真面目と不真面目
突然大泣きした私に、クリームの花で飾られたカップケーキをくれたお兄さん。
私の泣き声のせいで訓練場に居た騎士さん達の視線が集まる中、もう一つのカップケーキを片手に微笑むお兄さんに、ムウゼさんが怪訝な顔をして訊ねた。
「……おい、ナザンタ。またお前は、訓練場に菓子なぞ持ち込みおって……。お前も名誉ある近衛騎士の一員であるならば、もう少し真面目にやらんか」
ナザンタと呼ばれた彼は、ムウゼさんに怒られているのにケロッとした様子で言葉を返す。
「えー? 兄さんはそう言うけどさ、ボクが持っていたお菓子のお陰でこの子も泣き止んでくれたみたいだけどな〜」
「ぐっ……! そ、それを言われると、反論出来ん……」
「そうでしょ、そうでしょ? 兄さんなんて狼狽えるばっかりで、全然役に立ってなかったじゃない」
「ムゥ……」
小さく唸り声を上げて、黙り込んでしまうムウゼさん。
それにしても、今なんかサラッと新事実が発覚しませんでした? 私の聞き間違いじゃなければ、確かに「兄さん」って言ってたよね?
私は、目元に残った涙を手の甲で拭ってから、改めて二人に質問する。
「あ、あの……今、ムウゼしゃんのこと、にーしゃんって呼んでまちたよね? もちかちて、二人はきょうだいなんれすか?」
「……ああ。このナザンタは、私の弟だ」
「初めまして! ねえねえキミ、どうして兄さんと一緒に居るの? 近衛の誰かの子供……って感じはしないけど、迷子ってワケでもなさそうだよね」
当然の疑問を抱くナザンタさんに、ムウゼさんが簡単に説明してくれた。
「へぇ〜、兄さんがルカちゃんのお世話係にねぇ……。確かに兄さんは仕事をキッチリこなすタイプだけど、さっきみたいに泣いてるルカちゃんをどうにも出来なかったのに、本当に大丈夫なの?」
ナザンタさんは心配そうに眉を下げて、私とムウゼさんを見る。
するとムウゼさんは、
「……ナザンタの言う通り、私はまだまだ未熟。しかし、ヴェルカズ様とエディオン様に与えられたこの役目を、中途半端に投げ出すような真似はせん!」
真剣な面持ちで、堂々と言い放ったのだ。
それに……と、ムウゼさんは更に言葉を続ける。
「私は、ルカに誓ったのだ。ルカが立派な大人として、ヴェルカズ様に仕える王宮の一員となる日まで……私が側で守るのだと」
「ふーん……。大人になるまで、かぁ」
ムウゼさんの覚悟を聞き届けたナザンタさんは、何かが引っかかっているような、寂しそうなような……そんな表情を浮かべていた。
けれども、それはほんの数秒の話。すぐに明るい笑顔に戻ったナザンタさんは、うんうんと頷きながらこう答えた。
「うん、兄さんの本気は伝わったよ!」
「そうか……。それではナザンタ、お前には近衛の副団長として、私の──」
「だからボクも、兄さんを手伝ってあげることに決めたよ!」
「…………は?」
予想外のナザンタさんの発言に、ムウゼさんはいきなり何を言われたのか、理解しきれていないらしい。
もしやこの兄弟、実は主導権を握っているのは、弟の方だったりするのかしら……?
すると、ナザンタさんはおもむろにカップケーキにかぶり付き、あっという間に完食する。
「……うん、ちゃんと美味しく出来てる! ルカちゃん、食べたら後で感想聞かせてね?」
「あ、あい! わかりまちた!」
「それじゃあボクは、これからヴェルカズ様にボクもルカちゃんのお世話係になって良いかどうか、直接聞いてくるからさ! 兄さん、またルカちゃんを泣かせたりしちゃダメなんだからね?」
じゃあ、また後でねー! と言い残し、ナザンタさんは風のように訓練場を去っていった。
ふと隣のムウゼさんの顔を見上げると、彼は大きな溜息を吐いて頭を押さえている。
「ナザンタの奴め、最後まで他人の話を聞かぬ癖は子供の頃から変わらんな……」
「ナジャンタしゃん、大丈夫でしゅかね……?」
「……分からん。だがまあ、あいつのことだ。本当に世話役を勝ち取って来るだろうよ」
慎重そうな兄のムウゼさんに対して、普段から思い付きで行動するらしい弟のナザンタさん。
私にも弟が居たから分かるけど、きょうだいって同じ環境で育ったはずなのに、性格は正反対だったりするんだよね。
……そういえば、私が転生した後の事ってどうなってるんだろ。
仕事帰りに行方不明になっているのか、事故か何かに巻き込まれたのか……この世界に来る直前の記憶が定かじゃないから、よく分からないんだけどさ。
私の弟やお父さん、お母さんは、今頃どうしてるのかなぁ……。
ぼんやりと家族について考えていると、頭上でムウゼさんの声がした。
「近衛騎士団の運営に関しては、常に王宮内に居る分には支障は出まい。本来ならば、私がルカから離れられない時には、ナザンタに騎士団を任せておくつもりだったのだがな。どちらか手の空いている方が、彼らの指導にあたるとするか」
「……わたちのせいで、ムウゼしゃんのお仕事がふえちゃったんでしゅね。ほんとは、ごめーわくなんじゃないでしゅか?」
「待て待て、迷惑になど思うものか。ヴェルカズ様とエディオン様の人を見る目は、確かなのだ。お前がいずれこの国の役に立つというのは、間違いあるまい」
そう思ってもらえるのは有り難いけど、本当にそうなれるように努力していかないとね。
ムウゼさんが私を守ってくれるように、私もこの国の人達の為に頑張りたいもん!
そうして、ムウゼさんを通じて、近衛騎士団の人達に軽い自己紹介をした私。
魔王様に一番信頼されている騎士さん達という事もあってか、顔は怖くても、騎士としての礼儀はしっかりしていた。団長がムウゼさんだからというのもあるかもしれないけれど、王宮で何かがあれば、ムウゼさんや彼らを頼れば良いらしい。
一通り顔合わせを終えたところで、ムウゼさんが騎士さん達に言う。
「それでは私は、引き続きルカに王宮を案内しに向かう。何かあれば、私かナザンタに報告をするように」
「はっ、団長!」
ビシッと同時に騎士の礼をとる近衛の皆さんに、感動すら覚えてしまう。
ムウゼさんのように人間と同じ姿の人も居れば、エディさんみたいに動物の耳が出ている人、そもそも見た目が動物そのものだけど二足歩行の人と様々だ。
しかし、そんなバラバラの種族の人達が息を揃えた動きを披露する姿に、私はとても興奮したのだった。
ああ、本物の騎士さん達の洗練された動きって、生で見るとこんなにカッコいいんだね!
いつかは私も、あんな風に鎧を着たりして、ムウゼさんの下で働いたりする日が来るのかな? なんて思ったり。
「……次は、少し落ち着ける場所へ行くか。ナザンタから貰った菓子を持ったままでは、何かと不便だろう?」
「あ……そーいえば」
ナザンタさんから貰ったカップケーキ、まだそのまま持ってたんだった。
早く食べないと、傷んじゃうかもしれないもんね。それに、朝にパンケーキを食べたばっかりだけど……あんまりにも美味しそうな匂いが漂ってくるから、小腹が空いてきちゃったのよ。
食欲があるのは、健康な証拠だよね! うん!
近衛騎士さん達にお別れをしてから、今度は同じ一階の通路を抜けていく。
その奥には、外へと通じる扉があった。
そこを通ると、王宮の庭に出た。
「少し歩くが、大丈夫か?」
「あい!」
「ならば良い。すぐに着く」
ムウゼさんのその言葉通り、少し歩いていくとガラス張りの建物が見えて来た。
ガラスはドーム場になっていて、そこそこ大きい。中には様々な植物が見えるから、多分これは植物園なのかな?
「邪魔をする」
「おじゃましまーしゅ」
扉を開けて中に入ると、濃い緑の匂いが鼻を抜けていった。