ナザンタのお菓子 前編
「とってもおいちかったれしゅ……しあわしぇ〜」
子供用のサイズではあったけれど、出された食事は全てペロリと平らげた私。
特にあのミートボールが、冗談抜きで絶品だったのだ。
デミグラスソース風味ではあるんだけれど、どこか懐かしい感じがする香りがしたんだよね。ケチャップとかウスターソースとかじゃなくて、もっと慣れ親しんだ匂いというか……。
あ〜! どうしても思い出せなくて、モヤモヤするよぅ!
何だったっけなぁ、あの独特の香ばしい匂い……。パンじゃなくて、白いご飯と一緒にかき込みたくなるあの味は……!
すると、一緒にランチ休憩をしていたリーシュさんが、テーブルの向かい側でクスクスと笑う。
「貴女、本当に幸せそうに食べるわよね。この前、団長さんと一緒にお茶会した時もそう。あの時のルカったら、とても美味しそうにカップケーキを食べていて……何だか、見ているこっちまで嬉しくなってくるような笑顔なのよね」
「えへへ……。だって、ここの食べ物、どれもとってもおいちいので……」
「……ええ、あたしもそう思うわ。あたしもここに来て初めて、食事ってこんなに楽しいものなんだって知ることが出来たから」
ここに来て、初めて……?
気になる発言をしたリーシュさんの表情は、どこか遠くを見詰めているようで……寂しそうに見える。
目の前の私と目が合っているはずなのに、何故だか彼女の意識は、私じゃない誰かに向かっているような気がした。
「……リーシュおねーしゃんって、しょくぶちゅえんの管理人しゃんになる前は、どんなお仕事をしていたんれしゅか?」
「え? ……うーん、そうね」
気になって質問してみると、リーシュさんはしばらく考えた後、口を開いた。
「実を言うと、あたしは元々この国の魔族じゃないのよ。……魔王様に、スカウトされたの」
「しゅかうと?」
「……あたし、父親との関係が上手くいってなくてね。それで色々と悩んでいた時期に、偶然魔王様と顔を合わせる機会があったの。その時に、あたしの能力を見込んだ彼が、私をここの植物園の管理人にスカウトしてきたってわけ」
「魔王しゃまと偶然会うなんて、そんなしゅごい偶然があるんれしゅね……!」
「本当、あたしもビックリしたわよ」
リーシュさんは食後のお茶を飲みながら、懐かしそうに昔話を語ってくれた。
……そっか。魔族の人でも、家族仲で悩んだりするんだね。
私がゲームやアニメなんかで知る魔族のイメージだと、リーシュさんみたいに家庭の問題で将来に悩んだり、生まれた国を離れて働きに出る話なんて、あんまり見ないからなぁ。
エディさんやムウゼさんに会った時にも思ったけれど、どうにもこの世界の魔族は悪者には見えないんだよね。
だってさ、魔族といえば魔王の命令で人間達を襲って、勇者に滅ぼされて世界が平和になって……みたいな物語を想像するじゃない?
それなのに、この王宮の人達はお茶会を楽しんだり、職場仲間と仲良くランチしてるし。さっきリーシュさんに聞いた話の通りなら、魔王様だって新年会に参加するんでしょ? ……まあ、魔界の統一っていう野望は抱いているみたいだけどね。
それ以外は、魔界は私が思っていた以上に平和な日常そのものなんだ。
「そういえば……」
と、リーシュさんがこちらに目を向ける。
「貴女のご両親、今どうしているかは……分からないの?」
「へっ?」
「……エディオン軍師に保護される前の状況が分かれば、貴女の家族を探してあげられるかもしれないじゃない。ルカはまだまだ小さいのだし、本来なら親元で育ってから働きに出るべきだと思ったものだから」
……残念だけど、私の身体の持ち主についての情報は皆無なんだよねぇ。
私が光の魔力持ちで、魔族ではない何者か──ということまでは、リーシュさんも知っている。けれど、それ以外の事柄は私にも全く知りようが無い。
心配してくれているリーシュさんの気持ちは、とても有難い。だから私は、曖昧に笑ってごまかすしか方法が思い浮かばなかった。
「へへ……ごめんなしゃい。王宮に来るより前のことは、よくおぼえてないんれしゅ」
「そうなの……。でも、何か少しでも手掛かりになるようなことを思い出せたら、いつでも言って頂戴。あたしも団長さんも……それに魔王様だって、きっと貴女の力になって下さるはずよ」
「あい。あいがとーごじゃいましゅ」
私は改めて、リーシュさんの優しさを噛み締める。
しかし同時に、私の中身はこの世界の住人ですらないことを黙っている罪悪感が、ジクリ……と心を突き刺してくるのだ。
……今の私は、どこからどう見ても三歳前後の幼児でしかない。
そんな私が『自分はこの世界の住人ではなくて、魂だけ別人の異世界人なんです』と言ったところで、子供の妄想逞しい冗談だと思われる確率が高いように感じる。
いくらリーシュさんやエディさん達が優しい人達だからといって、日本に居た頃の藤沢流歌の姿ではなく、魔力持ちの金髪幼女の言葉を信用してくれるだろうか?
けれども……真実を隠し続けて、私がまだ子供だからと親切にしてくれている人達を利用している状態なのは、とても心苦しい。
私がもっと大きくなって、植物園でバリバリ頑張って働いて、王宮の皆から一人前として認めてもらえたら……。
そうしたら、本当のことを打ち明けても……私の言葉を、信じてもらえるのかな?
下手に動いて、エディさんや皆に白い眼で見られるのは、絶対に嫌だもん……!
……よし、私決めたよ。
当面の目標は、【植物園管理人補佐のルカ】として信頼を得ること。
その為にも、この後のお仕事もバッチリ頑張らないとだよね! うん、やってやりますとも!!
私は気合いを入れ直して、飲み頃になったお茶を一気に飲み干した。
……その時、食堂の奥──厨房の方から、甘い香りがふわりと漂ってきた。
厨房は食堂と隣り合わせになっていて、カウンター越しに給仕さんが料理を受け取る構造になっている。
私達が来た時には気付かなかったけれど、お昼時を過ぎたからか、厨房の中で働く料理人さんの人数が減っていた。そのお陰……というものなんだけど、何故か厨房内に見覚えのある金色の髪が見えたのだ。
「皆〜! 焼きたてのパネトーネが出来たから、食後のおやつに一切れどうかな?」
そう言って、王冠のような形をした白い塊をお皿に乗せたナザンタさんが、食堂に居る私達の方へとやって来た。