目付きが悪い地下図書館の管理人
王宮の地下図書館は、少しひんやりとした空気が心地良い。
沢山の本が収められた棚は、天井に届く程に高い。小さな私の視点から見ると、本だらけの迷路の中に迷い込んだように感じる。
古い本の香りと、新しい本のインクの香りが混ざり合った、とても落ち着く匂いのする場所──それこそが、地下図書館管理人のディーアさんが担当するエリアなのだ。
私が歩くのに続いて、シィダとティズさんがついて来る。
これまでにもお父様の仕事の手伝いで何度か来た事があるので、階段から受付までの順路は覚えている。
私は自分の背丈よりも高い木製のカウンターの上に乗るようにと、精一杯に背伸びをして、ポシェットから取り出したメモを持って腕を伸ばした。
「すみませーん、この本届いてましゅかー?」
あう、最後の最後で噛んじゃった……!
滑舌練習、毎日やってるのにあんまり成果が出ないんだよなぁ。いつも格好が付かなくて困るんだよぅ!
すると、私の声に反応して、カウンターの向こうから物音がした。
ガタガタ、ドサッ……という何かを動かしながらこちらへやって来る足音の後、面倒臭そうな空気を隠そうともしない男性の声が、私の頭上から降って来る。
「……ったく、オレの読書の邪魔しやがって」
その声で反射的に上を見上げると、同じようにこちらを見下ろしているディーアさんと目が合った。
黄金のような金髪を一つに結ばれており、彼の真っ赤な瞳が私を写している。カウンターの上に置かれたランプに照らされて輝く彼の眼は、ルビーのように美しい真紅の色だ。
窓の一切ない地下室に籠ってばかりいるからか、ディーアさんの肌は女性であるリーシュさんよりも白い。顔立ちも整っているから、喋らなければ彼を女性だと勘違いする人も居るだろう。
「まーたお前かよ、ちびっ子プリンセス。今度は誰にパシられてきたってんだ?」
「パシリじゃありましぇん! リーシュしゃんから頼まれた、立派なお仕事でしゅ!」
……興奮して反論すると、より一層滑舌が悪化するね!
そんな私をいつも子供扱いしてからかってくるのが、このディーアさんという訳だ。……いやまあ、身体は本当に子供なんですけどね?
何というか、ディーアさんは近所のヤンチャなお兄ちゃんみたいな感じなんだよね。友達になったら、意外と頼りになるタイプと見た!
ああ〜! どうして私、幼女の身体で異世界転生なんてしちゃったんだろう!?
大人の身体だったら、見た目二十代ぐらいのディーアさんにも対等に接してもらえたかもしれないのにさ〜!
……まあ、それでも今やれる事をやるしかないんですけどねっ!
するとディーアさんは、私が頑張ってカウンターに置いたメモをペラっと手に取って、内容に目を通す。
「……あー、この間リーシュに頼まれてた本か」
「そろそろ届いてる頃だと思うので、借りて来てほしいって頼まれまちた!」
確か、メモにあったのは三冊だった。
どれも植物に関する本で、時々リーシュさんから「植物園で働くなら読んでおいた方が良い」と言われて、読み聞かせの勉強会みたいなものを開いてくれるんだよね。多分、この本もそのうち二人で一緒に読むんだと思うけど……。
何故だかメモを読んだディーアさんの表情はスッキリしなくて、私も首を傾げてしまった。
理由を聞いてみると、どうやらまだその本は入荷していないのだという。
「いつもなら、とっくに届いてておかしくないはずなんだがな……」
「……お二人の会話に口を挟んでしまい申し訳ありませんが、それらの本はどこから仕入れていらっしゃるのですか?」
「あ? 誰だオメー。そういや見ねえ顔だな……」
さっきまで黙って従者のように見守っていたティズさんが口を開くと、ディーアさんがヤンキーのような睨みを効かせる。
側から見れば、優等生と不良が一触即発! みたいな雰囲気だ。
とは言っても、どちらもこの王宮で暮らす仲間同士なんだけどね。
「ご挨拶が遅れ、申し訳ございません。俺は姫様の護衛を務めております、ティズという者です」
「護衛だと……? ……そうなのか、ちびっ子」
「あい!」
「ふーん……。この前の誘拐騒動があったから、専属の護衛を付けたって事か」
「納得して頂けましたか?」
「ま、一応な。それで……あー、仕入れ先の話だったか。オレは外に出たくねぇから、王都の本屋を通じて良さげな本を買い取ってんだ」
彼の話を纏めると、どうやらこういう事らしい。
ディーアさんは日々の読書と本の管理で忙しいので、貴重な本や資料が手に入った際には、王都にある本屋さんから定期的に書物を購入しているという。
今回リーシュさんから頼まれた本を含め、王宮の人達が欲しい本を注文する事もあり、週に一度のペースで図書館まで届けに来てもらっているんだとか。
けれども先週の約束の日に本屋さんが顔を見せず、今週になっても何の連絡も無い……。
「つー訳だから、おつかいを頼まれたお前にゃ悪いが、頼まれた本はここにはねーんだ」
……どうして本屋さんは、音信不通になってしまったんだろう。
もしかしたら急病を患ったとか、本の仕入れで何かトラブルに巻き込まれていたりするのかも……?
「……あの、ディーアしゃん!」
「何だよ、オレはぜってー地下図書館から出る気はねぇからな!」
「そうじゃなくて、わたち達が直接本屋しゃんに行って、様子を見てきましゅ!」
「は? お前らが?」
ディーアさんはまさかそんな事を提案されるとは思っていなかったようで、赤い目をまん丸にさせていた。
「だって、このままじゃ本も届かないし……。本屋しゃんの事も心配でしゅから!」
「……でもよ、お前王都なんて行った事ねぇだろ? 店の場所分かんのかよ」
「ティズしゃんもシィダも一緒でしゅし、何とかなると思いましゅ!」
「その根拠の無い自信、どこから出てくんだよ。ティズって言ったっけ? アンタ、この辺の土地勘あんのか?」
そう問われ、ティズさんは少し考え……。
「……道を尋ねれば、何とでもなるでしょう」
「アンタも場所知らねーのかよ!」
ディーアさんの悲痛なツッコミが、静寂の図書館に虚しく響き渡るのだった。
*
「このオレが真っ昼間に外出するなんざ、もう何年振りの事かも覚えてねーな……」
穏やかな春の陽射しが優しく降り注ぐ頃、私達は王宮から離れ、人々が行き交う王都の通りを歩いていた。
お昼時という事もあって、飲食店はどこも賑わいを見せており、食材の買い出しに来た主婦層が市場で食材と睨めっこしている姿が視界に入る。
私はほとんど王宮から出ないし、可愛いワンコのシィダは勿論、外国人であるティズさんも王都の事なんて何も分からないに等しい。
結局私達だけで行かせるのは不安要素しかないという事で、大きな日傘を差したディーアさんが、外の景色を眩しそうに眺めながら先導してくれている。
「……ったく、せめて今日が雨ならよかったのによぉ」
そんな文句を言いながらも付いて来てくれるあたり、やっぱり彼は素直じゃないけど、根は良い人なんだよなぁ。
それを本人に直接言ったら、今すぐ王宮に踵を返すに決まってるだろうけどね!
……それにしても、ディーアさんってそんなに日焼けするのが嫌なのかな?
私もまだ全然若いけど、彼を見習って日傘ぐらい用意した方が良いのかなぁ。せっかく金髪美幼女に転生したんだし、天然素材は大切にすべき?
「おーい、お前らうっかりはぐれたりすんじゃねーぞぉ? これ以上オレの貴重な読書タイムを浪費させたら、タダじゃおかねえからなぁ!」
「あーい!」
「キュウン!」
そんな脅し文句を交えながらも、こうしてちょくちょく後ろを振り返って様子を見てくれるの、面倒見が良いよねぇ〜。
ディーアさんのこういう所、やっぱり近所のヤンチャ系お兄ちゃんって感じするわぁ……。
その後ろから静かについて来るティズさんも含めると、真面目な委員長とヤンキーと一緒に班行動してるような、学生気分を思い出してくる。
ほんのりと日本で暮らしていた頃の懐かしさが込み上げて来る中、私達は良い匂いが漂う通りをひたすら歩いて、目的地である本屋さんを目指していく。
早く用事を済ませて、リーシュさんに本を届けないと!
それに、美味しいお昼ご飯が私を待っている……!
今回の更新分から、作品タイトルを変更しました。
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