植物園でのお茶会 後編
リーシュさんが淹れてくれたお茶を、サモワールで沸かしたお湯で丁度良い濃さに調整する。
カップに注がれたお茶は、私のよく知る紅茶とよく似た色をしていた。
「熱いから、気を付けて飲むのよ?」
「あーい! いただきまーしゅ!」
私はホカホカと湯気が立ち昇るティーカップを手に取って、ふぅふぅと息を吹き掛ける。今の私は幼女なんだから、安全に飲める温度になるまで待たないと、絶対火傷しそうだもんね。
顔の近くまでカップを寄せると、お茶から芳醇な香りが漂ってきた。
「いいにおいがしましゅ……」
それから、そうっとカップに口を付けた。
「あちゅっ!」
「だ、大丈夫か!?」
思っていたより、まだお茶は冷めていなかったらしい。
私が熱がったせいで、ムウゼさんがガタッ! と椅子から立ち上がり、私の顔を心配そうに覗き込む。
リーシュさんも不安そうな顔をして、こちらを見詰めていた。
「ら、らいじょーぶれす! 淹れたてのお茶を飲むなんて久しぶりだったかりゃ、ちょっとビックリしちゃっただけれしゅよ」
「本当に、大丈夫なのか……?」
「あたしに気を遣って、無理をしてはいない?」
「そんなことないれしゅ! 見ててくだしゃい」
と、もう一度お茶をふぅふぅして冷ます私。
今度こそ飲み頃になるまで待ってから、落ち着いて口の中にお茶を流し込んでいく。
……うん、ちゃんと飲めた! それに、お砂糖も入れてないのに、飲みやすくて美味しい〜!
「このお茶、さっぱりしてて美味しいれしゅね!」
そうして、今度はナザンタさんから貰ったカップケーキにかぶりつく。
「んんん〜〜〜〜っ!!」
お花を模した甘さ控えめのクリームと、香り高いバターの生地が、見事なバランスで調和していた。トッピングで誤魔化してるんじゃない、素材の良さが際立つ逸品。
朝のパンケーキもそうだったけど、そもそも生地が美味しいんだよね! あれもこれも、王宮の料理人さんが作ったものなのかな? それなら、毎日のご飯が物凄く楽しみになっちゃうなぁ!
それからこれ、これですよ!
クリームとケーキで甘々になったお口に、スッキリした飲み心地のリーシュさん自慢のお茶を流し込めば……。
「ふぅ〜……しあわしぇの味がしましゅ……」
美味しいお菓子に、美味しいお茶。
この組み合わせに幸せを感じない人なんて、きっと居ないよね……! 温かいお茶で心もリラックスして、思わず顔が緩んじゃうもの。
すると、私が火傷をしていないと分かったムウゼさんとリーシュさんは、とても安心した表情を浮かべていた。
ううぅ……余計な心配をかけちゃって、ごめんなさい……!
「……熱いと言ったものだから、もしや火傷をしてしまったのかと思ったが」
「どうやら、あたし達の早とちりだったみたいね。お口に合ったようで、何よりだわ」
「ごめんなしゃい……」
「いいのよ、ルカ」
俯く私の頭を、リーシュさんが優しく撫でてくれる。
「あたしはね、自分の作ったお茶を美味しく飲んでもらえるだけで嬉しいのよ。だから、もう気にしないで」
「え……? このお茶、リーシュおねーしゃんが?」
「そうよ。だってあたし、この植物園の管理人なんですもの」
*
「リーシュおねーしゃん。このお花、どうちて花びらが透明なんれしゅか?」
お茶会を終えた私は、リーシュさんに植物園の中を案内してもらっていた。私がリーシュさんに手を引かれながら、ムウゼさんがその後ろを付いていく形だ。
さっき飲ませてもらったお茶は、何とリーシュさんがここで育てた花やハーブで作った自家製のお茶だったという。
そのお茶は魔王様にも献上している品だというし、魔王様の研究にも、この植物園は欠かせない存在であるらしい。
思い返してみれば、初めて魔王様に会った時、魔王様は部屋で何かの実験をしていたような気がする。薬っぽい臭いと、沢山の瓶がある部屋だったからね。
だから、リーシュさんの『植物園管理人』というお仕事も、この王宮の立派なお役目の一つ。そのお手伝いぐらいなら、私にも出来るんじゃないか──というのが、リーシュさんの考えだった。
「この花は水晶花といって、普段はこんな風に透き通った花弁をしているの。でも……ほら、見てみて」
そう言って、リーシュさんが片手で水晶花の花びらを一枚手に取って、そっと外す。
私の身長と同じぐらいの背丈の花は、彼女がその花びらを千切ると、少しずつ色が変化していった。
「水晶花は魔力と反応して、花弁を染める特別な花なの。例えば、あたしが触った花びらは……」
「きれーな緑色になりまちた!」
ついさっきまで無色透明だった花びらが、リーシュさんの指先で澄んだエメラルドのような色に染まっている。
「あたしの魔力は、風……。それを象徴する緑色に、水晶花が反応したのよ。ねえ、ルカもやってみる?」
「いいんでしゅか!? やってみたいれしゅ!」
「それじゃあ、ルカはこの小さい方にしてみましょうか」
「あーい!」
リーシュさんに促され、私は少し小さめの水晶花から花びらをむしった。これなら私の身長でも、手が届くからね。
いざ触ってみると、水晶花の花びらはちょっとひんやりしていた。
そのまましばらく色が変わるのを待っていると、指に触れた部分から、じんわりと花びらが変化していく。
「これは……!?」
後ろで様子を見ていたムウゼさんが、息を呑むのが分かった。
私が手に取った花びらは、真っ白に変わっている。リーシュさんのエメラルド色とはまた違って、元々白い花だったかのように、透明感の無い濃い白だった。
風の魔力が緑色っていうのは何となく分かるけれど、白って何だろう? ……もしかして、何も無しとかある?
「あの、白ってどんな魔力なんれしゅか……?」
私の問いに、ムウゼさんとリーシュさんが無言で顔を見合わせる。
あれ……? これって本当に、何の特徴も無い魔力の証だったりしちゃいます!?
内心あわあわし始めた頃、ムウゼさんが何かを覚悟したように口を開いた。
「……ルカよ。よく聞け」
「あ、あい」
「お前の魔力属性は……光、だ」
「ひかり……?」
「それもこれは、Sランク判定は確実な程のものでは……?」
ああ、思い出した。
元の世界に居た頃にやっていたゲームで、魔法に属性がある作品は色々あった。
大体のゲームだと、炎と水と風と土。そこに光と闇とか、氷や雷なんかの属性もあったりしたんだよね。
そうなると……白い魔力は、光属性っていうことだったんだね。
光の魔法って、どんなのがあるのかな? 私も練習したら、ゲームのキャラみたいにカッコいい魔法が使えるようになるのかな〜!
それに、ランクっていうのがあるみたいだね。Sランクって、もしかして最高レベルだったりする!? もしかして私、とんでもない魔法の才能があるのかな!
……なんて、呑気に思いを馳せていたら。
「……魔族には、光を扱える者は居ないのだ」
「…………え?」
魔族には、光属性は使えない?
それじゃあ私は……この身体の持ち主は……魔族じゃないのに、魔界に居たってこと?
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