紡ぎ、繋げて、抱き締めて
「今なら……あの魔法陣を、ちゅかえる……?」
エルヴィスはティズさんを連れて部屋を出て行き、まだもうしばらくは戻ってこないはずだ。
それに、急がなければあの魔法陣は消えてしまうだろう。魔法陣を描く際、特定の場所に魔力を固定化させるのは難しいのだと、お父様は言っていた。
確か、魔法を使ったり魔法陣を描いたりすると、時間経過で空気中に自分の魔力が溶けていってしまうんだとか……。
つまり、転移の魔法陣の描き方を知らない私は、ティズさんが途中まで描いていたこの魔法陣が消える前に、早く完成させなければいけないのだ!
私は急いで先程までティズさんが立っていた魔法陣の方まで走り出し、魔法陣の様子をよく観察する。
大きさは二畳ぐらいで、円の縁にはこの世界で使われている文字が記されていた。
日本語ではなかったけれど……読める! この身体の元の持ち主が余程の天才児だったのか、それとも異世界転生者のチート特典のような恩恵だったのか──とにかく、魔法陣に書かれている字が読めてしまったのだ!
「始点……スカレティア王国、王都ガレフト……終点……。ここで文字が途切れてる……」
始点、スカレティア王国王都ガレフト。
この王宮がある場所が、ここに書かれている王都ガレフトという所なのだろう。
その続きに『終点』と書いてあるので、その先に転移したい場所を指定すれば良いのかもしれない。
……でも、それじゃ駄目なんだよ。
私一人がここから逃げ出せても、このままだとティズさんの身が危ないのだ。
どうやらエルヴィスは、エディさんに強い怨みがあるみたいだった。仮に私が彼の残した魔法陣で逃げ出せば、きっとティズさんは無事では済まないだろう。
「わたちが逃げたら……エルヴィスとの約束を破る事になる……」
それなら、あの男との約束を守ったうえで、ティズさんを助けられる方法は──
*
我が王宮の前には、数百の軍勢が列をなしていた。
ヴィオレ王国の近衛騎士団、並びに精鋭の兵士達を掻き集めた。
王宮の護りは副団長であるナザンタに一任し、私達がルカを連れて帰還するまでの防衛に足るだけの兵力は、残しておいた。
「ヴェルカズ様、出立の用意が完了致しました」
騎士団長のムウゼが、私の元へ報告に来る。
見渡せば、我が軍勢が私の号令を今か今かと待ち構えていた。
軍用の魔馬車は緊急時の連絡用の物だけを残し、今回のスカレティア出征の為に二十台を稼働させる。
近衛騎士五十五名、ヴィオレ兵の第一陣が五百七十名。後から南砦の兵士団とも合流し、総勢九百名以上となる兵力でスカレティア連合王国に攻め込む事となる。
我ら魔族は、人間に比べれば数は少ない。
しかし、個人の戦闘能力の高さは比較にもならない。
我が国の全兵力を投入すれば、人間の国一つ程度なら、簡単に攻め滅ぼせるだけの力があるのだ。
……現実には、その間に他国からの侵略の危険性がある為、そのような事は不可能なのだが。
今回はルカの救出が急務なのであり、スカレティアの侵略は目的ではない。
よって、此度は最速で王都ガレフトを目指し、スカレティアの紅蓮王宮に辿り着く。
そこで王都に火でも放ち、スカレティアの国民が逃げ惑う混乱に乗じて王宮に潜入。直ちにルカの安全を確保し、スカレティア王家の一族をことごとく滅した後、ヴィオレへ帰還する。
……王族を失えば、スカレティアの侵略など容易いだろう。
それに、こちらには王家の血を継ぐエウラリーシュが居るのだ。王女が無事なのであれば、スカレティアの国民を従わせる事も可能であろう。
……ただ、王子の方が無事に済むかは分からんがな。
何せ、ルカの救出が第一なのだ。エウラリーシュの弟については、抵抗しなければ殺さずにいても良かろう。
どのみち、後々私の覇道の邪魔になるのであれば、姉もろとも葬り去れば解決してしまうのだからな……。
当然、ルカには内密に済ませるが。
すると、少し遅れてエウラリーシュがやって来る。
「こちらも準備は出来たわ。シィダは、ルカのベッドで今頃ぐっすり眠っているはずよ」
続いて、エディオンが私に耳打ちした。
「任されていた王宮の結界の方だが、ディーアに補修を頼んである。読書を邪魔されて随分機嫌が悪そうだったが、報酬をチラつかせたら爆速で作業に入ってくれたぜ」
「そうか……。あの男にも困ったものだな」
「ああ、全くだぜ……。まあ、これでヴェルカズの留守中でも、しばらくは安心しておいて良いだろうさ」
「……だと良いがな」
ルカが転移魔法で拐われた際、私が王宮に施していた結界に綻びが生じてしまっていた。
本来であればその補修は私が行うのが手っ取り早いのだが、今はそのような事を優先している場合ではない。
代わりに地下図書館の管理人であるベルスディーアに任せるよう、エディオンには伝言を頼んでおいたのだが……。
あの者は、相変わらず本の虫であるらしい。新しい書物を買い与えてやらねば、仕事のやる気が出ないとは。
ただ、ベルスディーアの魔法の腕だけは、我が国でもトップクラスである。手放すには惜しい人材ではある為、彼奴の好きな本の管理を主に行わせているのだ。
いざとなれば、ナザンタとベルスディーアが協力して王宮を護り切ってくれるはずだ。
……さて、これで全ての支度は整った。
私は出征前に軍勢を鼓舞する為、声を広範囲に届ける拡声魔法を自身に付与する。
『これより我がヴィオレ魔導王国軍は、スカレティア連合王国……その王都へと攻め入る!』
私の声が空気を振動させると、騎士や兵士達の表情が引き締まる。
『我が娘──王女ルカの奪還を阻む者は、例え何者であったとしても容赦は要らぬ! 逃げる者は捨て置き、歯向かう者にはその凶暴なる牙を突き立てよ!!』
「ちょ、ちょっと魔王様! あたしの弟は……エドゥラリーズは無傷で保護してくれるのよね……!?」
すると、慌てた様子で私に問い掛けるエウラリーシュ。
私は一時的に魔法を解き、端的に返答する。
「……其奴がルカに危害を加えるようであれば、その限りではない」
「そんなっ……!」
「弟を救いたければ、自らの手で成すのだな」
「……そう、よね……。理由はどうあれ、あの子は次期スカレティアの魔王なんだもの……!」
そう告げたエウラリーシュは、決意を新たにした様子で、私の言葉に頷いていた。
私は彼女から視線を外し、もう一度拡声魔法を掛け直そうとした──その時だった。
「何っ……!?」
私の足元に、突如として目映い光を放つ魔法陣が浮かび上がったのである。
その魔法陣の縁には、幼くつたない文字で『転移者指定 ヴェルカズ 終点 スカレティア連合王国 王都ガレフト 王宮』と記されているのが確認出来た。
「おいおいおい、ヴェルカズ! コレってお前さんの仕業か!?」
「違う! これは……この筆跡は……!」
見覚えがある、癖のある丸い文字。
読み書きは早いうちに出来た方が良いからと、私自ら付きっきりで教えてやった。そもそも、私が教える前からある程度の読み書きは習得していたようではあったが……それでも、この文字を私はよく知っていた。
「お前が、私を呼んでいるのだな……ルカ……!」
その瞬間、魔法陣はより強い光を放ちながら、いよいよ転移の効果が現れ始めた。
視界が白に飲み込まれ、少し意識が飛びかける感覚。
その少し後、分厚い壁を突き破るような鋭さを保ったまま、勢いのままに何かを突破していくのが分かった。
……そうして最後に、急に魔馬車を止めた時のような反動を感じる。
すると、そこは見知らぬ部屋の中だった。
転移の魔法陣は、私をどこかへと運んだらしい。
……否。
転移先は、はっきりしていた。
「おとー……しゃま……」
何故ならそこには、これから私が救いに行くはずだった娘の姿があったからである。
私は腰を抜かしているらしいルカの側に歩み寄り、その小さく柔らかな身体を抱き上げた。
大きくつぶらな空色の瞳が、私をその両眼で見詰めている。
「……ああ、お前の父だ。フッ……流石はこのヴェルカズの娘だな。五体満足で長距離間の転移魔法を成功させるとは、この私の──」
「お父、しゃま……おとーしゃまぁぁっっ!」
……私の顔を見て安心したのか、ルカはいきなり大泣きをし始めてしまった。
咄嗟に室内に防音魔法を施し、念の為に周囲の魔力を探る。
……幸いにも、この部屋の近くには誰も居ないらしい。
しばらくはこのまま、ルカが落ち着くまで待つ事にするか。
「……安心するが良い、ルカ。お前の父は、確かにここに居るのだからな」
泣き続けるルカに語り掛けてやりながら、私は改めてスカレティアの魔王への怒りを募らせていた。
スカレティア魔王よ、ただでは済まぬぞ……。
我が娘を泣かせたその大罪、その命をもって償うが良い……!!
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