太陽が沈んだら
二つしかない宿屋のベッドで、ムウゼさんとナザンタさんのどちらが私と添い寝をするのか。
近衛騎士の団長と副団長である彼ら兄弟は、どちらもその権利を譲る気は無いらしい。
「兄さん……ここは可愛い弟に出番を譲るべきじゃないかな?」
「いいや、お前にルカの安眠を守れるとは到底思えんな。お前の面倒をみてきた兄である私にこそ、ルカを預かる資格があるだろう」
「ぐぬぬ……!」
「むぅ……」
あらら……。
私としては、どちらでも構わないんだけど……そんなことを言ったら、真剣に私のお世話をしようとしてくれている二人の熱意に水を差しちゃうよね。
とはいえ、このまま二人が険悪なムードでいるのも困っちゃうなぁ。どうしたらムウゼさん達が仲直りしてくれるかな……?
……あ、そうだ!
「あ、あの……!」
「む……? どうかしたか、ルカ」
「わたち、お腹すいちゃいまちた。せっかくだし、どこかにごはんを食べにいきたいれしゅ!」
時間的にもそろそろ夕食に近いし、ひとまず他のことで気をそらしてみるのはどうかな?
美味しいものを食べたら気分も上がるから、冷静に話し合ってもらえると思うんだよね。
……というか、私と寝るのがそんなに重要なのかなぁ? よく分からないや。
すると私の提案に、ムウゼさんとナザンタさんがしばらく無言で見つめ合う。
「……そう、だな。私も腹が空いてきた」
「この話は、ルカちゃんのお腹を満たしてから……だね」
私の作戦は運良く通用したようで、先に町を巡って食事を済ませてくることになった。
*
「しゅご〜いっ! 色んなお店がいっぱいありましゅ〜!!」
「はしゃぎすぎて、はぐれないようにするのだぞ」
「あーい!」
宿から大通りの方に出ると、大勢の人々が行き交っていた。
お店の人の活気のある呼び掛けや、楽しそうに笑い合う賑やかな声。そして、あちこちから漂う美味しそうな匂い。
日が沈んできたからだろう。今日も一仕事終えたであろう人達が、仲間と一緒に酒場へ向かう姿も見えた。
あっちのお店は、何を売ってる所なんだろう? あ〜、向こうのお店も気になるなぁ……。全部見て回っていたら、キリがないよね。
日本の街中とは全く違う雰囲気に、私は自然と気持ちが浮き足立ってしまう。
すると、ナザンタさんが言う。
「この通りの先に、いつも兄さんと行ってる美味しいスープのお店があるんだ。迷子になったらいけないから、ボクと手を繋いで行こうね〜」
「なっ……!」
穏やかな口調で私の手を取ったナザンタさんと、何だか悔しそうな顔をしているムウゼさん。
さっきまで二人はピリピリしていたし、まだお互いに機嫌が悪いのかもしれないなぁ……。
よし! ここは私が何とかしないとだよね! 職場仲間の空気が悪くなるのは、良くないと思うのです。
私はもう片方の手をムウゼさんに向けて、
「ムウゼしゃんも、おてて繋いでくだしゃい!」
と、ポカンとした表情で私を見下ろす彼にそう告げた。
「せっかく三人でお出かけしてるんでしゅから、皆で仲良く歩きたいでしゅ! ……ダメ、でしゅか?」
「むっ……! だ、駄目では……ない……」
「ナジャンタしゃんも、いいでしゅか……?」
「ああっ……う、うん。全然いいよ!」
そうして、ムウゼさんは私よりも何倍も大きな手で、私の手をそっと握ってくれた。
しばらく無言のまま歩き続けて、目的のお店に到着する。
そこで出されたナザンタさんお勧めのスープは、確かに絶品だった。
甘くなるまでじっくり煮込まれた玉ねぎがたっぷり入っていて、玉ねぎ大好きな私にもお気に入りの一品になってしまったレベルだ。
これ……王宮でも作ってもらえないかな……?
毎朝でも飲みたいぐらいに美味しすぎるんだけど! シェフを呼びたまえ! お礼を言いたいし、レシピを貰いたい!!
……と、謎のテンションになってしまう程に最高な玉ねぎスープに感動しつつ、他の料理も楽しんだ。
お店を出て、私達は穏やかな夜風に吹かれながら、宿屋への道を進んでいく。
食事を終えた頃には、お腹が満たされたからか、ムウゼさんとナザンタさんも機嫌を直してくれたようだった。
やっぱり、美味しいものは世界を救うんだね。食べることは、生きる希望そのものだからね!
……あ、料理人さんにレシピ聞いてくるの忘れちゃった! あうぅ〜……王宮の料理人さんなら、この味を再現してくれるかなぁ?
──その時だった。
どこからか、か細い鳴き声が聞こえた。
「……今、何か聞こえましぇんでした?」
「……私は特に聞こえなかったが。ナザンタ、お前はどうだ?」
「うーん……ボクも、何か気になるような音はしなかったと思うけど。ルカちゃん、どんな音がしたのか教えてくれるかな?」
「ええっと……ワンちゃんとか猫ちゃんみたいな、そういう鳴き声に聞こえまちた!」
改めて耳を澄ませてみると……やはり、小さな鳴き声がする。
けれども、あまり良い予感はしない。苦しそうな……辛そうな声に聞こえたからだ。
「……兄さん、聞こえる?」
「いや、私の耳には……」
「ムウゼしゃん達には、聞こえない……?」
あの鳴き声は、どうやら私の耳にしか捉えられていないらしい。
それなら、私にしか見付けられない……!
私は、あの声のする方へと走り出す。
「ムウゼしゃん、ナジャンタしゃん! こっちの方から聞こえましゅ!」
「ま、待ってよ、ルカちゃん!」
「一人で行くな!」
待っててね。
私が行くまで、もう少し頑張って……!