ただ静かに娘の成長を見守り、時々被弾する(ヴェルカズ視点)
王都で本屋を営む一家の母親が行方不明になったという事件から、早くも十日程が経過した。
その事件の解決には我が娘のルカと、護衛につけているティズ。そして、地下図書館の管理を任せているベルスディーアがあたった。
ルカ達から報告を受けた後、本屋の主人であるラーナという女から詳しい事情を聞くよう、王宮から人員を派遣させた。
どうやらそのラーナとやらは、白い羽の生えた者──それと直接対峙したというベルスディーアの証言によれば、天使に狙われていたと思われる女を匿っていたらしい。
我が領土に……それも迷いの術が掛けられている紫の森に、数人の天使が潜り込んでいた。その事実は認め難いものがあるが、先日のルカ誘拐事件での結界突破の事を思えば、不可能な事では無いのだろう。
現にベルスディーアは、奴らをこの目で見たと言っていた。
……となると、何らかの手段を使ってまで天使どもが追っていたという女とは、一体何者なのかという話になる。
件の女は、王宮の南塔に運び込ませてある。
エディオンとも話し合った結果、その女はあまり人目に触れさせない方が良いだろうという結論に至ったからである。
長い金髪を蓄えたその女は、ルカ達が発見したその日以降も、変わらず眠り続けていた。
私も含め、治癒術や薬の心得のあるエウラリーシュや治癒術師にも診せたものの、外傷は完治しているが、女が一向に目覚めない原因は突き止められなかった。
何らかの魔術によって、眠りの呪いに掛けられている可能性も考えられるが……。
「今日も目覚める気配は無い……か」
「口元に持っていけば、果汁やスープなら飲めるみてぇだし、身体の不調って訳ではなさそうなんだがなぁ」
あれから毎日、私はエディオンと共に南塔の最上階に足を運ぶようにしている。
今朝も侍女に女の身の回りの世話をさせ、最低限の食事を済ませた後に様子を見に来たところだった。
ベッドに寝かせられた女は、規則正しく寝息を立て、穏やかに胸を上下させている。女の顔はそれなりに整っており、身なりも悪くない。どこぞの貴族の夫人だと言われれば、それで納得する程度には。
エディオンは近くの椅子にどかりと腰を下ろし、扉の側に背中を預ける私の顔を見上げて言う。
「……けどまぁ、やっぱり不自然な点はあるよな」
「ああ。紫の森に潜り込んだ、天使らしき者どももそうだが……そもそもこの女は、ヴィオレの民ではなかった」
この女の身元を調べさせたところ、女の特徴と一致するような行方不明者もおらず、この女らしき者の国民登録も見付からなかったのだ。
女の持ち物も特に無く、武器となるような物すら携帯していない。唯一と言っていいのは、特徴的な模様が刺繍された白い衣服だが……。
「……金髪に、白い衣服。どこからともなく紫の森に現れた、見知らぬ者。どこかで見た覚えのある特徴だな、エディオン?」
「ああ……全くだぜ。これで魔力属性まで一致しようもんなら、異常事態にも程がある」
そう……この女は、ルカとほとんど一致した特徴を備えていたのだ。
ルカは魔族にはあり得ない光属性の持ち主であり、推定魔力ランクはS以上。私との魔法訓練で見せる魔弾の威力と合わせれば、最高位であるSSS級の実力を秘めた少女である。
もしもこの女の魔力も光属性であるとすれば、その種族も自然と絞られてくる。
光属性を得られる種族は、人間かエルフ……そして、天使ぐらいなものなのだから。
「……この女が追われていた理由を推測するに、天界も既に一枚岩ではなくなっておるのやもしれんな」
「それならそれで、好都合かもしれねぇぜ? この女が天界を追放された堕天だとすりゃあ、味方に引き入れられる可能性が高い。向こうさんの情報が得られれば、魔界統一後の天界侵攻だってスムーズにいくだろうさ」
これまで徹底した上下関係により、鉄壁と言っても過言ではない堅牢さを誇っていた天界。
天使長を頂点とした天界から、短期間で二人もの天使が魔界に降り立っていたのだとすると……紫の森でベルスディーアが邂逅した天使どもは、ルカとこの女を探して我が国に潜り込んだ可能性がある。
追放された天使──堕天使が生まれるのは珍しい事ではあるが、通常は天使どもを目の敵にする魔族によって惨殺されるのがほとんどだ。
いつの日かこの女が目覚め、その口から己が天使であると告げられたその時は……このヴェルカズ自らが、この女を我が陣営に引き入れてやるのも悪くなかろう。
いや……そもそも……。
「……ヴェルカズ、また何か考え事か?」
「……まあな。どちらにせよ、今は答えの出ぬ問題よ」
「それもそうだな。早いとこ、この女が目覚めねえ事には……な」
*
南塔を後にした私とエディオンが廊下を歩いていると、向こうからルカが歩いて来るのが見えた。隣には、護衛のティズも付いている。
ルカは私達に気が付くと、パッと顔を明るくして微笑みを浮かべた。その笑みは花のように愛らしく、簡単に手折る事が出来そうだが……その儚さとは裏腹に、この娘は芯の強さを持っている。
「あっ、お父しゃ……お父様! エディさん! おはよーございます!」
「おう! おはようさん、ルカ」
「滑舌練習の成果が出始めているようだな。その調子で精進するのだぞ、ルカ」
「あい! ……じゃなかった、はい! お父様っ!」
地道に滑舌を良くするよう練習しているらしい、健気なルカ。
まだ幼いが向上心のある子供で、その拙い話し方は愛らしくもあり、それが少しずつ矯正されていく事に寂しさを覚えるのも、また事実。
けれどもルカは、義理であれど我が娘。いつかは私の後を継ぎ、ヴィオレを……魔界を……この世界を背負うにたる魔王となれるよう、導いていかねばならぬ存在だ。
天使であるルカが我が後継である事に不満を抱く者も居るだろうが、それには大きな理由がある。
何故なら、少なくとも今現在、魔界には私以上の力を持つ魔族が居ないからだ。
魔族の天敵は天使であり、天使の天敵もまた魔族。
光と影の存在である我らは、互いの力が最大の弱点であるのだ。
故に、私の把握している限り最も強力な光を秘めているルカであれば、歯向かって来る魔族のことごとくを蹴散らす事が可能となる。私があの忌々しい天使長を屠った後であれば、ルカにとってその他の天使の力など恐るるに足らず……という事だ。
我ながら、何と完璧な魔王育成計画であろうか。
それを実現する為にも、ルカが立派な後継として育つまでの間、余計なトラブルは早々に片を付けたいところではあるのだが……。
スカレティア魔王の行方不明事件といい、王妃暗殺の件といい、今回の紫の森での天使侵入の件といい……面倒事は尽きてくれないらしい。全く、不愉快極まりない。
「わたち……じゃなくて、わたし、これから図書館に行ってきます。お父様、何か借りてきてほしい本はありますか?」
「いや、今は必要無い。午後からの訓練の際、また会おう」
「はい、お父様! エディさんも、お仕事頑張って下さいね!」
「おう、また後でな!」
そう言って、ルカとティズを見送る。
すれ違い様に静かに頭を下げるティズは、スカレティア王子のエドゥラリーズから派遣されてきた騎士だ。
身分を偽っていた事にはやや不満が残るものの、彼奴のルカへの忠義は本物だ。ルカはどこにも嫁にやるつもりは無いが、利用出来るうちは存分に使ってやろうと考えている、優秀な人材である。
二人と別れ、ふと後ろを振り向くと、
「あっ、リナお姉ちゃん!」
「ルカちゃ……ルカ王女、おはようございます!」
例の本屋の娘の姿があった。
母親の行方不明事件以降、あの娘は母親に代わって、地下図書館に収める本の配達に来るようになったらしい。
「お姉ちゃんの方が年上なんれすから、敬語なんて使わなくていいんですよ?」
ふむ……気が抜けているのが、また滑舌が緩くなっているな。
いやまあ、それも悪くはないのだが。
「で、でも、流石にこの国の王女様に向かって、呼び捨てなんて出来ないですし……」
その意見はもっともだ。
どうやらあの娘は人間であるようだし、余計にルカとの身分差を感じているのだろう。
けれども、私の娘は心の広い穏やかな子なのだ。
「それじゃあ……わたしとお姉ちゃんは、今からお友達同士! それなら、敬語じゃなくても良いよね? 勿論、大事な場面では敬語じゃないと怒られると思うけど……それじゃ、ダメ……?」
「「「ンッッッ!!」」」
甘えるように首を傾げながら訊ねるルカの愛らしさが、私とエディオンに被弾する。
思わず胸を押さえているティズの様子を見るに、どうやら奴も被弾していたらしい。それもあの距離だ。ダメージは私達以上だろう。
「え、ええと……ほ、本当に良いの……? わたしなんかが、王女様とお友達だなんて……」
「良いのっ! 最近物騒だから、しばらく王宮から出ちゃいけないってお父様に言われてるし……。こうしてリナお姉ちゃんが来てくれるようになって、わたちすっごい嬉しいの! だから……その、お姉ちゃんが嫌じゃなかったら……」
「い、嫌なんかじゃないよ! わたしの方こそ、わたし達の恩人のルカちゃんがお友達になってくれるなんて、すっごく嬉しい!」
目の前で少女達が新たな友情を結ぶ光景を焼き付けながら、私は口元に小さく笑みを浮かべた。
私は人間が嫌いではあるが、我が国に骨を埋める覚悟のある者は別である。
ルカには、人間に対するそういった感情すら無いのだろうが……あの娘であれば、私よりも優れた統治を行えるのやもしれぬ。
「……エディオン。貴様はやはり、良い拾い物をしたな」
「だろ……? あんな超絶きゃわゆい拾い物をするなんて、俺様の鼻は間違っちゃいなかったぜ……!」
「あ、ああ……」
……エディオンとは少々考えの方向性が違っていたようだが、私の娘が愛らしいのは間違い無い。
ひとまず今は娘の成長を見守りつつ、不穏な輩は速やかに排除せねばなるまい。
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