朝型と夜型は生活サイクルが相容れないと思うんです
「……ん、んん……」
何だか、身体が痛い……。
そう思いながらゆっくりと目蓋を開けると、どうやら私は床で眠りこけていたようだった。
……ん? いや、そうじゃなかったはず……。
私は寝ていたんじゃなくて、何か……辛い気持ちになる夢を見ていた……ような……?
「……とにかく、起きなくちゃ……だよね」
まだ少しボーッとする頭を覚醒させるべく、のっそりと立ち上がってから両頬を叩いた。もっちりぷにぷにの幼女ほっぺは、水分たっぷりなペチペチとした音を響かせる。
それから目を覚ますまでにしていた事を思い出そうと、まずは辺りに目を向けた。
ほとんど家具が無い部屋。ベッドの上で横たわる、海外の女優さんのようなとびきりの美女。
……そうだ。私はこの塔の最上階の部屋に忍び込んで、そこでこの女の人を見付けたんだった。
そうしたら急に意識が遠くなって、その場で立っていられなくなってから、そのまま……今さっき目が覚めるまで、何か夢を見ていたはずなんだ。
「この人の顔を見たのが切っ掛けで見た、辛い夢……」
……ああ、駄目だぁ!
どれだけ必死に思い出そうとしても、肝心な内容が微塵も思い出せないのだ。
凄く胸が苦しくなって、今すぐ何かから逃げ出したくなるような……。そんな辛い気持ちだけは、確かに感覚として残っているのに……!
「……でも、いつまでもここに居たらきっと不味いんだよね。お父様もエディさんも私に何も言ってないって事は、この人がここに居る事は知られたくないんだろうし……」
今更ここまで忍び込んでから言うような事ではないだろうけれど、余計な事をしたせいで、お父様達に嫌われるのは避けたい。
それに、もし今後この女性に関する事で私も知る必要が出て来れば、二人ならちゃんと説明してくれるはずだ。例の侍女さんが食事を運んでいたのはこの人の為だったんだろうし、何か理由があってここで保護する事になったのだと思う。
……夢の内容が思い出せないのが妙に引っ掛かるけれど、今はその時が来るのを待つべきだ。
そうして私は、そっと彼女が眠る部屋を後にした。
さっきまで見ていた夢の事だって、あの人が目覚めれば何か分かる事もあるだろうしね。
*
翌朝、旅行へ向かうメンバーはいつもより早めに食堂で朝食を摂った。
今回は珍しくお父様も食堂にやって来ていたので、当然の権利として私が隣の席を獲得した。けれどももう片方の席には誰も座ろうとしなかったので、そこには自然とエディさんが落ち着く形となった。
そりゃまあ、視線だけで人を殺せそうな目付きのお父様の隣に並ぶ度胸なんて、普通は無いよね!
「おいおいヴェルカズ、お前さん相変わらず朝は物騒な顔してんなぁ!」
「ピエッ……」
思わず悲鳴が出てしまったのは許してほしい……!
だって! エディさんが急にそんな風にお父様の地雷の上でタップダンスを踊るような、命知らずな発言をぶちかましてくるもんだからさぁ!!
寝起きが悪い人って、本当に怖いんだよ……?
本人からしてみればいつも通りなのかもしれないけどさ、顔付きからして殺人犯か? ってぐらい不機嫌なのが丸出しになってて、下手に声を掛けようものなら眼力で射殺されるんじゃないかってレベルでギロッと睨んでくるんですよ……!?
うちのお母さんがそうなんだよ……寝起きの悪さが殺人級なんだよッ……!!
まさに触らぬ神に祟りなしってなもんで、こんな風に気楽に声を掛けてるエディさんの思考回路が全く理解出来ないのさ! 命知らずっていうか、愚者の蛮勇っていうか! 言葉の使い方合ってるのか分かんないけど!!
それでも遠慮無くお父様をイジるエディさんと、私と同様に凍り付いた空気をビンビンに感じるムウゼさん達。
もしかして……お父様が滅多に食堂に来ないのって、朝に弱すぎるからだったの……?
それなのに今日は早朝から王宮を出ないといけないから、渋々ここに足を運ぶしかなかったと……。
……お、お父様……ちゃんと朝ごはん食べてて立派ですね……!
ひぃぃ……。今日でこれなら、明日からは旅行の間、毎朝この空気になるんですかね……?
「おーい、ヴェルカズー? 起きてるか〜?」
「…………うるさい」
肩を揺さぶられたお父様が返したのは、たった四文字のみ。
それだけの返事でもエディさんは満足したのか、
「ま、それなら良いんだ。何百年経っても朝弱いよなぁ、ホント。睡眠時間足りてんのかぁ?」
なんて言いながら、平然とした様子でサラダにフォークを刺して口に運んでいく。
凄いなぁ……。お父様とは正反対に、エディさんはいつも朝からこの元気さだからね。
……ていうか、この地獄の空気に気付いてないの貴方だけですよ? テーブルの向かいに座るナザンタさんと目が合ったけど、ぎこちなく笑ってるし……。ムウゼさんは表情だけはいつも通りに平静を装っているけど、少々顔色が悪い。
リーシュさんはお父様の方を見ないように、目の前の食事にだけ集中しているみたいだし、ティズさんはいつの間にか食事を終えて姿を消していた。席を立った気配すら感じなかったんですけど、貴方はもしやニンジャですか?
……そういえば、旅行の部屋割りってどうなってるんだろう?
これでもしもお父様と私が同部屋だったら、寝起きにご対面するのは丁寧にご遠慮させて頂きたいんですが……!?
すると、震える手でミニパンケーキを口に運ぼうとしていた私に、エディさんがこんな事を言い出した。
「ああ、そういやルカ。今回の旅行にはスペシャルゲストが付いて来るからな!」
「えっ、スペシャルゲスト……?」
「現地で落ち合う事になってるから、会ってみてからのお楽しみだぜ!」
この絶対零度の朝食会に強制参加させられる被害者が、もう一人増えるんです……??
そんな私のド失礼な感想を知る者は誰一人居ないまま、エディさん以外はとても静かな朝食が終わる。
どうやら一足先に居なくなっていたティズさんは全員の荷物を魔馬車に積んでくれていたようで、スムーズに馬車に乗り込む事が出来た。
ごめんね、ティズさん!
私、てっきり一人だけ先に逃げ出したものだと勘違いしていました……!!