治癒魔法、始めました
リゼーア商会のデザイナーであるアレカさんとの打ち合わせが終わってから、あっという間に月日が流れていた。
傭兵のティズさんのアドバイスを受けて、それからのお父様との訓練では、治癒魔法の練習を始めたいと申し出てみた。
お父様からは『まだ子供のルカには、それぐらいの魔法から覚えていくのも良いだろう』と了承を得る事が出来た。
今日も訓練で軽い怪我をした騎士さんを相手に試しているんだけど、隣に立つお父様の迫力が凄いんだよね……。
目の前の騎士さんだって、椅子に座りながら若干ビビってる気がするし。
救護室には今、私達三人しか居ない。密室で魔王様と一緒って、プレッシャー凄いよね。
冷徹なイケメンの圧って、なかなかなのよ。
分かる……分かるよ、お兄さん……。私だって、最近ようやくお父様と二人きりになる状況に慣れてきたところだから!
「……ルカよ、もう少し注ぐ魔力の量を増やせ」
「あい!」
今回私が治療する相手は、近衛騎士さんの一人。
練習試合の相手が放ってきた風の魔法で目蓋が切れてしまって、血が流れている。幸いにも掠めた程度だったから、眼球は無事らしい。
私はお父様に言われるがままに、両手を騎士さんの目蓋に向け、傷が治っていくようにイメージしながら魔力を流している。
最初はお父様が洗浄魔法で血を落とし、そこから私が傷を治していく流れだ。
最初にお父様と訓練した日、訓練用の人形を派手に吹き飛ばしてしまっていた事もあって、あんまり魔力を使いすぎて大変な事になったら困るからと抑え気味にしていたんだけど……それだと流石に時間が掛かりすぎてしまうらしい。
魔法で治療するなんて異世界に来て初めての経験なものだから、魔力の調整をどうすれば良いのか、感覚を掴むのが難しいんだよねぇ。
とはいえ、もう二週間はこうやって治療を重ねてきたお陰で、お父様の指示に従えば一発で上手くやれるようになってきていた。
……さてさて。目に見える限りでは、もう目蓋の傷は塞がってきたかな?
私は一旦手を止めて、お父様の顔を見上げる。
「おとーしゃま、どうでしゅか?」
「ふむ……」
傷口の確認の為、お父様が騎士さんに顔を近付けた。
騎士さんは目を閉じているけれど、近付いて来たお父様の気配を感じたのか、肩をビクッとさせている。
そういえば、魔法の訓練をするようになってから気付いたんだけど、他人の魔力の気配……? のようなものが、何となく分かるようになってきたんだよね。
だから多分この騎士さんも、お父様の気配が近くなったから、こういう反応をしてるのかも……?
「……目視では問題は無さそうだな。目蓋に違和感はあるか?」
そう問われた騎士さんが、恐るおそる目を開く。
バッチリお父様と目が合った騎士さんは、緊張した面持ちで唇を動かした。
「い、いえ……。もう痛みもありません」
「そうか。ならば良い」
そう言って離れたお父様と、少し安心した様子の騎士さん。
やっぱり緊張してたんだなぁ……。
ていうか、よくよく考えたら魔王様と次期魔王が一緒に居て、その二人が揃って治療をしてたんだよね。
……そりゃあビビりますわ! 私が騎士さんの立場だったら、何か失礼な事をしでかさないかと、ずっと生きた心地がしないはずだもん!!
でもさ……常に怪我をしやすい身近な人って、騎士団の人なんだよ!
だからごめんね、近衛騎士団の皆さん……。
これからも私の魔法の技術向上の為、ご協力よろしくお願いします……!
*
その日の夜、夕食の席でエディさんに話し掛けられた。
「あ、そうだそうだ。なあルカ、今度リゼーア商会に頼んでおいた服が届くらしいぜ」
「えっ、それってこの間打ち合わせしたお洋服の事でしゅよね? しゅごく早くないれすか?」
「いやまあ、流石にドレスなんかはもうしばらく掛かるぜ? まずは日常的に着られる服から作ってくれてるそうだ」
そう言いながら、自然と私の右隣の席に座るエディさん。
後から来たムウゼさんとナザンタさん、そしてリーシュさんの間で、誰が私の左隣に座るかで静かな争いが起きていたけれど……。
日本でいうところのジャンケンのような遊びで勝者を決めて、最終的にムウゼさんが私の隣にやって来た。
「ねえねえ! 明日はボクが隣で良いよね、ルカちゃん?」
「それじゃあ、反対側はあたしで決まりね」
「いやいや、ルカの隣は俺様で良いんだよ。誰が森で泣いてたルカを連れて来たと思ってんだ?」
「……食事が冷める前に、早く食べ始めた方が良いぞ。ルカ」
「うーん……。そ、それもそうでしゅね……」
未だに言い争っているナザンタさんとリーシュさんと、そんな二人に謎のマウントを取るエディさん。
そんな彼らからそっと目を逸らしながら、私はムウゼさんに勧められるがまま、美味しい夕食にありつくのだった。
……それにしたって、私の隣になって何の得があるんだろう?
いつも誰かに椅子に座らせてもらったり、うっかり口に付いたままになっていたソースを拭ってもらったり……。迷惑掛けちゃうだけの損な役回りになるはずなんだけどなぁ。
もしかして皆、子供好きだったりお世話好きだったりするのかな?
皆優しい人達だから、私が心配で手を差し出さずにはいられないのかも……。
……ああ、早く大人になりたいなぁ。
もっとこの魔王軍で活躍出来るようになって、皆に……お父様に、恩返し出来るようになりたいから。
そして翌日、事態は大きく動き始める。
その始まりとなったのは、私を訪ねてやって来たという……リゼーア商会に雇われていた傭兵のティズさんだった。