お世話係が決まりました
いつか私が魔王様の役に立てるようになるかわりに、これからの生活をサポートしてくれるという約束で、私はこの王宮に住まわせてもらえることになった。
最初はどうなる事かと思ったけれど、住む場所が決まって一安心。
今日出会ったばかりの見知らぬ幼女──中身は大人──の為に親切にしてくれたエディさんと、これから私の上司? になる魔王ヴェルカズさん……ヴェルカズ様? には、どれだけ感謝してもしきれない。
それからあの後、魔王様の計らいで、私のお世話役の人を付けてもらえることになった。
この王宮は、子供一人では迷子になるぐらい広いらしい。
それに、気性の荒い魔族の人もここで働いているから、何かトラブルにならないようにとの判断なんだとか。
私も流石に一人だけで行動するのは不安だったから、有難い提案だった。
もしかしたらエディさんがお世話役になってくれるのかな……? なんて思っていたら、エディさんは他の仕事で忙しいから無理だと言われてしまった。
代わりに応接室に呼び出されてやって来たのは、私よりも暗い色の金髪をした、鎧姿の男性だった。
「お呼びでしょうか、ヴェルカズ様」
そう言って、その金髪の男性はチラリと横目で私を見た。
けれどもそれはほんの一瞬の事で、彼は表情一つ変えずに魔王様に視線を戻す。
魔王様は優雅にソファに腰を下ろしたまま、端的に告げる。
「ムウゼよ。これより貴様には、その小娘……ルカの世話を任せる」
「世話……でございますか。失礼ながら申し上げますが、その娘はどちらのご令嬢で……?」
ムウゼと呼ばれたその青年は、当然の疑問を口にした。
冷酷だの何だのと言われている魔王様と、その相棒であるエディさん。
そこにこの国のツートップであろう二人と同席している謎の幼女が居るのだから、私の事が気になるに決まってるよね。
すると、今度はエディさんが口を開いた。
「このお嬢ちゃんは、今日から俺達の仲間だ。いつかはこの軍で何かしらの役割を果たしてもらう予定の、将来有望な子供さ!」
「な、仲間に……!?」
エディさんの予想外の返答に、ムウゼさんが目を丸くしている。
「とは言っても、まだ何が得意で何が苦手なのかもまだ分からなくてなぁ。王宮の案内ついでに、ルカに仕事を見学させてやってくれないか?」
「それは……はい。かしこまりました。……その娘には不向きかとは思うのですが、兵士の訓練風景なども見学させた方が宜しいですか?」
「そうだな。思わぬ才能が眠っているやも知れん。一通り見せておけ」
「はっ、仰せの通りに」
そうして私とムウゼさんは、魔王様とエディさんに見送られて部屋を後にするのだった。
*
応接室を出たところで、ムウゼさんが難しい顔して私を見下ろす。
「……ムウゼしゃん、どうかちまちたか?」
「どうかしたか、と言われてもだな……」
それにしてもムウゼさん、騎士さんか兵士さんだからかな? 身体を鍛えているせいなのか、かなり背が高いんだよね。
エディさんも魔王様も大人だから身長はあるんだけど、ムウゼさんはあの二人よりも顔が上の方にあるのよ。
見上げるだけでも首が疲れちゃいそうなんだけれど、顔を見ないで話すのは、相手に失礼だからね。頑張ってお話しますとも!
するとムウゼさんは、
「……ルカ、と言ったな。ヴェルカズ様とエディオン様より、お前の世話を任された訳ではあるが……。結局のところ、私はお前にどのように接すれば良いのだ」
と、至極真面目な表情で幼女に尋ねてきたのである。
どのように……って言われてもなぁ。私も困っちゃう。
別にエディさんみたいに偉い悪魔の家系でもないし、魔王様みたいな王族って訳でもないもんね、私。ただただ魔法っぽいものが使える、普通の子供なんだよ。どうやって使うのか分かんないけどね!
……でもでも、ムウゼさんも私の扱い方に困ってるんだよね。
魔王様とエディさんの二人に呼び出されて、直接頼まれたお仕事なんだもん。私を雑に扱ったらどうなるか分からないから、慎重に考えてるんだろう。
「うぅーん……。フチューにして大丈夫れすよ?」
「フチュー……?」
あ、ムウゼさんがめちゃくちゃ眉間にシワを寄せながら首を傾げてる!
私の滑舌が悪すぎて、『普通』って言ったのが通じてないんだね。が、頑張って言い直さないと!
「え、えっと……ふ、ちゅ……じゃなくちぇ、ふ! ちゅ! あぅ……ふ、つ、う……! ふつう、に! お話してくだしゃい!」
「ふつう……。ああ、先程フチューと言っていたのは、普通という意味だったのだな」
やった! ようやく分かってもらえたよ〜!
いやー……これからムウゼさんにお世話になるんだから、滑舌練習にしっかり力を入れていった方が良いよね。このままだと、毎日のようにムウゼさんを悩ませることになっちゃいそうだもん。
するとムウゼさんは、私の言葉を噛み締めるように頷いた。
「普通、だな。特別扱いは好かぬという事か。よかろう。このムウゼ、ルカには子供扱いも特別扱いもせぬと約束しよう」
「あいがとーごじゃいましゅ、ムウゼしゃん!」
「ム……今のは分かるぞ。『ありがとうございます』だな?」
「あい!」
「ふむ……礼儀正しい者は好ましいな。流石はヴェルカズ様とエディオン様が見染めた者、か。その若さでありながら、東砦のオーガ共より気品ある振る舞いが出来るとは」
何だかオーガさん? 達より凄いって褒められたらしい。オーガって鬼だっけ? 似たような名前のオークとはまた違うのかな。
とりあえず、この国にはエディさんみたいな人狼や悪魔だけじゃなく、鬼っぽい種族の人も居るんだね。もしかしたら、この宮殿のどこかでオーガさんも働いてるかもしれないな。
「それではルカよ、今日はお前に王宮内の施設や仕事についての案内をしていく。道に迷わぬよう、しっかりと私の後について来るのだぞ」
「あーい!」
「うむ、良い返事だ」
ビシッと手を挙げて返事をすると、ムウゼさんが少しだけ笑ってくれた。
真面目な顔をしている時のムウゼさんはちょっと怖いけど、こうして笑っている時は、頼れるお兄さんって感じで親近感があるね!
これからはムウゼさんにお世話になりっぱなしになりそうだし、早く仲良くなれると良いなぁ。
「この時間帯なら、そうだな……。まずは、一階から順に巡っていくか。ついて来い、ルカ」
「あい!」
そう言って、廊下の先にある階段へと向かっていく私達──だったのですが。
スタスタと階段を降りていくムウゼさんに対して、手脚の短い幼女体型の私はというと……。
「ん、しょっ。よいっ、しょっ!」
「…………」
「んっ……しょっと。よい、しょっと!」
「……………………先程、お前の事は子供扱いも特別扱いもせぬと言ったが、あれは撤回させてくれ。この段差を子供一人で歩かせるのは、危なっかしくて見ていられん」
一足先に下の階に降りていたムウゼさんが、見るに見かねて戻って来てくれたのだ。
「階段の登り降りでは、私に掴まっていろ。転げ落ちて頭でも打ったら、一大事になりかねん」
そう言ってムウゼさんは、小さな私でも掴まりやすいように腰を屈めながら、手を差し伸べてくれた。
抱っこして運ぶという手段もあっただろうけれど、そこまで甘やかすと赤ちゃん扱いになっちゃうからかな? どちらにしても、お手数おかけします……!
「あ、あいがとーごじゃいましゅ!」
「……ルカの戦闘訓練は、もう少し大きくなってからにしよう」
私の手を離さないようにしっかりと握りながら、真面目な顔で呟いたムウゼさん。
……私が戦闘訓練に参加出来るぐらい大きくなるまで、こうして親身に付き合ってくれるつもりなんだね。やっぱり魔界の人達って、良い人ばっかりだったりするんじゃないの?
ムウゼさんの優しさに包まれながら、私達はゆっくりと階段を降りていくのだった。