どうして貴方が
「シィダ〜、おしゃんぽ行きましゅよ〜!」
「キュウ!」
今朝は天気も良く、寒さも少し和らいでいた。
今日の魔法の特訓はお休みだったので、朝食を済ませた後にシィダを自室に迎えに行く事にした。
……とは言っても、階段を登り降りする時は危ないから、ナザンタさんに付き添ってもらうんだけどね!
扉を開ければブンブンと尻尾を振るシィダに出迎えられ、私達は早速王宮の一階に降りていった。
ナザンタさんとは訓練場の前で別れ、午前中はシィダと一緒にゆっくり過ごす。
昼食の後は植物園のお仕事があるので、それまでは完全に自由時間になる。
私とシィダは王宮の中庭を散歩しながら、時々すれ違う侍女さん達に挨拶を交わした。将来は私がお父様の後を継ぐ事になるみたいだから、こうやって少しずつ王宮の人達の顔を覚えていかないとね。
人見知り……というか、初手で威嚇し始めるシィダも、少しずつここでの暮らしに慣れてきた。
最初の頃は私以外の誰にでも──とはいっても、人狼のエディさんは例外だった──警戒して唸っていたけれど、王宮の人達は私に危害を加えないと理解したようだ。
私が他の人と会話している時は、シィダがじぃっと相手を観察する。相手が少しでも変な事をしようものなら、いつでも助けに入れるように待機しているのだと思う。
黒妖犬は元々、天使が暮らす世界で猟犬として働いていた生き物だったって聞いたし……。
人と寄り添って生きる種族だったのなら、魔界に来た今でも、その生き方自体は変わらないのかもしれない。
侍女さん達が居なくなった後、静かになった中庭で、私は改めてシィダを見詰めた。
「キュウ?」
私の視線に気付いたシィダが、不思議そうにこちらを見上げてくる。
「……〜〜っ、可愛いーーーっ!!」
「キュッ!」
そんなシィダの愛くるしい姿を見ていたら、もう辛抱堪らなくなって思いっ切り抱き締めてしまった!
だってだって、シィダったらただでさえ超キュートなのに、いっつもモフモフのツヤツヤの毛並みで、おまけに何か良い匂いまでするんだもん!!
そんな仔が私を心配して付き添ってくれてるなんて、あまりにも尊すぎるじゃありませんか! ねえ!?
……そうしてちょっぴり、考えてしまったのだ。
どうしてこの仔は、天界から追放されてしまったのだろうかと。
きっと何か大きな理由が無ければ、住む場所を追われるなんて事にはならないはずでしょ?
それなのに、どうしてこんなに小さな仔犬が魔物と魔族の住む魔界に追いやられたのか……と。
魔族や魔王については少しずつ分かってきたけれど、魔界では天界や天使について知る機会が少ないんだよね。
……そうだ。地下の図書館に行けば何か本があるかもしれない!
せっかく今日は午後まで時間があるんだし、この世界の事についてもっと調べてみても悪くないんじゃないかな?
「よーしシィダ、これから図書館にいきましゅよ! うるさくしゅると迷惑になるから、お行儀よくしましょーね!」
「キュウン!」
元気に返事をしたシィダを連れて、早速中庭を抜けて図書館へ行こう──
とした、その時だった。
「ふぎゅっ!?」
「おっと……!」
曲がり角から現れた誰かと軽く衝突し、思わず変な声を出してしまう私。
「すみません。こちらの注意不足でした……っ、姫様ではありませんか! 申し訳ありません、お怪我はございませんか?」
聞き覚えのある声に顔を上げれば、心配そうに屈み込む傭兵のティズさんの姿があった。
ティズさんは私に手を差し伸べてくれていたので、私はありがたく彼の手を掴んで立ち上がらせてもらう。
「だ、大丈夫れしゅ……! わたちの方こそ、ちゃんと前を見ていなくてごめんなしゃい」
「キュッ! キュッ、キュウンッ!!」
「ああ、シィダ! ティジュしゃんは悪い人じゃないれすよ。吠えちゃダメでしゅ!」
「キュウ、キュッ、キュウン!」
私が止めても、何故だか一向に吠えるのを止まないシィダ。
とにかく落ち着かせないとと思い、私はシィダを撫でながら口を開いた。
「……そういえば、ティジュしゃんはどうちてここに? もちかして、お洋服を届けに来てくれたんでしゅか?」
昨日の夜、エディさんが『今度服が届く』って言ってたけど……思っていたより早かったのかな?
「ええ……商会に配達を頼まれまして」
「今日はティジュしゃんお一人でしゅか? 遠くから来て下さったなら、食堂でお茶でもご一緒ちまちぇんか?」
「ああ、そう……ですね」
……何だろう。
ティズさん、何だか今日は元気が無いのかな? 返事も心ここにあらずっていうか、考え事でもしてるのか……思い詰めたような顔をしてる。
その間もシィダは絶えず吠え続けていて、そろそろ騒ぎを聞き付けた誰かが来そうだった。
ひとまずシィダは部屋で休ませて、私はティズさんに美味しいお茶でも飲んでもらおうかな。
「……シィダ、一旦お部屋に戻りまちょ! また後で迎えに行きましゅから……」
と、シィダを連れて歩き出そうと、ティズさんに背を向けたその時──
「──ふぇ……!?」
急に地面がぐらついたかと思ったけれど、それは私が倒れる感覚だったのだと理解したのは、そう遅くはなかった。
頭が揺さぶられるような感覚と、徐々に遠くなっていく意識。
暗くなっていく視界の中で、シィダが必死に吠える声と……キュウン! という甲高い悲鳴が聞こえた気がした。
薬を盛られるタイミングは無かった。
それならこれは、私の知らない何かの魔法……?
でも、この場に居たのは私とシィダと──
ここで眠っては駄目だと自分に強く言い聞かせても、その努力が実る事は無かった。
*
今日の午前中は自由に過ごしているというルカの様子を見る為に、俺は仕事の合間を縫って俺様達の天使を探しに抜け出し……ゴホンゴホン、時間を捻り出した。
部屋はもぬけの殻だったので、あのちびっ子と一緒に散歩でもしているんだろう。
俺はすれ違った連中にルカを見掛けなかったかと尋ね、どうやらプリンセスは中庭で犬と戯れているという情報を得た。
あのちびっ子……シィダは黒妖犬という妖精だ。
秘めた資質は相当なもので、あれが成体になれば、ルカの護衛としては申し分無い存在となるだろう。
そもそもあの子が天使の子だというのもあって、主従契約を結んでいるのも大きな強みだ。ポテンシャルの高いルカの魔力を注がれていけば、黒妖犬としてもトップクラスの戦力になる。
これは我らがヴィオレ魔導王国の未来も明るいなぁ……なんて思いながら中庭に向かっていると、シィダの吠える声が聞こえてきた。
『ご主人、危ない! 悪いヤツ、ご主人に何した!』
……悪いヤツって、不穏な発言が聞こえた気がしたんだが??
『ご主人に触るな! シィダ、許さない……うわぁっ!?』
……これは、シィダが攻撃されたか?
それに、何者かがルカに接触している……!
「待ってろルカ、シィダ! すぐに俺様が駆け付けてやっからよ……!」
俺はすぐさま形態変化させ、白い狼の姿となって、最速で中庭を目指した。
……確かに、知らねえ魔力の匂いがしやがるな。
これまでにも俺様やヴェルカズを狙った連中が攻め込んで来る事はあったが、王宮の中に侵入されたケースは無かった。
それに、ヴェルカズに言われて王国南側の警戒は強めていたが……。
こうなると、王宮の誰かが手引きしたか、何らかの手段で入り込んだか……。
「クソッ……後でヴェルカズに何て言やあ良いんだよッ!」
そうして中庭に到着すると……そこには、炎属性の魔法を受けた痕跡のある焼けた地面と、怪我を負ったシィダが倒れていた。
辺りを見回したが、犯人らしき人物の姿は無い。
……それから、ルカの姿も。
「ルカの匂いと……知らねえヤツの匂い。それからこれは……」
……どうしてだよ。
どうしてここに、リゼーア商会に雇われていた傭兵の野郎の匂いが残ってるんだ……!?
なる早で不穏回が終わるように頑張ります。
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