慰霊の地
魔馬車から降りると、私の頬を風が撫でた。
「ここが、私とナザンタの生まれた町──かつて『風の吹く町』と呼ばれていた、ゼルムの跡地だ」
少し先を歩いていくムウゼさんの背中を追って、私とナザンタさんも後に続く。
更にその後ろを、ちょこちょことシィダが跳ねるように追い掛けて来ている。
跡地というだけあって、辺りを見回すと、確かに昔は建物が建ち並んでいたのだろうと分かる痕跡が見受けられた。
僅かに残った、長方形の囲い……。あれは多分、崩れた家の壁だったんだろう。
壁の一部だけが残ったものもあれば、町のはずれの方には原型が分かる程に保存されている無人の建物もあった。
……やっぱり、この場所には見覚えがある。
あの白昼夢みたいなもので見た、ムウゼさんとナザンタさんの子供時代の光景──燃え盛る町の記憶。
あの時に見た町の雰囲気や家の配置が、大体同じ……というか、ほぼ完璧に一致しているように思う。
……もしかしたら私は、過去に起きた出来事を見る魔法が使えたりするのかな?
過去を見る……【過去視】っていうの?
エディさんが狼に姿を変えられるみたいに、私にもそういう不思議な能力があるのかもしれない。
まあ、自分の好きなタイミングで使えないのが玉に瑕ってやつかな……?
……でも、さ。
もし本当に私が【過去視】を使えたとして、あの光景は──過去のビジョンは、ムウゼさんとナザンタさんの暮らしていたこの町で、実際に起きていた事件っていう事になるんだよ。
それって……やっぱり、辛いよ。
何度あのビジョンを思い出しても、あの炎と煙に包まれた地獄のような景色が、ナザンタさんの泣き叫ぶ声が……嫌に鮮やかに蘇ってしまう。
「……そういえば、ルカちゃんにはまだ詳しく話をしてなかったよね?」
「……ふぇ?」
考え事をしながら歩いていたら、不意にナザンタさんが声を掛けてきた。
間の抜けた返事をしてしまったのは、どうか許してほしいです……!
「……ここってね、ボクと兄さんが子供の頃は、主に翠風の魔族が暮らしていた町だったんだ」
「すいふー……でしゅか?」
「我ら兄弟や、この町で育った者の多くは、翠風の魔族と呼ばれている。主に、風の魔法を得意する者が多かった為だな」
すると、ムウゼさんが途中で足を止めた。
そこには大きな石碑があり、何か字が刻まれている。
……これ、この世界の文字だよね?
だけど、どうしてだろう。私……この字、読めちゃうかもしれない。
『ムウゼの民、翠風に抱かれここに眠る』
と、書いてあるらしい。
ということは、この石碑は慰霊碑って事かな。
きっと、あの炎で沢山の人が巻き込まれて……その中には、ムウゼさんとナザンタさんのご両親も……。
すると、ムウゼさんが慰霊碑の前に膝を付いて、祈りを捧げた。
ナザンタさんもその隣に行き、同じポーズで静かに祈りを捧げている。
「……シィダ、おいで」
「キュウ!」
私が一声掛けると、近くに咲いていた花に気を取られていたシィダがすぐに駆け寄ってきた。
鎮魂の祈りを捧げる二人を真似て、私も慰霊碑の前で、彼らと同じように祈る。
あの炎の犠牲になってしまった町の人々の魂が、どうかいつまでも、安らかでありますように──と。
シィダも何となく空気を読んでくれたようで、私の隣でお座りの姿勢になりながら、静かに佇んでくれていた……
──その時だった。
「……っ!?」
背後から鋭利な刃物で突き刺されるような、激しい悪寒を感じて振り返る。
ムウゼさん達は私よりも先にその気配に反応して、私を守るように庇ってくれていた。
「何者だ!?」
「この殺気……尋常じゃないね。そこから動いちゃダメだよ、ルカちゃん」
と、ナザンタさんがチラリと背後の私に目を向けた。
……え、私達、殺気を向けられていたんですか?
ど、どうして!? 私、殺されなくちゃいけないような事してないと思うんですけど!?
それに、主人である私も狙われているせいだろう。
シィダも小さな牙を剥き出しにしながら、こちらに殺気を向けてくる何者かが居るであろう方向に威嚇している。
ムウゼさんは既に腰の剣を抜いていて、ナザンタさんからは強い力を発している感覚があった。
これは魔力……なのかな? いつでも敵に対応出来るように、魔法を使う準備をしているのかもしれない。
流石は王宮近衛騎士のツートップ、ムウゼ団長にナザンタ副団長だ。非常事態への反応速度が、とんでもなく素早い。
彼らが警戒する先には、焼け落ちた建物の残骸があった。
敵はきっと、あそこに身を隠しているのだろう。
……だけど、どうしていきなり襲われようとしているんだろう?
それからしばらく、胃がキリキリするような沈黙が続いた。
けれども、ある時急にフッと刺々しい気配が消えたのだ。
「……もう行った、かな?」
「こちらの力量を理解した……のだろうか。上位とまではいかぬだろうが、それなりの力を持つ魔物がこちらを狙ってきたのか……?」
「も、もう大丈夫……なんれしゅか……?」
「ああ、気配は感じられない。先程まであそこの影に感じられた強力な魔力反応も、ここからどんどん距離を空けているのが分かる。ここはもう安全であろう」
「よ、良かったぁ〜〜……!」
いきなり嫌な感覚がしたかと思ったら、殺気を向けられているなんて聞いてどうなる事かと焦ったけど……何事も無く終わったみたいで、本当に良かった……!
シィダもそれを理解しているらしく、もうあの残骸の方に興味は無い様子だった。
「さてと……ひとまず皆無事で済んだし、ゼルムの皆のお墓参りも終わった事だし……」
「残るは、ルカの仕事だけだな」
「……ありぇ? わたち、何をするんでちたっけ?」
首を傾げる私に、ナザンタさんが困ったように笑いながら言う。
「薬草採取! エディオン様に頼まれてたでしょ?」
「あ〜〜っ! そうでちた!」
「例の薬草であれば、ほれ。そこに咲いている花が、お目当ての品だ」
そう言ってムウゼさんが指差したのは、なんと先程シィダが気を取られていた花だったのだ。
可愛らしい薄紫色の細長い花びらが、内側から外に向かっていくつも伸びている。例えるなら、色違いのタンポポみたいな感じだった。
エディさんから聞いたところによると、今回必要になるのはこの薬草の根っこと花びらの部分らしい。
私は持参していた小さいスコップを使い、根っこを傷付けないようにしながら薬草を採取した。
そうして私達は魔馬車に乗り込み、王宮へ向けて出発する。
私達を見送るように、ゼルムの町跡に風が吹き、薄紫の花が揺れた。
季節はもう冬だというのに、ここに吹く風は春を思わせるように暖かく、包み込むように優しかった。
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