垣間見たもの
ナザンタさんが落ち着いてから、私はリーシュさんと植物園の仕事に戻った。
そのまま夕方まで、色々な植物のお世話の仕方や、簡単な見分け方なんかを教わった。
……途中で少し眠くなっちゃったから、お昼寝休憩も貰ったりしたけどね! やる気はあっても、残念ながや体力は幼児レベルだからなぁ。
流石に今日一日だけでは覚えきれないことだらけだったけれど、これから少しずつ出来ることを増やしていこうと、私は心に誓う。
それから実は、王宮内には私のお部屋を用意してもらっていたりするのよね。
その場所というのが、魔界に来た最初の日にエディさんが私を寝かせていた、あの部屋だったのだ。
部屋は、王宮三階の突き当たり。ベッドとテーブルと椅子の他に、クローゼットも置かれている。バルコニーから外に出ることも出来るのだけれど、危ないから一人で出ないように言い付けられている。
仕事が終わってから夕食の時間までは、この部屋で待つようにしているんだよね。
こうしてしばらく窓から外の景色を眺めていたり、ベッドでゴロゴロしていると……。
「お待たせ、ルカちゃん!」
コンコン、とドアをノックする音がしてから、ナザンタさんが私の部屋にやって来る。
部屋に戻る時は、リーシュさんが付き添ってくれる。そして、夕食の為に食堂に向かわなくてはいけない時は、私の世話役であるナザンタさんかムウゼさん。それか、エディさんが迎えに来てくれる約束になっているのだ。
だって、階段の登り降りが大変だからね……。この短い手足が、早いところスラリと伸びてくれることを願うばかりだよ。
私は「うんしょ!」という掛け声と共に、ベッドからもそもそと降りる。
「お仕事おちゅかれさまでしゅ、ナジャンタしゃん!」
トテトテッとナザンタさんの側まで駆け寄ると、彼が私の目線に合わせてしゃがんでくれた。そうしてニッコリと、けれども申し訳無さそうな笑みを浮かべて言う。
「ルカちゃんも、初仕事お疲れ様。それと……お昼のパネトーネのこと、本当にごめんね」
「そのことはもう、気にしないでくだしゃい!」
「……ありがとう、ルカちゃん。キミって、本当に優しい子だね」
そう言って、籠手越しに私が痛くないようにと気遣いながら、ゆっくりと頭を撫でてくれるナザンタさん。
「しょんなこと……ないれすよ?」
「いいや、優しいよ。……優しすぎて、困っちゃうくらい」
僅かに声を震わせながら、彼は眉を八の字にして、私にそう告げた。
大食堂で彼がパネトーネを試食させてくれた時、彼は大の大人がそう簡単に見せるはずのない泣き顔を見せていた。
あの恐ろしいぐらい顔が整っていて、魔界統一の為に軍や騎士を揃えている魔王様に仕えているはずの、近衛騎士であるナザンタさん。
そんな彼が、他にも多くの人が居る場所であんな風に泣くだなんて……あの時、何かが彼の中で引き金となって、心の奥底にあった感情が爆発したとしか考えられない。
お菓子を食べるのも、作るのも大好きだという彼。
きっと私の知らない昔に、ナザンタさんのトラウマになるような出来事があったのだろう。
「…………」
私のような見知らぬ子供にも、リーシュさんや魔王様にだって、明るく元気な笑顔を振り撒くナザンタさん。
──私よりもずっと優しい心を持っているであろう彼の負担を、少しでも和らげることは出来ないのかな……?
そう思った、次の瞬間だった。
*
「……だ…………嫌だよ、兄さん!」
『えっ……!?』
気が付いたら、私は見知らぬ場所に立っていた。
燃え盛る炎。
焼ける家。
泣き叫ぶ少年と、家の中に引き返そうとする彼を必死に引き止める、もう一人の少年。
「やめろ! 今から戻っても、お前まで戻れなくなるぞ!」
「それでもいいッ! だって兄さん! まだ……まだ家の中には、父さんと母さんが居るのに……!!」
会話の流れから、私はあの二人の少年が兄弟であると察した。
そう感じた理由は……もう一つある。
『あの二人、金ぱちゅだ……ムウゼしゃんと、ナジャンタしゃんと同じ……髪の色……』
私が知っているムウゼさんとナザンタさんは、二十代ぐらいの外見をした大人だ。
けれども、この燃え盛る町の中に居る二人の少年は、近衛騎士の彼らによく似た外見をしている。
幼女になった私よりも暗い色をした金髪に、緑色の目──その特徴は、ムウゼさん達兄弟と同じだったのだ。
「止めないで、ムウゼ兄さん! このまま父さんと母さんが焼け死ぬのを待つだなんて、ボクには耐えられないッ……!!」
「……ダメだ! あの炎は、ただの炎じゃない。誰かがこの町を襲って、魔法で発生させた魔力の炎だ! 俺やナザンタだけでは、父さん達を助け出す前に死んでしまう……!」
ああ……これは、もしかして……。
『ムウゼしゃんとナジャンタしゃんの……過去の記憶……?』
呆然と立ち尽くすしかない私の目の前で、少年時代のナザンタさんがボロボロと涙を零しながら叫ぶ。
「やってみなくちゃ分からないでしょ!? お願い兄さん、離して……離してよぉぉぉ!!」
「無理だ……お前まで失うわけにはいかない……! 分かってくれ、ナザンタ……!!」
……素人目から見ても、火の手の速さが異常だった。ナザンタさん達の住んでいたであろう家は、既に屋根が焼け落ちて崩れている。
今から行っても、彼らの両親はもう──
*
「…………ん、ねえ……ルカちゃん、どうしたの?」
「……ふぇ?」
深い水の底に潜った後、急に水面から顔を出したような感覚で意識が浮上する。
きょろきょろと辺りを見回すと、ここは王宮……私の部屋に戻って来たようだった。
「ナジャンタ……しゃん……」
「急にボーッとしたかと思ったら、返事もしなくて……心配したよ!」
「ご、ごめんなしゃい! わたち……ずっとこの部屋にいまちたよね?」
「え? ……う、うん。ボクとルカちゃんは、ずっとキミの部屋に居るけど……それがどうかしたの?」
「それならいいんでしゅ!」
どうやら私は、さっきからこの部屋に居て、ナザンタさんの目の前でいきなりボーッとして、返事もせずに立っていた……らしい。
ナザンタさんの話を疑う理由も無いので、彼の言うことは間違いないはずだ。
だけど……私が今まで見ていたあの光景は、何だったんだろう?
どこもかしこも炎で埋め尽くされた町の中で、子供の頃のムウゼさんとナザンタさんが居た。あれは一体、どういう事なの……?
……もしも、あれが実際に過去に起きたものだったとしたら。
ナザンタさん達は、あの大火災を生き延びたってこと……だよね?
でも……それを彼に直接聞く勇気が出ない。あれが事実だったとするなら、尚更だ。
ナザンタさんの古傷を抉るような残酷なこと、私には出来ないよ……。
「……ナジャンタしゃん、そろそりょ食堂にいきましぇんか? ムウゼしゃんとエディしゃんと、リーシュおねーしゃんとも一緒に食べたいれしゅ!」
「そうだね。皆で楽しく食べようか!」
私が見たのは、単なる白昼夢のようなものだったのかもしれない。
仕事でとっても疲れたせいで、立ったまま眠ってしまった可能性だってあるからね。
……今はまだ、そういうことにしておきたい。
あんな悲惨な出来事が現実にあったことだなんて、思いたくないから。
今回はシリアス回ですが、今後癒し回もあるのでお楽しみに!
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