眼帯の男
私を見下ろして笑うその男性の雰囲気は、エディさんによく似ている。
けれども彼は、エディさんと違って髪が長かった。
片目に眼帯をしている彼は、私と目線を合わせるように屈む動作をする。すると、その動きに合わせて、腰の辺りまで伸びた彼の長髪が揺れた。
そうして、彼は更に言葉を続ける。
「婚約者ちゃん……えーっと、名前何だったっけ?」
「えっ……あっ……」
彼に名前を尋ねられ、正直に答えて良いものか、判断に困る。
……しかし、名乗る名乗らない以前の問題で、目の前の彼が怖すぎて、口からまともに言葉が出てくれなかった。
エディさんとよく似た雰囲気と魔力を持つ人──多分、彼も魔族なのだろうけれど、下手に刺激してはいけない相手だという事だけは、生物としての本能で直感していた。
私は、どうにかして喋らなければ……! と思うものの、メンタルが肉体に引っ張られて幼くなっている影響か、頑張れば頑張ろうとする程、眼から涙が溢れ出てくるばかり。
はくはくと口を開いても、私の喉からは意味を成さない音しか出ない。
そんな私を見て、長髪の彼は可哀想なものを見るような目を向けてくる。
「あ〜あァ……人見知りなのかなァ? 分かるぜェ、オレサマちゃんも昔は人見知り激しい方だったからさァ。ほーれ、よォーし、よォーし……」
「ひぐっ……!?」
すると彼は、無言で泣き出す私をあやそうとしているのか、優しい手付きで私の背中に片腕を回し、もう片方の手で頭を撫でて来た。
けれどもそれは逆効果でしかなく、触れられた箇所からは、彼から漂う嫌な魔力の気配が肌を刺すようだった。
そんな私を見て、魔法陣を描いている途中だったティズさんが、緊迫した声色で会話に入って来る。
「エルヴィス……様……」
「ん〜?」
私の頭を撫で続けながら、エルヴィスと呼ばれた彼が、目線だけをティズさんに向けた。
「……か、彼女を……どうか、離してやって下さい」
「何でだい?」
「姫様は、エルヴィス様を……恐れているようですので……」
「…………」
そう言われて、エルヴィスは一旦その手を止めて、改めて私の顔を見下ろして来る。
彼の鋭く赤い瞳は、その色に反して酷く冷たい印象を受ける。
その眼に反射する私の顔は、どこからどう見ても恐怖に染まり切った表情を浮かべていた。
「……ま、そりゃそうかもねェ。だって、この子を連れて来たのってオレサマちゃんなんだから」
えっ……?
この人が、私をヴィオレの王宮からスカレティアまで転移させた犯人だったの……!?
……でも、確かにこの人からは物凄い魔力を感じる。
お父様と魔法の特訓をするようになってから、他人の魔力の大きさや雰囲気なんかが、何となく掴めるようになってきたから……嫌でも感じてしまうんだよね。
この感じは……そう。炎と氷の魔力、だと思う。
魔力属性は四大属性に始まり、光と闇だけでなく、それ以降に細分化された歴史が何たらかんたらあるって話は……難しくてちょっと忘れちゃってるけれど、この人は少なくともその二つの属性に関してのエキスパートなんだ。
……その属性を持ち合わせているという特徴も、何故だかエディさんと一致しているんだよね。もしかしたら彼は、エディさんと同じ人狼族の魔族だったりするのかも……?
それに、これだけ強い魔力があるなら、長距離の転移魔法を発動する事だって出来るのかもしれない。
……そうか! この人がティズさんと一緒に王宮に潜り込んでいたから、その気配にいち早く気付いていたシィダが吠えて、私に教えてくれようとしていたんだ!!
ああ……ごめんね、シィダ! 私にもっと警戒心があれば、うっかり眠らされてこんな場所まで飛ばされる事も無かったかもしれないのに……!
「……それでさ、ティズくん。どうしてキミは婚約者ちゃんと一緒に居るワケ? それに、その描き途中の魔法陣……どういうつもりィ〜?」
「……っ、それは……」
エルヴィスに問い詰められ、言葉に詰まるティズさん。
彼のその問いには、僅かに怒りが込められているように感じた。
「オレさァ……スカレティア王のお願いだったから、この子をわざわざヴィオレから連れて来てあげたんだよ? それをさァ……どうして途中で怖気付いたキミが、この子を元の場所に返そうなんてしてるワケ?」
ティズさんが、途中で怖気付いた……?
それじゃあ、元々私の誘拐を命じられていたのはティズさんで、それを彼がためらったからエルヴィスが引き継いだって事だよね……。
……やっぱり、ティズさんは根っからの悪人じゃなかったんだ。
だから彼は、今からでも私をヴィオレに送り届けようとしてくれて……最悪のタイミングで、このエルヴィスっていう人に見付かったって事になる。
「ねえ……答えてよ、ティズくん。この子を逃しちゃったらさァ……? せっかくエディオンの野郎に嫌がらせ出来る絶好の機会が……ブチ壊しになっちゃうんだよねェ……!」
「えっ……?」
次の瞬間、私の前からエルヴィスの姿が消えた。
──否。
「かはッ……!!」
正しくは、エルヴィスが目にも留まらぬ速度でティズさんの目の前まで移動し、その首を片手で軽々と掴んで持ち上げていたのである。
喉を締め上げられたティズさんは、苦しみに顔を歪めながら藻搔いている。
そしてエルヴィスはというと、更にその手に力を込めていた。
「アイツの大切なモノが苦しめば、エディオンはその責任を感じてくれるだろ……? だからオレサマは、ヴィオレの新しい姫だっていうその子を捕まえてくる仕事を引き受けてあげたんだ……。それなのに、さァ……!」
「がッ……ゴガッ……!」
「キミがその子を返しちゃったら、全部意味ねェだろーがよォ!!」
「てぃ、ティズしゃん……!!」
このままじゃ、ティズさんが殺されちゃう……!
私は恐怖にガクガクと震える両脚を奮い立たせ、へろへろな足取りになりながらもエルヴィスの脚に縋り付いた。
「お願いれしゅ……! ティズしゃんに、酷い事しないで下しゃい……!!」
「ひ、め……にげ、……!」
「わたち、ここから逃げないでしゅから……! だから……お願いでしゅから、ティズしゃんを離ちてあげて下しゃい……!!」
私はもう、涙と鼻水で顔をぐちゃぐちゃにさせながら、必死にエルヴィスに懇願していた。
ティズさんは、どうにかして私をここから遠ざけようとしてくれている。それは充分伝わっていたのだけれど、そうしてしまったら彼の命がどうなってしまうか分からなかった。
するとエルヴィスはあっさりと手を離し、ドサリとティズさんを床に落とす。
解放されたティズさんは激しく咳き込みながら、喉と胸を押さえて酸素を取り込もうとしていた。
「……キミがそこまで言うなら、そのお願いを聞いてあげるよ。でも、次は無いと思ってよね?」
「あ、あい……!」
「ところで……キミ、結局なんて名前なんだっけ?」
「……る、ルカ……でしゅ……」
「ルルカ? あー、確かにそんな名前だった気がするねェ! それじゃあルルカちゃん、エルヴィスお兄さんはティズくんを連れて行かなくちゃいけないから、ここでしばらくいい子にして待っててねェ〜?」
そう言って、彼は未だに呼吸が整わないティズさんを引きずるようにして、部屋を出て行ってしまった。
……私の名前、ルルカじゃないんだけどな。
でも、これからどうしよう……。ティズさんはきっと、この後私を逃がそうとした事がスカレティアの魔王にバレて大変な事になっちゃうんじゃ……?
だけど、また閉じられた扉からは出られそうにないし……。
でもでも、このままじゃティズさんの状況はどんどん悪くなる一方だし……!
どうにか開けようと捻ったドアノブとしばらく睨めっこした後、私は溜息を吐きながら扉に背を預けた。
「わたち一人じゃ、流石にどうにもならないよね……」
せめて、誰か一人でも大人の助けを呼べれば良かったんだけど……。
と、俯いていた顔を上げたその時、私の視界に入ったある物に釘付けになった。
それは、未だ残っていた魔力の残滓──ティズさんが途中まで描き記していた、未完成の転移魔法陣だった。
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