11. 星麗と遥空 二人の色
天使二作とともに、シエロの噂はあっという間に近隣諸国まで広がった。
サロンには連日客が押し寄せ、街は活気にあふれているとサロンの店主から手紙が届く。遥空の描いたエスペランサの将来像にまた一歩近づいた。
遥空は制作依頼を断り続けている。それがまた空画伯の価値を引きあげる。遥空は、描くべきもう一枚が完成したときに、今後の制作について考えると店主に伝えてある。店主なら今まで同様、上手く依頼をさばいてくれることだろう。
星麗は大忙しだ。空画伯の名声はゆるぎないものになったが、スプレモに続き、シエロの評価も高く、引く手あまただ。当初は遥空のための顔料だと割り切っていたが、度重なる依頼に断り切れなくなっていた。スプレモと違いシエロは分業体制と言っても星麗が必ず関わらないと完成しないので、星麗は大忙しだ。
シエロはスプレモよりも高価なのだが、それでも入手したいという画家が外交ルートを通じて要望してくる。また、ヴェルデだけに出荷するというのも外交上まずいという事もあり、少しずつだが要望に応えようという事になったのだ。
エスペランサから帰ってきて、星麗と遥空はそれぞれ工房とアトリエにこもり、制作を続けた。傅は二人の体調管理に大忙しだ。
星麗は傅から少し休むようにきつく言われ、従うことにした。実際に疲れていたし、意識も朦朧としかけていた。自室に戻ると、水中に沈んでいくように深い眠りに落ちた。
『かわいいなぁ。ほら、空こっちを向いてごらん』
聖明が抱いている幼子に貴星が話しかけている。
『空の瞳はあなたにそっくりですね。きれいな青です』
聖明がにこやかに幼子の顔を貴星に向ける。
『あははっ。笑っているよ。さあ、こっちにおいで』
貴星が手を出すと、幼子は聖明の腕を離れ、振り向いて歩き出した。
星麗はドキッとした。幼子は遥空だ。でも、遥空よりもずっと幼い。髪は遥空と同じできれいな金髪、そして整った顔。でも、瞳はブルーだった。
「空? お母様、お父様、空って誰ですか?」
星麗は聞いてみたが、その声は二人には届いていないようだった。突然、赤子の鳴き声が聞こえる。
『まあ、シエロ、起きてしまったのですか?』
『おお、シエロこっちにおいで。じいじのところにおいで』
貴星がシエロを抱き上げ頬ずりをすると、声をあげて泣き出した。
『もう、シエロが泣いているじゃないですか。こっちによこしなさい』
聖明が貴星を睨み、シエロを抱き寄せる。
「シエロ?」
シエロという赤子はきれいな青い髪をしている。振り向いたその顔は星麗だった。でも、瞳は琥珀色だ。
『この子の瞳は私と同じ琥珀色です。きれな瞳ですね』
星麗は混乱した。
『この子たちの親は何をしているのでしょうか。まったく子どもたちをほったらかして』
聖明が怒っている。
『本当に。そろそろ親の自覚をもたないとな』
『あなた、見てください。空がシエロをあやしていますよ。なんとかわいらしいことか』
「お父様、お母様!」
星麗が大きな声で呼びかけた。
突然場面が変わる。
聖明が上から星麗を見下ろしている。
『星麗、わたしの大切な星麗』
何もかもをも包み込むような、暖かい慈愛の気配があたりを満たしている。
『シエロは星麗と遥空の二人の色ですね。とてもきれいですよ』
「僕と遥空の?」
聖明はまぶしいくらいの笑顔を浮かべている。
「お母様!」
「星麗、星麗」
肩にかかる手が温かくて気持ちがいい。遥空の声で目が覚めた。
「遥空」
「ゆっくり休めたかい?」
星麗の頭を撫でる動作につられて、遥空の金髪が緩やかに揺れている。遥空の琥珀色の穏やかな瞳が星麗をまっすぐに見つめている。あたりはうっすらと明るい。昨日あのまま寝てしまったようだ。
「おはよう。遥空」
星麗は遥空の首に手をやり、起き上がりながら遥空に抱きついた。
「はははっ。元気がいいな」
「不思議な夢を見たんだよ」
「ほおっ」
遥空は星麗に抱きつかれたまま、優しく星麗の背中をさすっている。
「僕、少し余裕がなかったね」
「もう大丈夫みたいだね」
「うん。お父様とお母様の夢を見たら、急に楽になったんだ」
「どんな夢?」
「空画伯とシエロは僕たちの子どもなんだって。お父様とお母様がそう言ったんだ。そして、シエロは僕と遥空の二人の色なんだって。お母様が言ってたよ」
「私たちの子ども?」
遥空は一瞬戸惑うような表情を見せたあと、しばらく考えていた。
「そうか、空画伯とシエロは私たちが作りだしたんだね。本当だ。私たちの子どもに違いないな」
遥空は笑顔で星麗の頭を撫でる。
「うん」
「だったら、二人でゆっくり大切に育てて行こう」
「二人で?」
「そうだよ。私たちの子どもなんだから、しっかり守って育てないとね」
「そうだね。大切に育てないとね」
「私たちの子どもって……自分で言ったけど、少し恥ずかしいな」
二人は声を出して笑った。
朝食の膳には、傅の得意な滋養強壮の手料理が並んでいる。食卓は夢の話で盛り上がっている。
「さあ、しっかり栄養をとっていただきますよ。空画伯とシエロの親なんですからね」
「はい!」
星麗は元気いっぱいだ。
傅はほほほっと笑う。
遥空は照れ臭そうに、頭を掻いている。
その様子に傅は、さらに高らかにほほほっと笑う。
「お父様、シエロは僕たちと、シエロのお兄さんの空とでゆっくり育てて行きます」
星麗は遥空の照れた様子とは対照的に、さも嬉しそうにしている。
貴星は黙って頷く。