もう一人の『私』
これは、夢の中……なのだろうか?
見渡す限り、真っ白な場所。
……よく観察してみると、そこは壁も床も真っ白な、何もない部屋の中であるらしい。
『ほんとに……何も、ない……』
ぐるりと部屋を見回して私が見付けられたのは、ドア一枚だけ。
家具らしい家具は何も無く、壁には窓すらも無い。
『……何なの、この部屋』
それに、この感覚には覚えがある。
これが【夢の中】だと意識した状態でいる、この感覚──ムウゼさんとナザンタさんの少年時代の夢を見た、あの時と同じだった。
『それじゃあ……これも誰かの身に起きた、過去の出来事なの?』
そう思っていると、目の前のドアが外から開かれた。
『あっ……!』
そこから現れたのは、金髪の美しい女性。
……私、どうして今まで忘れていたんだろう。あの女の人は、この前夢の中で見た女の人じゃない!
どこか寂しそうで、辛そうな思いを押し隠したような……そんな人。
背中に大きくて真っ白な翼が生えたその女性は、幼女に転生した私とよく似た、古風なデザインの白いワンピースを着ている。
彼女は私の姿を見付けると、チラリと背後を気にしてから、そっとドアを閉めた。
「……おはよう。外は今日もよく晴れているわ。体調はどうかしら?」
貴女は誰なの?
そう問おうとした私の口は、心で思っているのとは全く違う動きをする。
「……べちゅに、フチュー……」
「普通……ね。元気だと解釈しておくわ」
あれ……?
喉から出ているのは私の声だけど、私が喋りたい内容とは全然違う。どうして……!?
それじゃあ、身体は動かせる……のかな?
けれども、一歩前に踏み出そうとした私の足は、うっすらと透けていた。まるで、幽霊のように……。
『えっ……!?』
驚いて振り向くと、そこにはやけに可愛らしい顔をした金髪の幼女が、ボーッとした表情で立っている。
『わ、わたちが……もう一人……!』
……いや、正確には違うのか。
これは多分、私の身体の持ち主が過去に体験した記憶だ。
私……【藤沢流歌】としての意識を持つ自分は、幽霊みたいに透けた姿で。
そして、この身体の持ち主である女の子──【もう一人のルカ】は、部屋の中央から一歩も動かずに立っていたのだ。
どうしてこんな事が起きているのか、全く理解が追い付かない。
だけどもこれは、ルカという女の子の謎を突き止めるチャンスでもある。
私がこの子の肉体に宿ってから、この子自身の意識はどうなっているのか。
何故彼女は、たった一人で紫の森に放置されてしまっていたのか。
そして、この子の両親はどこに居るのかを知りたい。
……私に子供は居ないけれど、こんなに小さな娘が行方不明になって平気でいられる親なんて、そうそう居ないはずだもの。
せめて、王宮で無事に暮らしている事ぐらいは伝えられたら……と、思ったから。
「……ルカ。今日は貴女に、大切なお話があります」
「おはなち……?」
そんな風に考え事をしていると、綺麗な女性が【ルカ】の前に両膝を付いて、しっかりと目線を合わせて言う。
「これから私が話す事は、誰にも言ってはなりません。……【あのお方】にも、です」
そうだ……【あのお方】。
前に見た夢の時にも、彼女が口に出していた人物だったはずだ。
それが誰なのか、分からない。
しかし、彼女の震える指先を見るに、【あのお方】とやらに知られては不味い話をしようとしているのは確実だった。
「もう少ししたら、貴女はここから離れなければなりません。……いいえ、逃げるというのが正しいわ」
「にげりゅ……?」
「ええ。私が、その機会を作ります」
例え、この命と引き換えにしても──と、彼女は続ける。
この女性は、自身の死を選んででも【ルカ】をここから逃がそうとしているのだ。
……そうしなければいけない何かが、この場所にはあるのだろう。
その何かに【あのお方】が関係していて、それを知られないよう、彼女は内密に行動しようとしている。
それが成功したから、私は紫の森でエディさんに見付けてもらえたんだね。
『……あれ? 待ってよ……それじゃあこの人は今、どこでどうしてりゅの……!?』
目の前で【ルカ】を抱き締めている彼女の頬を伝う涙を見ながら、私は背筋が凍るのを感じた。
*
「……キュ、キュウ!」
「んぅぅ……?」
甲高い鳴き声で、私の意識が浮上していく。
と同時に、生温かいものが私の顔をしっとりと濡らすのが分かった。
「なっ、舐めにゃいで〜!」
「キュッキュウ!」
どうやら私より先に目を覚ましていたらしい黒妖犬のシィダが、私の顔をペロペロと舐め回して、早く起こそうとしていたらしい。
「あっ、おはようルカちゃん! そろそろ朝食を食べに行こうと思ってたから、ボクが起こそうと思ってたんだけど……」
「んむむっ……シィダが、起こちてくれまちたね……!」
シィダに舐め回された顔を手の甲で拭っていると、それを見たナザンタさんがクスクスと笑っていた。
「兄さんは顔を洗いに行ってるから、ルカちゃんも行っておいで! 戻ったら朝食を摂って、それからすぐに魔馬車でゼルムに出発するからね」
「あーい! シィダも一緒にきましゅ?」
「キュウ!」
昨日シィダを洗った水場に行けば、顔を洗えるかな? 多分、ムウゼさんもそこに居るんだろうね。
私がベッドから降りると、シィダもピョンッと軽々飛び降りて、私の後ろをついて来る。
……うーん。何だか私、大事な事を忘れてるような気がする。
でも思い出せないって事は、そこまで大した内容じゃなかったのかなぁ?
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