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プロローグ
初めて、人を殴った。
心臓の音がいつもより大きく聞こえる。
ドクンドクンと脈動を鳴らしている。
殴った手の甲は痛みがじんじんと広がっている。きっと赤くなっていることだろう。
「ぐ…凍てつく我が…」
目の前の男は苦しそうにしながらも再び魔法の呪文を唱え始めた。だめだ、止めないと。
急いでもう片方の手で殴りかかる。
人を殴る方法なんて知らないから、無様に。不器用に。
「ふぐっ!!」
一方、目の前の男も殴られ慣れていないのか、これまた無様な声を上げて大きく後ろにのけぞった。
しかし、それでもめげずにもう一度呪文を唱えようとする。
「凍てつく…うぐっ!!」
そしてそこにもう一発。もはや無我夢中だった。
周りの景色は何一つとして視界に入らない。
とにかく、呪文を唱えさせてはいけない。それだけは理解していた。
それだけしか考えることができなかった。
胸倉をつかんでは一発、相手が口を開きそうになるたびにもう一発。
「ぐ…も、もうやめ」
気が付くと、俺は人生で初めての黒星を上げていた。