本当の気持ち
あれから、白い羽を持った人達──ディーアさんが天使と呼んだあの人達を追い払った後、私達は洞窟で待っていたラーナさんと、もう一人の女性を救出した。
ラーナさんには、特に目立った怪我は無かった。彼女は洞窟の近くで食べられそうな木の実などを集め、例の金髪の女性の手当てを続けていたらしい。
下手に王都の人達や娘さん達に伝えて、あの天使達に危害を加えられてはいけないから……と、ラーナさんは今日までずっと一人で耐え忍んでいたという。
意識を失ったままの女性は、怪我の具合や身元を調べる為に、王宮へと運ばれた。
諸々の事情を伝える為にディーアさんが一足先に帰り、残った私とティズさんとシィダは、ラーナさんを連れて彼女達の自宅へ向かった。
本屋の二階の自宅に向かうと、お母さんの無事を知ったリナちゃんが大きく目を見開かせ、途端にぽろぽろと大粒の涙を零しながら胸に飛び込んだ。
「お母さん……お母さんっ、お帰りなさい……!」
「ただいま、リナ……! 不安にさせてしまって、本当にごめんなさい……!」
「わたし、ルルと一緒に、良い子で待ってたよ……!」
「ええ、偉いわリナ……よく頑張ったわね……本当に……っ!」
ラーナさんとリナちゃん親子は、しばらくお互いにぎゅっと抱きしめ合って、久々の再会を喜んだ。
二人共ある程度泣き止んで落ち着いてきたところで、お昼寝から目覚めたルルちゃんとも顔を合わせ、親子三人で幸せそうに微笑み合っていた。
ラーナさんは腕の中に小さなルルちゃんを抱っこして、リナちゃんはお母さんのスカートの裾をそっと握りながら、改めて私達の方に向き直る。
「ティズさん、ルカちゃん……それから、シィダちゃんだったわね。あと、白い羽の生き物を追い払って下さった、王宮のベルスディーアさん……。皆さんのお陰で、こうして無事に娘達に会う事が出来ました。あなた達が来てくれなければ、今頃私も……あの女性も、どうなっていたか分かりません。何とお礼を言えばいいか分かりませんが、本当にありがとうございました……!」
「ありがとうございました!」
「たぁ〜!」
そう言って頭を下げたラーナさんに続いて、リナちゃんとルルちゃんもお礼の言葉を告げる。
少なくとも、ルルちゃんも嬉しそうにしているので、きっとそうなのだと思う。
顔を上げたラーナさんは、少し目蓋を腫らしながらも、口元には穏やかな笑みを浮かべている。
けれどもすぐにその表情は翳り、今度は申し訳無さそうに眉を下げた。
「この度はご迷惑をお掛けしてしまい、どうやってこのご恩を返せば良いのか……」
「迷惑だなんて思ってましぇんよ?」
「で、ですが……」
私は、隣に並ぶティズさんの顔を見上げた。
するとティズさんは少し難しそうな顔をした後、小さく頷く。
「……ええと、ラーナしゃん、リナお姉ちゃん。どのみち後で分かる事だと思うから、今のうちにお話しておこうと思うんでしゅけど……実はわたち──この国の王女なんでしゅ」
「……はい?」
「い、今ルカちゃん、何て言った……? わたしの聞き間違いじゃなければ、今王女って聞こえたような……」
うーん……。やっぱりいきなりこんな事を言われても、普通は信じられないよねぇ。
二人は私の話が信じられないといった様子で、戸惑いながらティズさんに視線を向けている。
「……このお方は、紛れもなくヴィオレ魔導王国の姫君であらせられます。魔王ヴェルカズ様が養女として迎え入れられた、新たな王女……ルカ姫様。触書きは既に出されているそうですが、この名に覚えはございませんか?」
「る、ルカ王女……。そういえば、確かにルカちゃんと同じ名前だなとは思ってたけど……」
「まさか、王女様に助けに来て頂いていただなんて……! それこそ、何とお礼を申し上げれば良いか……!」
「お礼は、二人のその気持ちだけで充分れす! この国の王女とちて、困っている人を助けるのは、当然の事でしゅから!」
「で、でも……わたし達は、魔族じゃなくて……人間、なのに……?」
不安そうに声を振るわせて、リナちゃんはそう言った。
ラーナさんは、まさか娘が自分達の正体を明かしているとは予想していなかったらしく、ハッとした顔でリナちゃんの方を見ている。
魔族が暮らすこの大陸で、どうして人間である彼女達がこの王都で生活するようになったのか……それはまだ分からない。
けれども私は……【王都の人達】だって、気持ちは同じだと知ったのだ。
「……聞いてくれましゅか? わたち達が聞いた、王都の人達の……本当の気持ちを」
「本当の……」
「気持ち……?」
*
ラーナさんを探す為、王都のお店を回って聞き込みをした時。
私とティズさんが最初に立ち寄ったアクセサリーショップのお姉さんが、こう言っていた。
『……でも、あのご家族って……ねえ? 何も私に限った話じゃないんだけど、あんまりあの人達には関わりたくなくって……』
そう返されて、あの時は返事に困ってしまった。
けれども私は、どうしてお姉さんがそんな事を言っているのか、ちゃんと知らなければいけないと思ったのだ。
『……お姉しゃん!』
『なぁに?』
『あの……良かったら、理由を聞かせてくれましぇんか? どうして王都の人達は、ラーナしゃん達親子と距離を置いてるのか……』
『そ、それは……お嬢ちゃんに言っても、難しい話じゃないかしら』
『それでも良いんでしゅ! お願いしましゅ……!』
『……俺からも、どうかお願いします』
私達が頼み込んだ末、お姉さんは渋々といった様子ではあったものの、自身の本音を明かしてくれた。
『……あのね、本当は私達も、あのご家族とは仲良くしたい気持ちはあるのよ』
『えっ……? そ、それならどうして……』
私がそう問うと、お姉さんは困ったように笑いながら、けれども悲しみも混ざった表情で、こう返したのだ。
『……魔族と人間とでは、あんまり長くは一緒に居られないのよ。仲良くなればなる分だけ、あの人達とのお別れが辛くなる。だから私達は、あの本屋さん一家が人間だと分かってから、最低限のやり取りだけしようって決めてたのよね』
*
「う、嘘……! 皆知ってたの!? わたし達が、本当は人間だって隠してた事……!」
「わたちは魔力に敏感みたいだから、たまたま分かったんだと思うんでしゅけど……大人の魔族だったら、人間との魔力の違いはすぐに分かるみたいなんでしゅ」
「別れが辛くなるから、関わりを避けていた……? それじゃあ、私達家族が王都の皆さんに嫌われていた訳ではなかったんですね……」
魔族の種類にもよるけれど、基本的には魔族はとても長生きな一族だ。
人間なら七十年前後しか生きられない人生を、魔族なら数百年は当たり前に過ごしていける。
それだけ長い時を生きる魔族からすれば、親しい人間が出来てしまうと、あっという間に別れの時が来てしまう。
それならばいっその事、最初から疎遠になれば良い──そういう考え方をする人達ばかりだったせいで、ラーナさん達親子は王都で孤立状態になってしまっていたのだ。
「わ、私……てっきり、王都の魔族の皆さんに嫌われているのだとばかり……!」
「そんな事ないでしゅよ! ……ほら、聞こえましぇんか?」
「え……?」
耳をすませば、家の外からガヤガヤと騒がしい声が聞こえてくる。
ティズさんが玄関の扉を開け、何事かと慌てて二階から顔を出したラーナさん達。
「おーい! 本屋のお母さん、無事に見付かったんだってー?」
「ええ、さっき森の方から戻って来るのを見掛けたもの!」
「おっ、出て来たぞー!」
「何で……こんなに人が集まってるの……?」
「ど、どうして王都の人達が……!?」
本屋の前の路地には、大勢の人達がひしめき合い、集まっていた。
その誰もが親子の無事の再会を喜び、ラーナさんの姿を見て嬉しそうに笑い、手を振っている。
どういう事なのか理解が追い付いていないようで、彼女達親子が戸惑った様子で、私の方に振り向いた。
「王都の人達は……お父しゃまの大事な国の人達は、相手が魔族か人間かなんて、いちいち気にするような人達じゃないんれすよ。ちゃんと気持ちを伝え合えば、皆で手を取り合っていける……。それが、ヴィオレの人達なんだと思いましゅよ!」
私がそう言うと、ラーナさん達は顔を見合わせる。
親子は互いに頷き合い、路地に集まった人達に向けて、
「「皆さん、ただいまー!」」
と、大きな声で手を振り返した。
その声に王都の人達は歓声をあげ、私も今度こそこの親子が王都の一員として加われた事を実感するのだった。