離さないようにその力を強める。
「安心しろ……私がお前の側に居る」
その言葉に応えるように、ルカが私の服の胸元をギュッと握り締める感覚があった。
ティズも同じ様にエド王子を抱き締め、それから間も無くして……私達四人は、頭から激しい波に呑み込まれていくのだった。