信じる理由(ヴェルカズ視点)
この魔王ヴェルカズは、魔界全土を支配すべき絶対至高の存在である。
その私の唯一の友であるエディオンは、私の隣で覇道を歩むに相応しい男であると、迷い無く断言出来る。
……しかし、エディオンの放浪癖には、長年手を焼いているのも事実であった。
彼奴は我が魔導王国内だけに留まらず、愚かな人類の棲まう大陸にまで足を運んだ過去がある。人狼の血を継ぐが故なのか、衝動的に外へ駆け出さねば、気持ちが落ち着かないらしいのだ。
そうして今度もエディオンは、いつものように妙なものを拾ってきおった。
金髪に、空色の瞳の小娘──ルカと名乗る幼子。
正統な魔王の血統である私には、一目見て理解出来た。
あの小娘には、下手をすればこの私をも凌駕する可能性が、秘められているのだと……。
ムウゼをルカの世話役に任命し、二人が部屋を出て行った後の事。
「……エディオン、貴様の事だ。古き炎の悪魔の血を継ぐ貴様であれば、あの小娘が何者であるのか……既に知っておるのだろう?」
ソファに腰を下ろしたまま、名残惜しそうにドアの向こうを見詰めるエディオンに問うた。
すると彼奴は、ニヤリと意地の悪い笑みを浮かべて言う。
「やっぱりバレてたか? 流石は我らが正統なる魔王、ヴェルカズ陛下だ。……と来ればよ、俺がアイツをどうしようとしてるかも、もう分かってんだろ?」
「フン、当然であろう。あの小娘は、理由は分からぬが孤立している天使の子。我らが手懐け教育を施せば、我が軍において欠かせぬ戦力となろうぞ」
「ああ……。だがヴェルカズ、それだけじゃねぇぜ?」
「何……?」
魔界統一の目的を果たす以外に、あの小娘に別の利用価値があるだと……?
流石は我が友、エディオンよ。この私にすら思い至らぬルカの価値に気付いておるとは、友として鼻が高い。
「あのなぁ、ヴェルカズ。ルカはな……」
「……ルカは、何なのだ」
「ルカは……
ルカは将来、すんげぇ美人になるぜ! 今ですら食べちまいそうなぐらい可愛いってのに、年頃の娘になったらどうなっちまうと思う!? あんまりにも可愛すぎて、どこにも嫁に出したくなくなるに決まってるぜ! お前もそう思うだろ、ヴェルカズ!?」
「…………あの小娘の見目が良いのは、まあ認めるが」
そういえば、此奴は子供好きであったのを忘れておったわ。
まだ子供であった頃のムウゼとナザンタを拾ってきたのも、エディオンの独断であったな……。何なのだ、定期的に子供を拾うのが人狼族の習性なのか?
仮にも貴様は四大悪魔貴族の代表であるのだから、せめて私に話を通してから王宮に入れろと、五百年前にキツく言い付けておいたはずなのだが……。
というか、人狼でもあるエディオンが「食べたくなる」などと言うと、冗談では済まない可能性もあるのが厄介だ。
呆れて物も言えずにいると、今度はナザンタの奴が訪ねて来る。
話を聞いてやると、兄のムウゼだけでは子供の世話など任せられないから、自分もルカの世話役をさせてほしいと言ってきたではないか。
「全く……どいつもこいつも、あの小娘一人に心を乱されすぎてはおらぬか?」
「でもでも、ヴェルカズ様だって、ルカちゃんのこと可愛い子だなって思いますよね?」
「きっとムウゼのヤツだって、ほんの数日もすればルカにベッタリ付きっきりになるだろうぜ。……ああ、どうせなら俺様もルカの世話役に立候補しようかな?」
「それは名案ですよ、エディオン様! ボクと兄さんとエディオン様の三人で、交代でルカちゃんのお世話をしてあげましょうよ!」
……エディオンだけでなく、ナザンタも骨抜きか。
もしやこれが、天使の成せる業なのか……?
こうして我が軍に天使の子を送り込み、すっかり腑抜けになったところを一気に攻め込む作戦か。
天使共め……。このヴェルカズが、小娘一人如きに絆されると思うでないわ!
「エディオン! ナザンタ! 貴様ら、小娘如きにギャアギャアと──」
「ヴェルカズ様、エディオン様! 私です、近衛騎士団長ムウゼにございます……!」
二人に一度キツく言ってやらねばと思い至ったその時、普段はノックも無しにドアを開けるはずのないムウゼが、やけに焦った様子で部屋に飛び込んで来た。
あの小娘を抱き抱えた状態で、大急ぎで戻って来たのだろう。小娘の方はというと、何が何だか分からぬといった様子だ。
「何事だ、ムウゼ」
「無作法につきましては、後程改めて処罰を受け入れます。しかし、至急お二方にお伝えせねばならぬ事があるのです……!」
ムウゼは小娘を床に下ろすと、植物園での出来事について語り始めた。
どうやらルカがリーシュから植物園について話をしている最中、水晶花の効果で魔力属性の反応を試したのだという。その結果、ルカには魔族が持ち合わせるはずのない光属性が宿っていると判明した。
魔族ではない者──それ即ち、魔界の敵である。
「いくら小娘といえど、光を扱うルカは我らに敵対する存在にございます。そのような者を、ヴェルカズ様の王宮に置いておく訳にはいきますまい……」
そう告げたムウゼの顔は、酷く憔悴していた。
エディオンはああ言っていたが、実際のところ、ムウゼも既にルカに絆されてしまっていたようだな。
エディオンとムウゼ、そしてナザンタが、私の判断を待っている。
敵対存在だと告げられたルカはというと、事の重大さを理解したのか、血の気の引いた顔をして震えていた。
……ふむ。やはりこの小娘、相当に聡いぞ。
我らの会話を理解するだけでなく、自身がこの先どのような扱いを受けるのか、ある程度の想像が付いているのだろう。
「……ルカよ。魔界の正統な支配者たる私の身体には、魔界のあらゆる種族の血の根源が流れておる。故に私は、貴様を一目見た時から、貴様が魔族ではない事を知っていた」
「な……ならばヴェルカズ様。貴方様は何故、この娘を王宮に置くと仰ったのです!?」
ムウゼの疑問は、抱いて当然のものだ。
魔界の住人ではない異物を、何故……と。
「……理由は、至極単純。エディオンが拾ってきたからだ」
「…………はい?」
「エディしゃんが……?」
エディオンが拾ってきたものは、人も物も問わず、私の為に貢献するものばかりであった。
私がこのヴィオレ魔導王国を継いでしばらくした後、戦争孤児であったムウゼとナザンタを連れて帰って来た。
当初は「子供など役に立たぬから捨ててこい」と言ったのだが、エディオンは「コイツらはいつか、絶対に強い戦士になれる! 俺がそう育ててやる!」と豪語した。
結果は見事、兄弟揃って近衛騎士の団長と副団長を務めるまでに成り上がった。
彼奴が人類大陸から持ち帰った、サモワールもそうだ。
私は研究の合間に茶を嗜むのだが、魔族には繊細な舌を持つ者がそう多くない。
茶葉を入れすぎた茶は、渋くて飲めたものではないし、私好みの茶を用意出来る者はナザンタぐらいのものだった。
けれども、茶が冷める度にナザンタに淹れ直させるのも、彼奴を召使いのように扱っているようで気分が悪いのだ。ナザンタは召使いではなく、立派な騎士なのだから。
だがある日、エディオンが持ち帰ったサモワールが、我が国の茶の文化に革命を起こした。
サモワールを使えば、濃すぎる茶も適度な味にまで薄めて飲む事が出来る。
正しい休息は、良い研究結果を生むには必要なものだ。突然エディオンが姿を消した時は何事かと思ったが、サモワールの機能性を評価し、その後の無断外出には多少目を瞑ることにした。
……つまり、エディオンはものを見る目があるのだ。
ムウゼやナザンタ、サモワールを拾ってきたのと同様に、ルカもいつの日か私の役に立つ日がやって来る。
それだけの単純な理由だが、私がそれだけエディオンを信頼しているという証明でもあった。
「……ルカは、今後も我が王宮に置く。世話役はムウゼとナザンタが行い、必要があればエディオンの手も借りるが良い」
「は……はっ、承知致しました……!」
「ありがとうございます、ヴェルカズ様! ……良かったね、ルカちゃん!」
「あ……あい! あいがとーごじゃいましゅ……あいがとー、ごじゃいましゅ……!」
……どうせ、エディオンは勝手に小娘の様子を見に行くつもりだったろうがな。
それにしても……だ。半泣きで何度も礼を言う天使の小娘には、そのうち正式な職務と、親代わりの後見人を立ててやらねばならぬな。
末永く我が王宮で面倒を見る事になるのなら、あの小娘が成人すれば、政略結婚のカードとしても使えるな。となると、若い魔族のムウゼやナザンタには任せられんな……。
とはいえ、エディオンは親馬鹿になりそうだから却下だ。リーシュは何かと面倒な立場であるし……。
……ん? となると……私が適任なのか……?
「……次期魔王、か」
私はこの先も結婚するつもりは無いから、いずれ後継者を選ばねばならぬ身であるが。
莫大な魔力を有する天使の子が後継となるのなら、寿命から考えても、かなり有力な後継者候補なのでは……?
……うむ、前向きに考えてみるとするか。
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