初めてのお仕事
私の身体の持ち主は、光属性を操る幼女だったらしい。
植物園で育てられていた水晶花の花びらが、私の中の光の魔力と反応した結果、そうだと判明したのだ。
けれども、それを知ったムウゼさんとリーシュさんの顔色が一変し……魔王のヴェルカズ様と、エディさんに報告することになった。
どうやらこの世界では、魔族には光属性が使えないのだという。
要するに、私は魔界では異端な存在だった。
皆の話から察するに、私は魔族ではない何者かであるらしいのだ。
このままじゃ王宮を追い出されるか、敵として魔王様に命を奪われる──
「……ルカよ。魔界の正統な支配者たる私の身体には、魔界のあらゆる種族の血の根源が流れておる。故に私は、貴様を一目見た時から、貴様が魔族ではない事を知っていた」
……そう思っていたのだけれど、現実は違っていた。
「……理由は、至極単純。エディオンが拾ってきたからだ」
私はエディさんに拾われて、この王宮にやって来た。
魔王様は、彼の友人であるエディさんを信用して、私のことをこのまま王宮に置いてくれると言った。
魔王様とエディさんが、どれだけ信頼の厚い間柄なのか……私には想像することしか出来ない。けれど、エディさんのお陰で、私はまた命拾いしたのだと理解した。
私自身、この身体の本来の持ち主がどこで生まれて、私がこの身体に宿るまでどうしていたのか……全く分からない。
それでもエディさんは、紫の森で私を見付けてくれた。王宮に連れて行ってくれた。
怪しい幼女でしかない、魔族でもない私を、魔王様は切り捨てなかった。
それに──
「それじゃあルカ、次はこの肥料を撒いてもらえるかしら?」
「あーい! まかしぇてくらしゃい!」
私がこの世界……ヴィオレ魔導王国の一員となって三日が経った頃、『植物園管理人補佐』という役職が与えられたのだ。
それまでは、私のお世話係のムウゼさんとナザンタさんの兄弟と、時々エディさんが加わりながら、王宮の中を色々と案内してもらっていたのよね。
厨房のお仕事の見学とか、物凄く広い地下図書館の中でムウゼさんとはぐれちゃったり……。
後は……そうそう! ナザンタさんにおやつを貰ったり、リーシュさんとまたお茶会をしたりもしたんだよ。結構、充実した時間を過ごすことが出来ました!
そういう訳で、私が魔王様から植物園管理人補佐……つまり、リーシュさんの助手に任命されたのが昨日のこと。その初仕事は、今日からなんだよね。
私はリーシュさんから渡された小袋を手に、鉢植えの中に小粒の肥料を撒いていく。
この肥料は、なんとあの黒髪イケメン魔王様が調合したものなんだって!
リーシュさんが植物の生育不良について相談したら、次の日にこれを作って持って来たんだそうだ。彼女がそれを使ってみたところ、効果は的面。なかなか上手く育たなかったお花が、すくすくと成長するようになったらしい。
相談を受けた翌日に、きちんと効果を発揮する肥料を作れる魔王様は凄いよね。……でも、あの冷酷オーラが凄まじい魔王様に相談が出来るリーシュさんも、かなり肝が座ってると思うんだ。
私なんて、自分が魔族じゃないって知ったあの日以来、どうにも苦手意識が芽生えちゃって……。トラウマっていうのか、単純に魔王様が怖いっていうか……一対一じゃ、とてもじゃないけど話なんて出来そうにない。
そんな不敬極まりないことを考えているうちに、私は頼まれていた分の鉢植えに肥料を撒き終わっていた。
「リーシュおねーしゃん、これで大丈夫れすか?」
他の植物のチェックをしていたリーシュさんに声を掛けると、彼女は作業の手を止め、こちらへやって来る。
「……ええ、ちゃんと指示通りこなせているわね。偉いわよ、ルカ」
「えへへっ」
そう言って、リーシュさんは穏やかな笑みを浮かべ、私の頭を優しく撫でてくれた。
……リーシュさん、私にはこうして普通に笑ってくれるんだよね。
初めて植物園に来た時も、彼女は鼻歌を歌いながら水やりをしていた。あの時と同じ笑顔を、リーシュさんは私に向けてくれているのだ。
それなのに、ムウゼさんやナザンタさんの前では、いつも澄ました顔をしているのだ。
男の人が苦手なのか、子供や植物にはいつも優しくしているだけなのか……よく分からないけどね。
「リーシュおねーしゃん。ちゅぎは、どんなお仕事をしゅればいいれしゅか?」
「張り切りすぎて、初日からバテないようにしなさいよ?」
「あーい!」
「ふふっ、頼もしいお返事ね」
とにかく今は、管理人補佐として色々と仕事を覚えていかないと!
このガラスドームの植物園では、魔王様にお出しするお茶の材料や、薬の素材になる植物なんかを育てているらしい。
私がやれることが増えていけば、それら全てを一人で管理しているリーシュさんの負担を、少しは和らげることが出来るだろう。
最初は魔界に来ただなんてどうしようかと思っていたけれど、王宮の人達は皆親切にしてくれている。私のお茶会仲間で、職場の先輩でもあるリーシュさんも、その一人。
私がお仕事を頑張ることで、ちょっとでも皆への恩返しになれば良いなぁ……なんて思うのです。
……私が魔族じゃないことを知っているのは、三日前に応接室に居た魔王様とエディさん、ムウゼさんとナザンタさんの四人。そして、目の前で水晶花の色が白くなったのを見たリーシュさんだけだ。
このことが外部に漏れれば、私の存在を危険視する勢力に狙われる恐れがあるらしい。
なので、今後は私の魔力属性については秘匿しつつ、ひとまず植物園で働くことが決定したのだった。
結局のところ、私が魔族でないのなら何者なのか、よく分からないらしい。
全ての魔族の根源……? だという魔王様にも分からないんだから、どうしようもないよね。
それから引き続き、私はリーシュさんの指示に従って彼女のお仕事を手伝っていた。
植物園での初めての仕事は、時間が経つのがあっという間だった。
「ねえ、そろそろお昼にしましょうか」
夢中でお仕事に没頭していたら、腹の虫がぐうっと鳴った。
「あっ……!」
「今日は、朝からずっと頑張ってくれていたものね。うふふっ、早く食堂に向かいましょうね」
「ううぅ……おなかペコペコれしゅ〜」
私のお腹の音でクスクス笑うリーシュさんに、手を引かれていく。
二人で「今日のメニューは何だろう?」なんて他愛もない話をしながら、私達は青空が広がる王宮の庭へと出た。