追い掛けて、紫の森の中
シィダにバンダナの匂いを追ってもらって、私達はラーナさんの居場所を探し始めた……のだけれど。
シィダは私が想像していたよりも遠い場所を目指していたみたいで、幼女の体力では限界があったんだよね……!
途中で走るのはおろか、歩く事すらキツいぐらいにヘロヘロになっちゃって……。
これはもう、王宮に帰ったら即お昼寝コースになるに違い無い。だって……私のなけなしのスタミナが、確実に尽き果てる予感しかしないもん……!
「はぁ……はぁ……!」
「……姫様、俺が抱きかかえていきましょうか?」
どんどん先へ向かうシィダは、時々立ち止まってこっちの様子を見てくれる。
あの子自身は『あれ? どうして着いて来ないの?』とでも言いたげに首を傾げていて、シィダの主人として情け無い姿を晒しているな……と思わざるを得ない。
そこへ差し伸べられた救いの手──ティズさんによる抱っこの提案は、とても魅力的に思えて仕方が無かった。
「はっ……そ、それは……」
まあ、めちゃくちゃ情け無い事に変わりはないんですけどね!
「……お、お願い……しましゅ……!」
「任せて下さい。すぐにシィダに追い付けますよ」
結局心が折れた私は、ティズさんの好意に甘えて抱っこしてもらう事にした。
……そして、私以外にもシィダに追い付けない人物がもう一人居る。
そう、日傘男子のディーアさんである!
「ディーアしゃん、大丈夫れすか〜?」
ティズさんの腕に抱えられながら、私は後を追い掛けて来るディーアさんに呼び掛けた。
「はぁっ、はぁっ……。お、オレの事は良い……! 後から、追い付くから……オレの事は置いて、先に行け……!!」
息も絶え絶えに、ディーアさんは声を張り上げてそう叫んだ。
……なんかこの人、死亡フラグみたいな事言ってるな。実際に、日常会話でこんな事言われる機会ってあるんだなぁ……。
*
ラーナさんのバンダナの匂いを辿っていった先は、王都や王宮の周りに広がっている森──紫の森の中だった。
このヴィオレ魔導王国の名前の由来になったと言われる、紫の森。
前に図書館でこの国の事を勉強しようと思って、子供向けの本を探していた時、調べ物に来ていた王宮の人に教えてもらった事がある。
この森は、よそ者には簡単に抜け出せない、迷いの森なのだと──。
あの時に会った人が着ていた服装からして、王宮の魔術師さんか研究員さんとかだと思うんだけど……。
その人が言うには、ここが迷いの森だというのは、おとぎ話なんかではないらしいんだよね。
紫の森の木々は特殊な樹木であるらしく、特定の条件を満たしていないと、永遠に森の中から出られなくなるようになっているんだとか。
その守りがあるお陰で、ヴィオレの王宮や王都はこれまで敵国に攻め込まれた事も無い。いわゆる、天然の要塞という奴らしい。
魔力の濃い植物が多い森である事からか、そこで暮らす動物や魔物もパワフルな個体ばかり。
狩りや山菜採りに行くにしても、一人で行くにはかなりの危険が伴うそうなのだ。
……そんな場所に、ラーナさんの匂いが続いている。
王宮の騎士さん達みたいに強い人ならまだしも、ラーナさんは女性だし……そもそも人間なんだ。
どうしてそんな彼女が、もう何日も姿を消しているのか。それも、何故か向かったのが、よりにもよってこの森の中だなんて……!
「ディーアしゃんは……まだ追い付いてないでしゅね」
「後から追い付くと言っていましたし、今は彼の言葉を信じましょう。……この森の魔物が活発化しているとの事ですから、一刻も早くラーナさんを捜し出さなければならないですしね」
「それじゃあ、魔物が襲って来たらわたちも戦いましゅ! これでもお父しゃまから特訓ちてもらってましゅし、『パワーだけなら大人顔負けだ』って褒めてもらいまちたから!」
「……基本的には俺が対応するので、万が一の時には頼りにさせてもらいます」
「え? そんな遠慮しなくても良いんれすよ?」
「いえ、その……いや、何でもありません」
言いながら、ティズさんは優しく私を地面に下ろす。
そうして腰に挿した剣に触れながら、こう続けた。
「シィダには引き続き、ラーナさんの匂いを辿ってもらいます。その間に何か気付いた事があったり、森の中で人影を見た場合は、すぐに教えて下さい」
「あい! 分かりまちた!」
「……あと、ここから先は、あまり大きな声を出さないようにした方が良いでしょう。もしもそれで魔物を寄せ集めてしまっては、姫様の身が危ないですからね」
「わ、分かりまちた。気を付けましゅ」
「ふふ……怒っている訳ではありませんよ。例え何があろうとも、大切な姫様には傷一つ付けさせませんから」
大切な……エドの婚約者(仮)だから、ですかね……?
まあ、私もお父様も、正確には承諾してはいないんですけどね。
そこからはシィダにもあまり吠えないように注意してもらいながら、ほんのりと紫がかった葉の生い茂る森の中を進んでいった。
途中で出て来た魔物も、シィダとティズさんが連携して倒してしまった。元は猟犬だったというシィダの特徴なのか、確実に首に噛み付いて息の根を止めようとするあの動き……。あれが、狩猟本能ってやつなんだろうなぁ。
まだまだ小さな仔犬で、可愛いワンちゃんだなとばかり思っていたけど、いざこういう面を目の当たりにすると印象が変わってくるものだね。
このまますくすく育っていったら、いつか警察官みたいにカッコ良く戦う姿が見られるようになるんだろうなぁ……!
ティズさんも華麗な剣捌きを見せてくれて、まるで舞でも踊っているような流麗さだった。
これがスカレティアの騎士の動きか……。エドも剣を学んでいるなら、こんな風に戦うようになるのかな?
私はお父様から魔法を教わっているけど、何かしらの武器の扱いも覚えた方が良いんじゃないかな。
カッコ良くて憧れる……っていうのは間違い無いけど、魔法が使えない状況っていうのもあるかもしれないもんね!
そうなると、いつも護衛で付きっきりのティズさんに教わるのが良い……?
でも、私ってヴィオレのお姫様な訳だし……ヴィオレの剣技を習わなくちゃダメとかある?
……うーん、これはまた後でお父様とエディさんに相談してみよう!
とにかく私は、目の前でバッサバッサと倒されていく魔物を見て、そんな感想を抱いたのだった。
……斬られたり、噛み殺された魔物の死体が怖くないのかって思うじゃない?
それがね……あんまり怖くないんですよねぇ、これが!
藤沢流歌だった頃にも洋ゲーとかもやってたし、イケオジ主人公を操作して魔物を倒すゲームとかお気に入りだったんだよ。元々グロ耐性がある程度あったのも加味したうえで、リアルで魔物の骸が積み上がっていくのを見ても気にならないんだよね。
この世界ではそれが普通の事だから、常識としてこの身体に染み付いてる……とか?
普段から精神が幼女のボディに引っ張られて、中身も幼児退行気味だったりするし……あり得ない話じゃないよ、うん。
魔物を倒しながら森を進んでいくと、しばらくして高い崖が見えてきた。
その崖を見上げていると、シィダが一声吠えた。
「キャウ、キュウキュ!」
「あっ、待って! シィダ!」
そのままシィダが一目散に走り出したのは、崖にぽっかりと口を開けたように続いている洞穴だった。
「追い掛けましょう、姫様。もしかしたら、ラーナさんはあそこで助けを待っているのかもしれません……! また俺が抱えて走りますから……失礼します」
シィダを追い掛けようとした私の身体を、軽々と抱き上げたティズさん。
私はまた彼に身を預けて、シィダが飛び込んでいった洞穴に入っていくのだった。