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青い色の物語  作者: yusa
第一章 再会
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3. 約束の青い絵

 星麗は父と乳母と一緒に、月に一度、街に出かけるのを楽しみにしている。

 天空の郷は外部からの人流がほとんどない。星麗はまだ小さいので一人では郷の外には出してもらえない。そこで、郷にこもりきりでは、あまりにも世間知らずになってしまうと、父が毎月街に所用で出かける時に、乳母の傅と一緒にお供をすることになったのだ。


 街では今〝青い絵〟が評判になっているという。とにかく絵が輝いているという噂だ。絵が輝くという意味が聞いただけではよくわからないので、実際に見てみることにした。父が所用を済ませるまで、傅と二人で絵が飾られている街のアトリエで待つことにした。

 そこは、自前でアトリエを持たない画家の卵が集う場になっている。さらに、画家の作業場の他に画材の販売や、通りに向けて小さい展示スペースもあり、画家たちが描いた絵を販売もしている。画家に優しい店だ。

 立地がよく、人通りが多いため、店内の通り沿いにかけられている〝青い絵〟が人目に付いたのだろう。ディオスの人々は青い色に当然関心が高い。他国よりも青を目にする機会も多い。それでも美しい青だと評判になる絵とは、どんな絵なのだろうか? 星麗は好奇心が膨らみ、早く絵を見たいと急ぎ足で向かった。


「星麗様、絵は逃げませんから、ゆっくりで大丈夫ですよ」


 傅が星麗を小走りに追いかけながら叫ぶ。


「ははっ。傅はゆっくりでいいよ。街のアトリエで待ってるよ」


 星麗はそう云い捨てて、さらに速足でアトリエに向かおうとしたところを、護衛の右幻うげんに腕を掴まれた。


「だめですよ。お一人で行かれては。むかし迷子になって泣いていたのはどなたですか?」


 もう一人の護衛の左幻さげんに手を引かれて、傅が息も絶え絶えに追いついてきた。


「ごめん、ごめん。そんなこともあったよね」


 幼い頃、星麗は今のように勝手に先に行ってしまい、迷子になったことがある。大粒の涙を流して泣いていたところを少年に助けられたのだ。


「この間まで、すっかり忘れてたよ」


 星麗はようやく普通の足並みで、傅と一緒に歩き出した。傅はさりげなく星麗にベールをかぶせ、青みがかった髪と青い瞳を隠す。


「そう言えば、あの後から右幻と左幻がお出かけの時に一緒についてきてくれるようになったんだったね」


 星麗の外出時には右幻と左幻という二人の護衛が付きそう。二人はこの国の近衛隊のなかでも一、二を競うほどの腕前だ。一人でも賊退治には十分だが、国王の意向で二人が付くことになった。何といっても星麗はかわいい孫なのだ。


 二人の護衛のおかげで、星麗は何の警戒もなく、自由に出歩けている。実際に街では強盗もいるし、人さらいもいるのだ。街でベールをかぶるのも、王族であることを隠し、少しでも誘拐などの危険から遠ざけるためである。そういうことを学ぶための外出でもあるのだが、祖父の過剰な愛情のおかげで、星麗はそういう事とは一切無縁で育ってきた。結果として、星麗はまれにみるほど純粋で人を疑うことを知らずにまっすぐに育った。剣術は王族のたしなみとして身につけ腕前も優れているが、世の中皆善人だと思っているため、当然実戦では使う機会もなく、使う気もない。悪く言えば、自分を守る能力がほとんど皆無ではあるが、逆に、その稀有なほどの純粋さがあるからこそ、あのような綺麗な顔料が作れるのだと言われればその通りだ。


 そうこうしているうちに街のアトリエの前までやってきた。そこには一枚の絵が飾られていた。


「あれは……」


 星麗はすぐに分かった。あの青色はシエロで描かれている。


「星麗様、あの青色は……」


 傅も気が付いたようだ。


「シエロだ!」


 星麗は思わず叫んだ。

 そこに貴星がやってきて合流した。


「お目当ての絵は見つかったのかい?」


 貴星は店を覗き込み、展示されている絵を見た。そして驚いているようだ。


「お父様、傅、シエロだよ。きっと、あの時のお兄さんだよ」

「そうですね。聞いてまいります」


 傅は言い終わらないうちに、アトリエの奥に入っていった。

 星麗は興奮を隠せない。うわさ通りに素晴らしい絵だ。絵の中の星空は、星麗の大好きな夜明け前の星空だった。背景の深い青に浮かぶ多くの星々は、通りからの陽の光に反射して本当の星空のようにキラキラと輝いている。星麗は自分の想像以上のシエロの輝きに胸の高鳴りが抑えられないでいた。そして、シエロの顔料としての力を見事に引き出している画力の凄さに驚嘆した。作者に会いたい、いや、会わなければ! という思いが湧き上がってきた。

 しばらくすると、傅が戻ってきた。


「あの絵は〝再会〟と言うそうです。もし、気に入ったのならお譲りいただけるようです」

「えっ? どういうこと?」

「絵は隣国のヴェルデの方が描かれたとのことです。きっと、あの時の少年ですよ。この絵は星麗様に見せると約束したので、ここに飾ったそうです。そして、星麗様が望むのなら、絵を譲り渡すようにと店主は頼まれていたそうです」

「お兄さんが描いたんだね? 約束通り見せてくれたんだ! お父様、ほらね、あのお兄さんが描いてくれたんだよ!」


 お兄さんが約束を守ってくれたことが星麗は嬉しかった。


「譲ってもらえるんだったらほしい!」

「はい。多分そうおっしゃると思いまして、譲っていただくよう頼みました。でも、譲ってはいただけたのですが、どうしてもお代を受け取ってもらえないのです」

「どういうこと?」

「店主は、星麗様に進呈するようにと言われたとの一点張りでして」

「お兄さんのことは?」

「はい。それも聞きましたが、ヴェルデの画家という以外はわからないそうです。あの絵を見て、どうしてもその画家に絵を描いてほしいと言う方も多くいらっしゃるようですが、絵の依頼も受けられず、店主は困っているようです」


 星麗はお兄さんに会いたかった。だが、店主の知り合いを介してのやり取りなので、作者のことは全くわからないという事だ。星麗は考えた末に、店主に、その知り合い宛に伝言と手紙を託して絵をもらって帰ることにした。手紙には、絵のお礼をしたいので一度会いたいと言う旨をしたためた。


 郷に帰ってきてすぐに自室に絵を飾った。


「いい絵だね」


 飾ったばかりの絵を眺めながら、傅に語りかける。


「あの時のシエロは小瓶に入る程度の量だったので、小さな絵になったんだね。でも、小さい絵だけど、どこまでも続く大きな空を見ているみたいだね」

「ええ、本当に。小さいけれど、銀河の果てまでも見通せるような不思議な感じでね。そしてとても暖かいです」


 星麗は、その絵に見入っていた。その絵は、完全に星麗を魅了した。じっと見ていると絵の中に引き込まれてしまうような感覚に陥る。

 絵には窓が描かれていた。窓には星空が描かれている。ただそれだけの絵なのだが、シエロの特長を実によく引き出していて、星の輝きが優しく感じられ、見ているだけでなんとも暖かい気持ちになる。いつまで見ていても飽きることのない絵だ。


「これで、雨が降っても大丈夫。いつでも星空が見える。いつでもお母様と話せるんだ」


 星麗はそう思うと、嬉しくてうれしくて仕方がなかった。


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