旅行の部屋決め
まさか例のスペシャルゲストの正体が、エドだったとは……!
今思えば、この前彼から届いた手紙にそれっぽい事が書いてあったよね。
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ボクの愛する未来のお嫁さんへ
スカレティアは既に本格的な夏に入り、剣術の稽古の後に飲むジュースがとびきり美味しく感じられる季節になりました。
ヴィオレも少しずつ夏の陽気に包まれてきた頃だと思いますが、ルカも体調には気を付けて、元気に過ごして下さいね。
そうそう。この前、ある方から嬉しいお誘いを頂いたんです。夏は暑いばかりで嫌な事だらけだと思っていましたが、今年は気分良く乗り越えられそうで何よりです。
またルカに会える日を、今か今かと楽しみにしています。
お義父様にも、どうぞよろしくお伝え下さいね。
君のただ一人の運命の相手より
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あの“嬉しいお誘い”っていうのが、この旅行のスペシャルゲストとして誘われたって意味だったんだ。
だから手紙にも「会えるのが楽しみ」って書いてたんだねぇ……。
多分誘ったのはお父様なんだと思うけど、私を未来の妻認定してくる男の子を誘って本当に良かったんですかね……? いやまあ、私は中身だけは成人済みだから、小さな男の子は恋愛対象外で特に問題無いんですけども!
「ところでお義父様、ボクはルカと同じ部屋で構いませんよね?」
「構うに決まっているだろう! そしてお義父様はやめろ! ……ティズ!!」
エドとは久し振りに顔を合わせたけれど、こうして実物の彼の言動を目の当たりにすると、何というか……ね? お世辞抜きにめちゃくちゃ好かれてるのを実感しちゃうよねぇ……?
何でだろう。私、転生したらショタから溺愛されてるんですけど。ごめんだけど、あと十年ぐらいしてから改めて考えさせてもらえないですか?
……とはいえ、魔族の成長速度が人間と同じペースなのか分からないんだけどさ!
だってお父様とかエディさんとか、かなり長生きっぽいのに二十代にしか見えないからね。私が大人になっても、変わらずにこの美貌を保ってそうで怖いよ!
そんな事を脳内で考えている間に、お父様に呼ばれたティズさんがすかさず前へやって来た。
「ご用でしょうか、ヴェルカズ陛下」
「貴様にはエドゥラリーズの世話を任せる。部屋は貴様と同室でも構わん。好きにするがいい」
「かしこまりました」
「えーっ!? ルカと一緒にお泊まり出来ると思って、昨日は楽しみすぎて全然眠れなかったんですよ、ボク!」
「知らん! 日中はルカとビーチで好きに遊んでも良いが、同衾などこの私が許すものか!!」
「それは俺様も同意! なぁルカ〜、今夜は俺様と同じベッドで仲良くおねんねしような〜?」
エドの世話をティズさんに押し付けるお父様と、そんなお父様の意見に激しく頷き賛同するエディさん。
というか、しれっと私と同じ部屋を確保しに来るあたり、流石は軍師の策略というべきでしょうか。
……あれ? そういえばエドが一緒って事は、この場にリーシュさんも居る訳で……?
ちらりと彼女の方を見ると、私と同じ部屋に泊まる事をお父様に拒否され、落ち込んでしまっているエドを励まそうとしているようだった。
「ねぇ……貴方が嫌じゃなかったら、あたしと同部屋にならないかしら?」
「あ……姉上……」
同じスカレティア王の子供であるリーシュさんとエドは、訳あって離れて暮らしている姉弟だ。
普通の姉弟らしい生活をしてこなかった二人にとって、今回の旅行が家族としての距離を縮める良い機会になるかもしれない。そうなってくると、ここに私が入り込むのは無粋にも程がある。
そっと二人のやり取りを見守っていると、エドが小さな笑みを浮かべた。
「……そう、ですね。ボク、姉上と色々お話してみたい事があるんです」
「時間はいくらでもあるから、たっぷりお話出来るわ。でも、その前に──」
そう言いながら、リーシュさんはエドの小さな手を取った。
「魔王様、あたし達は一足先に部屋で休ませてもらっても良いかしら?」
「えっ? で、ですが姉上……」
「……良かろう。部屋の鍵は、そこの受付で受け取っておくのだぞ」
「ええ、ありがとう。……エドゥラリーズ、あまり眠れていないんでしょう? そのまま海で遊んだら危ないから、少しお昼寝してからにしましょうね」
「……はい、姉上」
確かにエドはさっき、昨日はあまり眠れなかったと言っていた。
よく見るとエドの目の下には隈が出来ていたし、本当に寝不足だったのだと思う。
すぐに鍵を受け取ったリーシュさんに連れられて行くエドの背に、私は「後で一緒に遊ぼうね、エド!」と元気に声を掛けた。
その言葉に「はい、また後で……!」と照れ臭そうにリーシュさんと手を繋ぎながら去って行った彼を見送るのだった。
……が、しかし。
「……それで、結局ルカと同部屋なのは俺様で良いんだよな?」
「いや、それとこれとは別問題だ」
「エディオン様だけズルいですよ〜! ボクだってルカちゃんと同じ部屋が良いんですから!」
この場に残ったエディさん、お父様、ナザンタさんの三人で私の保護者ポジションの奪い合いが始まった。
エドの事はリーシュさんやティズさん達スカレティア出身組が面倒を見てくれるけれど、私は一応子供の身だからね。残った大人達の誰かが代表して、私と同じ部屋で過ごさなければならないのだ。
三人はそれぞれ自分が保護者に相応しいという主張を繰り広げていて、いつ決着がつくのかも分からない。
けれども、その輪の中に入っていない唯一の人物──ここに来てからずっと顔色が優れないままのムウゼさんは、ロビーの隅っこにあるベンチに座っていた。
「ムウゼさん、大丈夫ですか……?」
「む……。ルカに心配を掛けるようでは、騎士失格だな……」
私も彼の隣によっこらしょ、と座り込む。
元々ムウゼさんはこの旅行に乗り気ではなかったみたいだし、無理をしてまで来る必要も無かったと思うんだけれど……。
「実はな、情け無い話なのだが……。私は、どうにも海というものが苦手なのだ」
「う、海が苦手……?」
そんな……! ここ、めちゃくちゃビーチリゾート感満載なのに、海が駄目なんですか……!?
それじゃあ尚更、何でこんなとこ来ちゃったの!?
「え、ええと……もしかして、泳ぐのが苦手だったりするんですか? わ、私は海は嫌いじゃないですけど、全然泳げないのでムウゼさんとお揃いですよ!」
「……私を励ましてくれるのか。やはり優しい子だな、ルカは」
困ったように笑うムウゼさんの大きな手が、そっと私の髪を撫でる。
ムウゼさんは身体も手も大きくて、顔もちょっと厳つくて、黙っているとお父様とはまた違う怖さというか威厳がある人だ。
けれども、こうして私を撫でてくれる彼の手は優しい。
ムウゼさんの手は、国を守る剣を握る騎士の手であり、同時にこんな私を甘やかしてくれる温かい手なのだ。
そんな彼が悲しそうにしていると、どうにも放っておけなくなってしまう。
「まあ、正確には海というより、全身が浸るような水場が苦手でな。ルカも泳ぎが不得手というのであれば、水遊びには細心の注意を払わねばならんぞ。当然、私も目を離さぬように気を配るがな」
「……はーい!」
あまり深い理由を訊ねるのも気が引けたので、一旦そこでこの話は終える事にした。
その間もお父様達は部屋割りで揉め続けていたらしく、決着はかき氷の早食い対決でつける事になったようだ。
……え、あのお父様がかき氷の早食い?
何それ! めちゃくちゃ貴重なシーンじゃないですか!! これは是非とも見物……じゃなかった。応援に駆け付けないといけないですねっ!
11/15(水)から「炎の治癒術師フラム」のコミカライズが始まります!
各電子書籍店にて一斉配信です。表紙イラスト等、詳しくは活動報告からご確認下さい。