色々な意味で熱い夏になりそうです(後半ヴェルカズ視点)
合計三台の魔馬車で、私達バカンス組は王宮から出発した。
王宮で留守番をしているディーアさんや騎士団の人達には、しっかりお土産を用意しなくっちゃね!
……とはいえ、目的地は到着してみるまでのお楽しみだ。
最低限の情報といえば、何故かムウゼさんが乗り気じゃない場所だという事ぐらい。それから、スペシャルゲストが合流するって話だったね。
目的地まではまだまだ時間が掛かるようだったから、同じ魔馬車に乗り込んだリーシュさんと、護衛役のティズさんとナザンタさんと一緒にお喋りして過ごそうかな?
……なーんて思っていたのに、思いっ切り爆睡かましていたのが私です。
しょうがないよね! だって私、身体はお昼寝大好きな幼女なんだもん! 不意に襲って来る睡魔には勝てません!!
気が付いたら私はリーシュさんに膝枕をしてもらっていたようで、「ルカ、そろそろ着くわよ」と優しく肩を揺すられて、それでようやく目を覚ますレベルで熟睡していた。
私はリーシュさんにそっと支えてもらいながら上体を起こし、なかなか開かない目蓋を擦る。
「ふぇ……? もう着いたんれすかぁ……?」
「え、ええ……! とても気持ち良さそうに寝ていたものだから、勝手に膝枕させてもらっていたのだけれど……」
「ああっ、可愛い……! けど、目は擦っちゃダメだよ!」
「ナザンタの言う通りです。姫様の美しい瞳が傷付いてしまいます」
「あーい……気を付けましゅ」
そういえば、強く目を擦ると眼球にダメージが来るとか聞いた事があったような……?
歳を取ってから緑内障? 白内障? になるリスクが上がるんだったかなぁ……。異世界でも人体の構造は大体同じなんだろうし、若い内から健康には気を遣った方が良いよね、うん。
まだもう少し微睡んでいたい名残惜しさはあったけれど、せっかくの大人数での旅行だもん。またいつこんな機会があるか分からないし、遊べるうちは全力で楽しまないと損だよね……!
そう自分の中で答えを出してから、しばらくして魔馬車が地上に降り立った。
馬車の扉が開くと、そこから入って来た外気の温度と、風の香りに思わず目を見開いてしまう。
この独特の匂い……もしかして……!
*
「海だぁぁ〜〜〜〜っっ!!」
別の魔馬車から降りてきたルカが、そのターコイズのように鮮やかな空色の瞳をこれでもかと丸くさせて、歓喜の声を上げた。
あの娘は、天界で生まれたであろう天使の子だ。こうして海を見るのも初めてなのだろう。普段は理知的な印象を受ける子供だが、この時ばかりは年相応の無邪気さが顔を覗かせている。
午後になってようやく調子が出始めた事もあり、義理とはいえ我が娘のはしゃぐ様を見て、思わず口元が緩んでしまう。これでは魔王の威厳も何も無いな……。
「しゅっごーい! とっても綺麗な青でしゅね!」
「「「「「「ンンッッ……!!」」」」」」
私を含む旅行同行者らが、ほぼ同時にルカの愛らしい笑顔に悶絶する。
ここ最近、ルカが自身の滑舌が悪い事を気にして、こっそりと発音練習をしているのは知っていた。特に誰も強制してはいない事ではあったのだが、本人の自主性を尊重して見守っていたのだが……。
月日が経つにつれてしっかりと喋るようになる反面、あのぽやぽやとした話し方が聞けなくなる寂しさもあった。特にエディシエやナザンタが顕著で、舌っ足らずでも一生懸命に話す姿がたまらなかったと熱弁していたのは記憶に新しかった。
……しかし、今のように感情が昂った際には、出会った頃のように幼い話し方に戻るのだ。
その不意打ちが、我らのような大人の心に突き刺さるのである……!
それを正面から喰らって平然としているのは、ルカ専任の護衛として側に置いているティズぐらいなもの。
彼奴以外の面々は、苦しそうに胸を押さえたり、だらしなく緩んだ顔をルカに見せないように必死に逸らしたりと、どうにかして大人の仮面を引き剥がされぬように足掻いていた。
……私か? 私は全力で自身の右脚を殴り付けて誤魔化したが、別に文句はあるまい?
「あっ……そういえばエディさん、例のスペシャルゲストって結局誰なんですか?」
「あ、ああ、スペシャルゲストな!? それなら一足先に、俺様達が滞在する宿で待ってるはずだぜ!」
「そ、それじゃあルカ。迷子にならないように、あたしと手を繋いで行きましょうか」
「はーい!」
そう言ってルカの手を取って歩き出すエウラリーシュと、二人を先導するティズ。
すぐさまムウゼとナザンタもその後に続き、私とエディオンも皆の背を折った。
すると、エディオンが先を行くルカ達には聞こえない程度の小声で、私に語り掛ける。
「なぁ、ヴェルカズ……。俺さ、海を見てあんなにキラキラした笑顔で喜ぶルカを見たら、何つーかこう……胸がキュッとなってよォ……。世の子供を持つ親ってのは、皆こういう気持ちになるモンなのかなぁ……?」
「……少なくとも、ここに来た我々は同じ感情を抱いたであろうよ」
「やっぱそうだよなぁ……? あんな眩しい笑顔を崇めるなら、俺様ルカの為なら何だって出来ちまいそうだぜ……」
激しく同意するぞ、我が友よ。
もしもルカが他の魔王達全ての首が欲しいと願えば、今すぐにでも魔族大陸全土に単身で乗り込んでしまう程度には、どんな願いでも叶えてやりたくなってしまうからな……。
まあ、どの道この大陸全土は我が物となる未来は確約しているのだが。物の例えである。
今回の旅先に選んだのは、我がヴィオレ魔導王国の南──スカレティア連合王国との国境に程近い、ソルジアというリゾート地だ。
ソルジアの海はヴィオレ国内で最も美しい砂浜と、澄み渡った海の青色に恵まれた土地である。
民間人が自由に出入り可能なビーチは、観光シーズンであるこの夏の時期には大勢の人で賑わいを見せている。
けれども我らは──この魔王ヴェルカズとその娘が滞在する宿には、許可された者しか立ち入りを許されないプライベートビーチが存在している。その宿も私達の滞在期間は貸切にさせた為、部外者は一切入り込む余地が無い万全の状態なのだ。
更には事前に私自らがこの地に赴き、宿の周辺に王宮とほぼ変わらない強度の結界を張り巡らせてある。
もう二度とルカが攫われるような事態にならぬよう、父としての義務を果たすつもりだ。
それに加えて、ここには我が近衛騎士団のツートップと軍師も揃っている。またエルヴィスや天使共のような連中が姿を現そうものなら、全員返り討ちどころか、八つ裂きして海魔の餌にでもしてくれよう。
魔馬車を停めた地点からしばらく進めば、件の宿が見えて来る。
南国らしい風情漂う木々や、色鮮やかな花々に囲まれた、エキゾチックな雰囲気漂う茅葺屋根。一つの大きな建物を中心に、その左右に連なる幾つかのコテージの窓からは、南国の絶景を堪能出来るようになっていた。
受付のある中央の建物に例のスペシャルゲストが居る予定である為、私達は未だはしゃいでいるルカの様子に再び胸を掻き乱されながら、宿へと到着した。
そこで私達の到着に気付いた者が、反射的にこちらへ振り向いた。
その人物は中でもルカに向けて、満面の笑みと共に言葉を紡ぐ。
「……っ、やっと……ようやく君に会えました……! ボクの──ボクの愛する未来の婚約者、ルカ!!」
「この私が本当に、貴様とルカの婚約を認めると思っているのか……?」
「ああ、お義父様もお久し振りです! 変わらずお元気そうで、息子として何よりです!」
「だから、いつ私が貴様を息子にすると口にした……!?」
──そう。エディオンが言っていた例のスペシャルゲストとは、先日の誘拐事件で関わったエドゥラリーズ王子。
無駄にポジティブで、この私をお義父様認定してくる無遠慮な少年なのであった。