人間でも魔族でも
「それで……お前らの母ちゃんがどこに出掛けたのかは、聞いてなかったのか?」
「う、うん。『ちょっと急用が出来たから、少し店番をお願いね』って言って……そのまま、まだ帰って来ないの……」
うーん……。
本当は少しの時間で済むような用事だったはずなのに、現にお母さんが帰宅していないとなると……やっぱり、何かトラブルに巻き込まれたとしか思えないよね……?
でも、今も不安そうにしているリナちゃんを目の前にして、そんな事を言えるような空気じゃない。
リナちゃんが王都の人達を頼れないとなると、彼女のお母さんの目撃情報を探すのは、私達の役目って事になるよね……!
「それじゃあ、リナお姉ちゃんはこのままお家で待ってて下しゃい! わたち達がお母しゃんを探してきましゅ!」
「そうですね。リナさんは、妹さんのお世話をお願いします。もしかしたら、貴方の母親が帰って来る可能性もありますからね」
「しゃーねーなぁ……。知らねえ仲じゃねーし、オレも手伝ってるとすっかな」
私達が続々と椅子から立ち上がると、リナちゃんが驚いて言う。
「い、良いんですか……!? わたし達、お兄ちゃん達とは違うのに……」
私は床で丸まっていたシィダを呼び寄せながら、リナちゃんに笑顔を向けた。
「わたちは、お姉ちゃんが人間でも魔族でも、困っているならいつでも助けましゅよ!」
「ルカちゃん……」
リナちゃんはまた泣き出しそうになっていたけれど、グッとそれを堪えて、次の瞬間には微笑み返してくれていた。
「……うんっ! ありがとう、頼りにさせてもらうね!」
「あいっ、任せて下しゃい!」
「あっ、そうだ……! ねえ、ルカちゃん。もしかしたら、これが役に立つかも──」
*
私とシィダはティズさんと一緒に、リナちゃんとルルちゃん姉妹のお母さん探しをする事になった。
ここで一旦、ディーアさんとは別行動だ。もう本屋さんの場所は覚えたから、何かラーナさんの情報が得られれば、後で集合する予定だ。
王都のお店の人達──飲食店は忙しそうだったので、それ以外のお店が中心──に聞き込みをして、ラーナさんを見掛けていないかどうかを聞いて回る事にした。
「しゅみませーん! 本屋のラーナしゃんの事で、聞きたい事があるんでしゅけど〜!」
「あらあら、可愛いお嬢ちゃんとワンちゃんね〜? ええと……ラーナさんっていうと、あの三人家族の……?」
「はい。俺達は本屋の娘さんに頼まれて、彼女達の母親を探しています。些細な事でも構わないので、ラーナさんについて何か知っている情報はありますか?」
「そうねぇ……」
最初に訪ねたのは、手頃な値段のアクセサリーショップだった。
お昼時は客足が少なかったので、清掃をしていた店員のお姉さんに声を掛けてみた。
お姉さんは最初は愛想良く笑ってくれていたのだけれど、あの本屋さん家族の話題を出した途端、笑顔が曇ってしまった。
……リナちゃんが『王都の人達に頼れない』と言っていたのは、こういう事だったんだね。
「……でも、あのご家族って……ねえ? 何も私に限った話じゃないんだけど、あんまりあの人達には関わりたくなくって……」
そう返されて、私は返事に困ってしまった。
隣のティズさんも、前途多難な聞き込み調査だと察したのだろう。『これからどうします?』と言いたげな視線を向けてきていた。
……でもさ、こういうのってやっぱり私は嫌なんだよね。
私はこの世界の事について、無知にも程がある。
魔族と人間。悪魔と天使。
それぞれがどういった歴史を歩んできたのか、私にはほとんど分からない。
だけど、少なくともリナちゃんは悪い人間じゃないはずだ。
家族を大切に思う気持ちは、彼女も私達も変わらない。
相手の事を何も知らずに、皆で除け者扱いするなんて……そんなの悲しすぎるよ……!
「……お姉しゃん!」
「なぁに?」
「あの……良かったら、理由を聞かせてくれましぇんか? どうして王都の人達は、ラーナしゃん達親子と距離を置いてるのか……」
「そ、それは……お嬢ちゃんに言っても、難しい話じゃないかしら」
「それでも良いんでしゅ! お願いしましゅ……!」
「……俺からも、どうかお願いします」
私に続いて、ティズさんも一緒にお姉さんに頼んでくれる。
流石に大人の男性も頼み込んできたせいか、彼女は少し言いにくそうに眉を下げながらも、ゆっくりと語り始めるのだった。
*
お店の人達に聞き込みをして得た情報から、ラーナさんが最後に目撃されたのは先週までだった。
それ以降は、彼女が姿を見せた様子はどこにも無い。リナちゃんが果物やパンを買いに行っていた……というのはあったそうだけれど、それは留守番中の食料の買い出しに過ぎなかった。
本屋さんの前で合流したディーアさんからは、最近王都の周辺の森で魔物が活発化していて困っている、という相談が寄せられたらしい。
ひとまずそれは後程騎士団の方に報告するとして、残念ながら今回の聞き込みでは、あまり有力な情報は得られなかった。
「そうなると……いよいよシィダの出番だね」
私は肩に掛けていたポシェットの中から、聞き込みに出掛ける前にリナちゃんから預かっていたバンダナを取り出した。
爽やかな黄緑色のそのバンダナは、普段本屋さんで働いている時にラーナさんが頭に着けているものなのだそうだ。
私はそれを、シィダの鼻の前に差し出す。
「この匂いを嗅いで、ラーナしゃんの居場所を探してほしいの……! お願い出来るかな?」
「キュウッ!」
元気に返事をしてくれたシィダは、早速バンダナの匂いを嗅いで、颯爽と走り出した。
「キュッ、キュウン!」
「そっちにラーナしゃんの匂いが続いてるんだね! わたち達も急ぎましょう、ティズしゃん、ディーアしゃん!」
「はい!」
「……おう」
大急ぎでシィダの後を追い掛ける私と、更にその後を追って走るティズさん。
ディーアさんはあんまり体力無さそうな感じがするけど……大丈夫かな? ついて来れてる……?
そう思って途中で後ろを振り返ると、傘を差しながら、しんどそうにこちらに向かって来る彼の姿が見える。
「……シィダ、もうちょっとだけゆっくりお願い! ディーアしゃんが大変そうだから……」
「キュ?」
その後は、シィダも走るペースを少し落としてくれた。
シィダも広い意味では犬の仲間だし、もしかしたら警察犬みたいに物の匂いを辿ってくれるかもと想像しての行動だったけれど……何だか上手くいきそうな気がする!
ラーナさん、どうか無事でいて下さいね。娘さん達の為にも……!
*
あのちびっ子がリナから預かったバンダナを使って、本屋のラーナを探させようとするのは納得出来る。
犬は鼻が効く生き物だし、バーゲストであるあのワンコロだって、ある程度は人の匂いを辿れはするんだろう。
……ただ、バーゲストは天界から追放された生き物だ。
妖精としてのあり方が変わっちまった黒妖犬は、普通の犬とは違った『ある匂い』に敏感になると言われている。
「あの犬が追ってるのは、【死】の匂い……なのかもしれねぇ。ある程度、覚悟はしておかねえとな」
シィダっつーあのワンコロは、王都の外を──森の方を目指していた。
一週間以上も行方不明になっている人間が、魔物が活発化してる森なんていう物騒な環境下で、無事でいられる方が珍しいだろう。
あのプリンセスは、そこまでバーゲストについて詳しいワケじゃねえはずだ。
……あんな小せえ子供に、惨いモンは見せられねえからな。
「……オレの考えすぎなら良いんだが」
オレは日傘を片手に、遠くから自分の名前を呼んでくるルカ達を追っていく。
こんなに歩き回る……いや、走らされるのも久々の事すぎて、肺が辛くなってきた。
それでもオレは、この両脚を止めるワケにはいかない。
ここまで付き合っちまったからには、最後まで姫さんのお供をしてやらなきゃならねーからな。