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天使すぎる転生幼女は魔族を平和に導きたい!  作者: 由岐
第8章 私と彼の理想の魔王像
56/75

一人よりも、貴方と二人で

「ん、しょ……っと」


 つま先立ちをしながら、グッと右手を上に伸ばす。そうしてようやく目当ての本に手が届き、それを棚から引き抜いた。

 本の背表紙に書かれたタイトルは、『天使と悪魔の歴史』という本だ。

 前々から色々と調べ物をしようと思っていたのだけれど、何かと頼み事が舞い込んだり、トラブルが起きたりするものだから、すっかり後回しになってしまっていた。

 それに加えて、私は子供の身ではありながらも、魔王である義理のお父様から仕事を与えられている。

 お父様の研究で使う薬草の世話や、植物園にある様々な草花の世話──基本的には管理人の補佐ではあるけれど、これでも一応は植物園管理人補佐という肩書きがある。更にはお父様による魔法の特訓もあるので、幼女にしてはみっちりとしたスケジュールで動いているのだ。

 けれども毎日が仕事漬けという事でもないので、こうして暇を見付けたタイミングで、王宮の地下図書館に足を運んでみたのだった。


 今日は午後からフリーだったので、歴史書の棚から目当ての内容を探しながら通路を回り、それらしい本を手に取って空いた席に座る。

 ……とは言っても、普通の椅子だと高すぎて上手く座れないので、私の為にとお父様が用意してくれていたらしい、子供用の椅子なんだけどね!

 それでも椅子である事には変わりないので、精神年齢的には大人である自分のプライドが若干傷付くのを感じながら、手元の本に視線を落とした。


 私が知りたかったのは、この金髪美幼女の肉体に転生した世界における、天使と悪魔という存在についてだ。

 身近に悪魔と人狼のハーフであるエディさんが居るけれど、表向きにはこの世界の住人である私の口から、悪魔についてあれこれ訊ねるのは、どうにも気が引ける。なので、こうして本を調べてしまった方が安心だと思ったんだよね。

 ……いつかお父様を含め、エディさんやリーシュさん、ムウゼさん達といった王宮の身近な人達には、私が本当はこの世界の住人ではないのだと打ち明けたい気持ちはある。でも、やっぱり最初の頃から思ってきた通り、急にそんな事を暴露しても信じてもらえないだろうから。

 その為にもヴィオレ魔導王国の王女として、皆に心から信頼されるような実績を築きたいのだ。

 お父様や皆には、上辺だけの私じゃなくて、藤沢流歌だった頃の私を含めて向き合っていきたいから……。


「……今はまだ、その時じゃないだろうしね」


 自分をそう納得させてから、改めて紙の上の文字に意識を向けた。



 そうして一通り読み進めていった限り、頭の中である程度簡潔に纏められた気がする。

 まず、天使と悪魔がそれぞれ暮らす場所について。


 天使は、天界と呼ばれる場所で暮らしている。

 そこは美しく清らかな世界であり、天使長と呼ばれる全ての天使達を纏めるリーダーによって運営される、大きな街のような場所らしい。

 天界は簡単には行けない場所にあり、その入り口は厳重に隠されているという。


 対して悪魔はというと、魔族大陸とはまた異なる世界──魔界と呼ばれる場所で主に生活しているらしい。

 この本は魔族が書いたものであるせいか、悪魔に関しては特に詳細な内容が記されていた。

 魔界は、私が今暮らしている魔族大陸の底──裏側の世界? という所にあるようだ。物理的に地面の裏側にあるという訳ではなく、何だかもっと複雑な概念みたいなものが関係しているみたいなのだけれど……私にはいまいち理解しきれなかった。

 何となくのイメージになるけれど、子供の頃にやったモンスターをボールで捕まえるゲームの何作目かに『破れた世界』という不思議な場所が出て来たので、多分ああいうファンタジー感のある奇妙な力が働いて行き来が出来る所なのだと思う。

 そのうち王女として魔界に赴く機会もあるかもしれないし、これに関しては、実際に現地を見に行った方が早い気がしてきた。

 魔界は悪魔達が暮らす土地であり、中でも大悪魔と呼ばれる上位の悪魔が、それぞれの領地を管理している。

 つまり、大悪魔は人間社会でいうところの貴族のような扱いで、この王宮で働く上品な人達は大体魔界から来た悪魔だったりするんだよね。悪魔の侍女さん達とか、育ちの良いお嬢様感が凄いもん! 中身がド庶民な私とは違って、所作の一つひとつが美しすぎるからね……! 紅茶を淹れる手捌きだって滑らかで、毎回食堂でお茶を用意してもらう度に、思わずボーッと見惚れちゃうぐらいだもん!


 ……おっと、話が脱線してきた。

 ええと、大悪魔の家系は全部で五つ。炎、水、風、地、闇をそれぞれ司る強力な魔力を受け継ぎ、それぞれの家の長は、自らが主と定めた魔王に仕えている。

 ……確か、エディさんは炎の悪魔なんだよね? それで、確か家を継いでるってお父様が──


「ああ、エディオンさんは炎の大悪魔の家系で、たまに魔界に帰って領地の様子を見に行ってるみてーだなぁ」

「へぇー、エディさんってやっぱり結構忙しい人なんで……って、ええっ!?」


 私の隣から聞こえた声に驚いて顔を向けると、何故か図書館管理人のディーアさんが、一緒に本を覗き込んでいるではないですか!

 ビックリしすぎて大声を出してしまった私に対し、ディーアさんがうるさそうに眉根を寄せる。


「オメー、急にデケェ声出してんじゃねーよ……うるっせぇだろーが。ここは図書館なんだ。もっと静かにしやがれってんだよ」

「お、驚かしてきたのはディーアさんじゃないですか!」

「いや、独り言ブツブツ言いながら本読んでたから、何か読めない字でもあったのかと思って様子見に来てやっただけだよ。……ったく、他に誰も居ねぇからまだ良いがよぉ……」

「え、私そんなに喋りながら本読んでました……?」

「……自覚して無かったのか?」

「まさか、ディーアさんに聞こえるぐらいの声量で話していたとは全然……完全に無自覚でした……!」


 嘘でしょ……!?

 私、そんな独り言を呟くようなタイプだったの……?

 いやまあ、常日頃からこうして脳内トーキングはしていましたけれども! それがうっかり口に出ていたとなると、今後は気を付けておかないとヤバい情報を漏らしちゃう危険性があるのでは……!

 それにしたって、ディーアさんって本当に色白で肌がきめ細かい……。この前のラーナさん捜しの時は日傘を差して外に出てたけど、そのお陰なのか、日焼け知らずでめちゃくちゃ綺麗な肌なんだよなぁ〜!


「……何だよ、オレの顔に文句でもあんのか? そんなジロジロ見てくんじゃねーよ」

「いや、その……ディーアさん、お肌が凄く綺麗だなって思って……! 気に障ってしまったみたいで、申し訳ないれす……」


 あう……ちょっと噛んじゃった……!

 ここ数ヶ月、ずっと地道に滑舌を良くしようと早口言葉を練習しているものの、こんな風にテンパっちゃうと噛んじゃうんだよねぇ……。

 落ち着け、私……。平常心で行くんだ、私!


 私に肌が綺麗だと言われたディーアさんは、どう反応して良いのか困ったような顔をしながら、私の隣の椅子に腰を下ろす。


「まあ……な。陽射しを避ける生活を送ってりゃあ、嫌でも色白になるもんだろ」


 そうだった。ディーアさんは、私とティズさんと出掛けた時、大きな日傘を差していた。

 彼も魔族なのだから、美白目的以外で陽射しを避ける必要があるのだとすると……思い当たる種族がある。


「……ディーアさんって、吸血鬼なんですか?」

「あー……そういや、まだちびっ子には言ってなかったか。……ほら、よく見ると牙が生えてるだろ?」


 そう言いながら、ディーアさんは私によく見えるように上唇を摘み上げ、その尖った大きな八重歯を見せてくれた。


「あっ、ほんとだ……!」

「吸血鬼っつーのは、魔力の消耗が激しい種族でな。普通に生活するだけでもその辺の魔族より疲れるし、日光を浴びればすぐに体調を崩すし、それが長時間になると今度は身体が崩れて灰になっちまうのさ」


 そういえば、ディーアさんが食堂でご飯を食べている所、見た事ないかも……。

 彼の話が事実なら、食事の為に歩いて食堂まで行くのも疲れてしまうから、四六時中この地下図書館に篭もりきりになるしかないという事なのだろう。

 ……そうなると、この前の王都への外出は、彼にとってかなりの負担になっていたのでは? 襲ってきた天使達を撃退する為に、雷を落とす魔法だって使っていたみたいだし……。


「……そんな辛気臭い顔してんじゃねーよ。オメーが心配しなくても、魔王さんが用意してくれる魔法薬でかなり楽になってるし、こうして陽射しを浴びずに済む仕事をさせてもらってんだ。おまけに、好きなだけ本が読めるんだぜ? 読書家の吸血鬼にしてみれば、最高の労働環境じゃねーか」


 だろ? と、上機嫌に口角を上げるディーアさん。

 彼の真紅の瞳に嘘は感じられず、心の底からここでの仕事を気に入っているのだろうと窺える。


「それにしても、オメーがこんなに勉強熱心だったとは知らなかったぜ。この本、ぜってー子供向けじゃねぇぞ?」

「え、ええと……字は読めるので、ひとまず身近な疑問を解決していこうと思ったんです!」

「それで、天使と悪魔について調べようと? ……まだまだ小せぇガキンチョの癖に、随分と大人なこって。流石はあの魔王さんが養子に迎えただけの事はあるな」


 そりゃまあ、中身はとっくに成人している大人なものですから……!


「……それで、知りたかった事は分かったのか?」

「それなりには。でも、この間どうして天使の人達が襲って来たのかとか、何で魔族と仲が悪いのかは分からなくて……」

「そりゃあお前、天使は人間の味方だからに決まってんだろ!」

「人間の……味方……?」


 私がそう聞き返すと、ディーアさんは天井を仰ぎ見てしばらく固まった後、改めて口を開いた。


「……大前提として知識を共有しておきたいんだが、そもそもどうしてオレらの魔王さんが魔界を統一しようとしてるのかは理解してるか?」

「えーっと……お父様が、魔界で一番の魔王様だから……?」

「んー……まあそれはそれで間違っちゃいないんだが、正確には【魔族同士で争っている場合じゃねぇから】だ」


 んん……?

 待って、ますます分からなくなってきた。

 魔王って、そのうち人類と戦って世界征服をしたいから戦争を仕掛けるものなんじゃないの? その為に魔界を統一して、勢力を拡大したいのでは……?

 でも、ディーアさんは【魔族同士で争っている場合じゃない】と言っている。それはつまり、他の国よりも大きな脅威が迫っているという事になるのではないか……と、そう思い至った。


「……天使が味方している人間達が、本当の脅威って事ですか?」


 私の問いに、彼が頷く。


「ああ。天使はその名の通り、天の意思を実行に移す連中だ。アイツらは人類……特に人間に加護を与え、その中でも特別な人間が数百年ぐらいに一度、勇者として選ばれる」

「勇者……!?」


 そうか……魔王が居る世界なんだから、勇者が居ても不思議じゃない。

 むしろ、魔王と勇者は異世界におけるセットの役柄じゃんか。どうして今の今まで、そんな重要な存在が居るであろう可能性が頭からすっぽ抜けていたんだろう……!


「現代にはまだ勇者らしき人間が出て来たっつー情報は入って来てねぇが、ソイツが現れる前に魔王……ヴェルカズさんが魔界の全勢力を束ねて、とっとと人類を滅ぼさねぇ限り、オレ達魔族に永遠の平穏は訪れない。まあ当然、人類の大陸に侵攻する時には、あの目障りな天使共も邪魔してくるはずだろうがな」

「……私、それまでにもっと強くならないとですね」

「そうだな」


 天使に勇者……かぁ。

 二度と勇者が現れないようにしないと、魔族の人達はこの先もずっと勇者に滅ぼされる恐怖に怯えて暮らしていかなければならない。

 それでも私の前世は、紛れもなく人間で。

 人類の側からしてみれば、人間よりもずっと長い寿命を誇り、人間よりも強力な魔法と強靭な肉体を持つ魔族達は、とんでもなく恐ろしい存在なのだ。

 天使達はそんな非力な人類に加護を与え、魔族に対抗する力を与える存在。彼らが人類を守る事を使命としているのなら、悪魔や魔族に敵対しているのは当然だろう。


 ……私、もしかしてかなり危ないポジションに就いちゃってませんか?

 魔界統一に意欲的なお父様の義理の娘って事は、彼らからしてみれば次代の脅威でしかない訳で……。


「魔法の特訓、死ぬ気で頑張るしかないぃぃ……!」

「頑張りすぎて魔力が枯渇したら命に関わるから、そこだけは気を付けろよー。……まあ、いざって時にはオレも前線に駆り出されるだろうし、必要な本があったら注文しといてやっから、ほどほどに頑張りな」


 そう言って、私の頭をくしゃくしゃと撫でてくるディーアさん。

 その時、壁に掛けられた時計の針が午後の三時を指し示し、ボーン……ボーン……と重厚感のある音が響いた。


「……そうだ!」


 と、私はディーアさんに乱された髪を手櫛で直してから、ピョコンと椅子から降り立った。


「ディーアさんって、甘い物は好きですか?」

「あ? ……別に嫌いじゃねーけど」

「それじゃあ私、食堂でお茶とおやつを貰ってきます! いつもディーアさんってここでご飯食べてるみたいですし、おやつ持って来ても良いですよね?」

「菓子はまだしも、オメーが食堂からここまで茶を運んで来られるのか?」

「あっ……」


 彼に言われて気が付いたけれど、確かに私の貧弱な筋力では、この図書館までティーセットを持って来られる自信は全く無い。

 そうなると、せっかく思い付いた三時のティータイムが実現不可能になってしまう。

 どうしようと焦っていると、ディーアさんが大きく溜息を吐いてから、のっそりと立ち上がった。


「仕方がねーから、茶の方はオレが運んでやるよ。オメーに任せたら、盛大に茶器を落として割るに決まってっからな」


 口ではそう言っている彼だけれど、その表情には、間違い無く喜びの色が見て取れた。

 私とお茶をする為に、なるべく動きたくないはずの彼が率先して手伝おうとしてくれている──その事実が、どうしようもなく嬉しかった。


「そうと決まれば、さっさと行くぞ」

「……はいっ!」


 ほらよ、と上階へ続く階段の前で手を差し伸べてくれたディーアさん。

 私は、そんなぶっきらぼうながらも優しさ溢れる彼の手をしっかりと握り締め、にやけた顔を抑えられずに、二人で食堂へ向かった。

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