悪い人ではないと思うんだけど、ね……?
お父様との魔法の特訓と、植物園でのお仕事。
幼女であろうとも魔導王国の為に日々奮闘する私の生活は、なかなかに充実している。
私がこの世界に転生して、魔王ヴェルカズの義理の娘となってから、早いもので一ヶ月が経とうとしていた。
新年を迎えて一段落ついた王宮は、まだ冷える冬の季節という事もあり、基本的には室内で過ごす事が多かった。
王宮を囲む紫の森周辺の気候は安定しているからなのか、雪が降るような事は無いのだけれど……少し庭に出る時には、ちゃんと上着を着ていないと結構冷える。
管理人のリーシュさんと一緒に庭の手入れをした後は、冷えた身体を温める為、温室で休憩するのが定番になっていた。
「ふぁ〜〜……あったかい紅茶、サイコーれしゅねぇ……」
「ふふっ、ルカったら年寄り臭いわよ?」
サモワールで丁度良い濃さに調整した紅茶を飲みながら、私は幸せを噛み締めている。
ガーデンデーブルの向かい側に座るリーシュさんに微笑ましそうに見守られつつ、今日も訓練とお仕事で疲れた身体を癒やし、素敵な上司とのティータイムを満喫する……。
……うん、贅沢な時間の使い方だわ! 午後のティータイムが日課になるなんて、藤沢流歌だった頃には考えられなかった優雅な習慣だもん。
「えへへ……。だって、リーシュしゃんが淹れてくれるお茶がおいしーから……」
「そ、そんなに褒めたって何も出ないわよ?」
「むしろ、わたちがお茶菓子を出しちゃいましゅよ!」
言いながら、私は植物園に来る前にナザンタさんから貰っていた今日のおやつを、上着のポケットから取り出した。
今日の送り迎えはナザンタさんだったから、いつものように試作品のお菓子を貰ってたんだよね〜!
「その袋に入ってるのは……またあのお菓子好きの騎士さんから貰ったおやつかしら?」
「あい! 今日はクッキーを焼いてくれたらしいでしゅ!」
小袋に入れられていたクッキーを一枚取り出してみると、生地が可愛いお花形にくり抜かれていた。
その中心には、光沢のある真っ赤なジャムが乗っている。クッキーの甘い香りに混ざって、果物の爽やかな匂いも漂ってきた。
くんくん……。これは、苺ジャムの匂いだな!?
「リーシュしゃんも……はい、どーじょ!」
「んっ……! あ、ありがとう。一枚頂くわ」
うん……? リーシュさんの様子がちょっとおかしい……?
もしかして、彼女もジャムクッキーが好きだったりするのかな?
実はこのジャムクッキー、この前私がナザンタさんにリクエストして作ってもらった物だったりするんだよね!
私は早速手に取ったクッキーを一枚、口に運んでみる。
さっくりとした生地の歯応えと、香ばしい小麦と豊かなバターの香りが鼻を抜けていく。その中にねっとりとしたジャムの食感が混ざり、口の中でクッキー生地と一体化する。
最初は絶対苺ジャムだと思っていたのだけれど、よく味わってみると、私のよく知る苺とはまた一味違う甘みがあった。
苺以外にも他の果物も混ぜているのか、それともまた違う果物のジャムを使っているのか……。
けれども、今日のスッキリとした香りの紅茶には、ジャムの甘みがよく合うのだ。
「はあぁ〜〜! やっぱりジャムクッキーって、すっごくおいちーれしゅ!!」
「…………ッッ!!」
私が心のままに感想を曝け出すと、リーシュさんは咄嗟に口元を押さえていた。
クッキーでむせちゃったのかな? ちょっと心配……。
とにもかくにも、お菓子の中でも自分の好物が食べられると、最高に幸せな気分になれるよね〜! 疲れも不安も、全部吹き飛ぶっていうかさ!
これでまたこの後のお仕事も頑張れそうだな〜、なんて思っていたその時だった。
「……そ、そういえばなんだけど。お茶が済んだら、貴女は今日のお仕事は終わりで良いわよ」
「ふぇ? どうしてれしゅか?」
「この後、商会の人達と打ち合わせがあるんですって。軍師さんも同席して下さるみたいだから、迎えが来るまでゆっくりしていなさいな」
「う、打ち合わしぇ……?」
商会……っていうと、商人が経営している会社みたいなものだよね?
だけど、どうして私が商人さんと打ち合わせをする事になってるんだろう……。それも、エディさんが一緒だなんて。
話を聞いても全然ピンと来ないままだった私は、しばらくして温室にやって来たエディさんに連れられて、王宮の方に戻る事になった。
*
エディさんに手を引かれてやって来たのは、王宮の二階にある一室だった。
そこには既に商会の人達が待っていて、私とエディさんがやって来たのを見るとソファから立ち上がり、頭を下げてきた。
「お会い出来て光栄です、ルカお嬢様。私はリゼーア商会から参りました、アレカと申します」
アレカと名乗ったのは、物腰の柔らかい若い女性……なのだが、その頭上には真っ白なウサギの耳がピョコンと生えている。
それ以外は人間の女性と変わらない見た目だから、この人はエディさんのような動物の特徴を持った魔族なのだろう。
「そしてこちらは……」
「俺はリゼーア商会から護衛の依頼を受けております、傭兵のティズです」
続いて紹介されたのは、礼儀正しい青年だった。
特徴としては、戦う事が仕事であるから鎧を着ていて、腰に剣を差しているぐらいだ。商人のお姉さんとは違って、彼の方は外見だけで言えば、人間の男性にしか見えなかった。
……外見の特徴から種族が分かると、その弱点が相手に知られる危険があるという。
もしかすると、このお兄さんはエディさんのように、種族特有の特徴を隠している可能性があるんだよね。だって、ただの人間は魔族の国に居るはずがないらしいから……。
……ていうかさ!
さっき私、ルカお嬢様って呼ばれてたよね!?
私が魔王様の娘になったっていう話、この一ヶ月でかなり広まってるって事……なんだよね!?
いや〜! こうして全然知らない人に高貴な人扱いされるの、めちゃくちゃムズムズするぅ……!!
すると、そんな私のフワフワした気持ちをよそに、エディさんが口を開く。
「よぉ、久し振りだなぁアレカ! お前さんの兄さんは相変わらず元気でやってるのか?」
「ええ、兄は無駄に元気すぎて困ってしまうくらいですよ」
「ハハッ、それは大変そうだな! ところで、早速本題に入るが……」
親しげに挨拶を交わす二人。
同じ獣人同士だからなのか、それとも古い知り合いなのか……エディさんとアレカさんは、自然な空気感で会話をしている。
「今回は、魔王陛下直々のご依頼という事でしたが……?」
「ああ……リゼーア商会には、ある重大な仕事を任せたいんだ」
「と……仰いますと……?」
え……そんな真剣な仕事の打ち合わせに、どうして私が参加する事になってるんです……?
内心であわあわと焦っていると、エディさんはこう告げた。
「お前んとこの商会に、ルカの……
この子に一番よく似合う、最高の服を仕立ててもらいたい……!!」
……………………はい??
エディさんは、至って真面目な表情でそう言ってのけた。
「それはっ……! 確かに、とてつもなく重大な依頼に違いありませんね……!!」
「ああ、そうだろ!? こんなに可愛いルカの為に、その愛らしさを更に引き立てるような服を頼みたいんだ……! いつも同じ白のワンピースを洗浄魔法で綺麗にして着せてはいるんだが、女の子が一着しか服を持ってねぇなんて大問題だろ!?」
「ええ、ええ……! 一目そのお姿を拝見した瞬間からとんでもなく愛らしいお嬢様だとは思っておりましたが、まさか……まさかそのお洋服だけしかお持ちでないだなんてっ!!」
おっとぉ……?
このお姉さん、もしかしてエディさんと同じ波長の人じゃないですか……?
するとアレカさんは、私の前で目線が合うように屈み込む。
「ルカお嬢様……! お嬢様のお洋服は、この私が商人魂を懸けて、最高の物をご提供させて頂きますわ! これが仮に魔王陛下のご依頼でなくとも、きっと同じように決意していたに違いありませんもの……!」
「ぴ、ぴえぇ……!」
良い商品を届けようという、その決意は素晴らしい。
とても立派な商人さんだなとは思うのだけれど……!
真剣にお仕事に向き合う素敵な人ではあるんだろうけど、何だか圧が……熱量が凄いのよ……!!
思わず涙目になって戸惑う私とは対照的に、アレカさんはキラキラと瞳を輝かせていた。
「本日はお時間の許す限り、たっぷりと話し合いましょう! どうぞよろしくお願い致しますわね、ルカお嬢様っ!!」
こうして私は、お父様が直々に指名したという商人のお姉さんと共に、私の為に仕立てられる服についての打ち合わせに参加する事になるのだった……!