轟く雷雲と白い羽
洞窟なんて、修学旅行の時に入った鍾乳洞以来だなぁ……。
鍾乳洞は観光地だったから、歩きやすいルートが予め決められていたし、足元がよく見えるようにライトも設置されていた。
けれども私達が足を踏み入れたのは、観光なんかとは無縁の自然の洞窟。
外の光が届かない所まで来ると、真っ暗闇になってしまう。
「シィダ、ちゃんと近くにいるぅ……?」
ティズさんに抱っこされたまま不安になって名前を呼べば、下の方からシィダが「キュウ!」と鳴いて返事をしてくれた。
良かったぁ……! 勝手にどんどん進んで行こうとしてたから、迷子になったらどうしようかと……。
「……こうも暗いと、何かと不便ですね。初歩的なものではありますが……」
と、ティズさんが空中に火の玉を出現させた。
火属性の魔法で、簡易的な灯りを作ってくれたのだろう。
「あまり得意な属性ではありませんが、これで最低限の視界は確保出来るかと」
「わぁ〜……! 灯りがあると、ちょっと安心しましゅね!」
「頼りにならない騎士で、申し訳ありません……。飲み水でしたらいくらでもお出し出来ますので、喉が渇いたらいつでもお申し出下さい」
「あい! でも、ティズしゃんは頼りなくなんかないれすよ?」
「ふふっ……ありがとうございます、姫様」
そう言って、小さくはにかむティズさん。
火が苦手で、飲み水ならいくらでも出せるとなると……やっぱりティズさんが得意なのは、水属性って事なのかな?
不得意な属性でもこうして少しは扱えるなら、彼はかなり優秀な部類だと思うんだ。お父様が言うには、苦手な属性は全く使えないっていう人がほとんどらしいからね。
私は光属性の魔力を持っているらしいけど、魔族には扱えない力だっていうし……。あんまり人前では使っちゃ駄目だと、お父様と約束している。
単純な魔力の塊をぶつけるだけでもかなりの破壊力を持っているらしい私であれば、属性を付加させなくても、そこそこの戦力にはなれるみたいだしね!
ただでさえ魔界で人間が暮らすのも大変な世界だっていうのに、魔族じゃないかもしれない私がヴィオレのお姫様になっちゃって……。
……あれ? もしかしてお父様、かなーりリスキーな事をしてらっしゃるのでは!?
色々と大丈夫なのか、ヴィオレ魔導王国の将来!!
……と、ちょっと焦りを感じつつも、私は大人しくティズさんに抱かれたまま奥へと連れて行ってもらった。
どうやら洞窟の中には、最低限の魔物避けが施されていたらしい。
王都近くに出る魔物が嫌う香りの薬草が仕込んであったり、魔力がこもった石を使った設置型の結界装置も見付かった。……勿論、全部ティズさんが見付けました。
これだけ魔物対策がしてあったお陰か、それとも運が良かったのか……。
少なくとも私達が内部を歩いている間、魔物とは一度も遭遇せずに済んだ。
そして、ティズさんが灯している魔法の光とはまた別の光源が、奥の方でほのかに光を放っているのが見えて来た。
「キュッキュウ!」
その光の方に向かって、またもやシィダが駆け出して行く。
ティズさんも、そのままシィダの後を追っていくと──
「きゃっ……!? わ、わんちゃん……?」
そこには、人の良さそうな三十代前半ぐらいの女性……本屋さんのリナちゃんと同じ黒髪をした人が、シィダに頬をペロペロと舐められていた。
「あのっ、もしかして本屋さんのラーナしゃんでしゅか!?」
「えっ……? 小さな女の子……と、男の人……?」
その女性は私達に気が付くと、枯れ草を敷き詰めた床の上に座ったまま、こちらを見上げた。
「ええと……娘のお友達、かしら……? 確かに私は、王都で本屋を営んでいるラーナです。もしかして、あなた達は私を探しにここまで……?」
「はい。貴方の娘のリナさんに頼まれまして、こうしてこの洞窟までやって来ました」
リナちゃんのお母さん、無事で良かった〜!!
かなり疲れた様子ではあるけど、パッと見た感じ、怪我はしていないみたいだし……。
……ただ、想定していなかった事が一つあるんだよね。
私がどう切り出せばいいか言葉に迷っていると、先にティズさんがラーナさんに尋ねた。
「……失礼ですが、そちらの女性とのご関係は?」
……そう。この場にはもう一人、女性が居たのだ。
長く美しい金髪に、真っ白なワンピースを着ている女性。それもただのワンピースじゃなくて、ギリシャ神話に出て来る女神様みたいな服を着ている。
……何でだろう。この人を見ていると、何だか胸がざわつくっていうか……。
私……この女の人、どこかで見た事があるような気がする……。
モヤモヤとした感情が渦巻く中、ラーナさんは側で眠っている綺麗な女性に視線を落とした。
「……この方とは、つい最近お会いしたばかりです。娘達に少し店番をしてもらって、夕飯の食材を買い出しに行こうとした時、女の人の悲鳴が聞こえた気がしたんです」
「聞こえた気がした……ですか? ハッキリと聞こえた訳ではなく?」
「自分でも妙な話だとは思うんですが、他の人達には全く聞こえていなかったみたいで……。それでも万が一の事があってはいけないと思って、リナに一言言ってから森の方へ向かったんです。そうしたら、この人が血塗れで倒れていて……」
「魔物に襲われたんでしゅか……?」
確かにラーナさんの言う通り、この人の着ている服には血がべっとりと付着していた。とっくに血液が乾いて黒く変色しているし、破けた後もあるけれど……。
金髪の女性の寝顔は穏やかなもので、怪我の痛みに苦しんでいるようには見えない。
「何か……白い羽を持った生き物に襲われていたようでした。この人が倒れていた近くに、何枚も羽が散らばっていたので」
「この方の怪我の具合は、どうなのでしょうか? ラーナさんは、ずっとここで彼女の看病を?」
「はい。私は少しだけ治癒魔法が使えるので、毎日少しずつ治療をしていました。……ですが、この方はどうやら傷の治りが早い魔族のようで、想像していたよりも早く傷が塞がったんです」
「それは、不幸中の幸いでしたね」
「ええ、本当に……」
怪我の治りが早いなら、ここで数日間安静にさせておくのがベストだったのかもしれないね……。
とはいえ、それならどうしてラーナさんは他の人に助けを求めに行かなかったんだろう?
何日もこんな場所で怪我人を寝かせておくより、王都に連れて行った方が良かったんじゃないの……?
「ただ……私がこの人を連れてここから出ようとすると、変な気配を感じて……出るに出られなくなっていて……」
「変な気配……?」
「何と言えばいいのか分からないんですが……魔物とも、魔族の人達とも違う、大きな怖い魔力といいますか……」
彼女はそう言いながら、ちらりと私の方に目線を向けた気がした。
ほんの一瞬の事だったから、単に私の考え過ぎかもしれないけれど……。
すると次の瞬間、洞窟の外の方から大きな破壊音のようなものが聞こえて来た。
「い、今の音は……!?」
音に驚いて、混乱している様子のラーナさん。
私はその音と同時に、大気中を漂う魔力の流れ……マナの動きが活発になっているのを感じた。
「マナの動きが……変わった……?」
「それはつまり、洞窟の外で何者かが魔法を使ったという事です……!」
それって要するに、外で誰かが戦ってるって事でしょ……!?
まさか、後から私達を追って来るはずのディーアさんが、例の白い羽の生き物に襲われてるって事なんじゃないの!?
「ラーナしゃんは、そのままここでその女の人をお願いしましゅ! 行きましょう、ティズしゃん! シィダ!」
「はい……!」
「キュウン!」
「で、でも、そんな小さな女の子まで一緒に……!?」
ここに引き留めようとするラーナさんに、私は彼女を安心させるように微笑んでみせた。
「大丈夫れす! わたちはこれでも、魔界で一番つよーいお父しゃまに魔法を教わってましゅから!」
*
外が近付くにつれて、その音の正体が分かってきた。
最初は何かの破壊音だと思っていたそれは、地響きにもよく似た、雷が落ちる音だったのだ。
「うっぜーなぁ! 纏めて黒コゲになりてぇかァ!?」
洞窟の外では、私の予想通りディーアさんが戦っていた。
ついさっきまで晴れていたはずの青空は、鉛色の厚い雲に覆われている。
けれどもそのお陰で陽の光が遮られた結果、彼は傘を差さずに……その傘を杖のように振るいながら、周囲に漂う白いモヤ達に雷を落とそうとしているようだった。
しかし、そのモヤ達は一つ一つが意思を持ったように素早く動き、ディーアさんの魔法を避けてしまう。
「ったく、イラつくなぁ……! これだから嫌いなんだよ、このクソ天使どもがッ!!」
「あれが、天使……!?」
あの白いモヤが、天使だっていうの……?
でも、どうして天使がこんな所に……それも、何人もこの洞窟近くに現れているの!?
次々に上空から降り注いで来る、ディーアさんの魔法の雷。
その一つが、とうとうモヤの一つに命中する。
「…………ぐっ!」
男の呻き声が漏れたかと思うと、あの白いモヤが晴れた。
濃霧のようなベールの中かれ姿を現したその男の背中には、白い翼──ラーナさんが言っていた白い羽と一致する特徴が、確かに生えている。
と言う事は、彼女が助けたというあの金髪の女性は、この天使達に狙われていたのね……。
その男……天使らしき男は白い服に身を包んでおり、悔しそうに奥歯を噛み締めてディーアさんを睨み付ける。
「……撤退だ!」
男の声を合図に、残りの白いモヤ達もろとも、彼らは一瞬で姿を消した。
未だゴロゴロと鳴り響く暗雲とは対照的な、真っ白な羽をその場に残して……。
広告下↓↓の☆☆☆☆☆のところから、 1〜5段階で評価出来ます。
このお話が面白かったら、ブックマークやいいね等でも応援よろしくお願い致します!